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観客のいない世界  作者: 亀


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第95章 黒田家の帳簿

黒田家について調べ始めて三日目、榊原の部下が一冊の古い帳簿を見つけた。


帳簿を保管していたのは、黒田家の元従業員の子孫だった。


家そのものはすでに商売をやめていたが、帳簿の一部は親族の手元に残されていたという。


「全部ではありません。取引記録の一部だけです」


榊原が説明した。


「それでも、当時の取引先や荷物の動きを確認する材料にはなるでしょう」


主人公は帳簿を受け取った。


表紙は傷んでいたが、中の文字はまだ読める。


日付、取引相手、品目、金額。


通常の商取引が続く中に、何度か品目の記載がない行があった。


主人公は、指定荷物が運ばれた日付の前後を確認した。


その日付に近いところに、一件の記録があった。


《預かり物 一件》


金額の欄には数字が記されている。


しかし、品物の名前も、預けた相手の名前もない。


「これか?」


直人が尋ねた。


「分からない」


主人公は帳簿を閉じずに答えた。


「日付が近いだけだ。別の取引かもしれない」


「でも、普通の品物なら名前を書くんじゃないか?」


「この帳簿では、品名を書いていない行がほかにもある」


主人公は数ページをめくった。


《預かり物》という表現は、ほかにも二度使われていた。


ただし、いずれも別の日付で、金額も異なっている。


「黒田家が、名前を書かずに預かる取引をしていたことは分かる。でも、それが今回の荷物と関係しているかは別だ」


主人公は該当する行を写し取った。


「まず、黒田家が何を預かっていたのか調べよう」


***


帳簿を保管していた男性は、黒田家で働いていた祖父について、いくつかの話を覚えていた。


主人公たちは、彼の自宅を訪ねた。


「祖父は帳簿の管理をしていたんです。ただ、商売の詳しい内容までは、家族にも話していませんでした」


男性は古い写真を一枚見せた。


大勢の人間が、商家の前に並んでいる。


写真の裏には、年号と「取引先一同」という文字が残されていた。


「この中に、荷物の受取人がいる可能性はありますか?」


主人公が尋ねると、男性は写真を見直した。


「顔だけでは分かりません。ただ、右端にいる人は、祖父がよく話していた商人に似ています」


彼が指した人物は、ほかの人間から少し離れて立っていた。


「名前は?」


「確か、南雲という人だったと思います。祖父とは仕事上の付き合いがあったようです」


主人公はその名前を書き留めた。


「南雲さんについて、ほかに何かご存じですか?」


「商売を畳んだあと、別の土地へ移ったと聞いています。それ以上は分かりません」


男性は申し訳なさそうに首を振った。


主人公は礼を言った。


新しく分かったのは、南雲という商人の名前だけだった。


写真に写っていたからといって、彼が指定荷物を受け取ったとは限らない。


黒田家と取引があったというだけで、箱に関係していたとも限らない。


それでも、調べる対象は一人増えた。


***


午後、榊原の部下が南雲家の移転先を探し始めた。


その一方で、主人公は黒田家の帳簿をもう一度確認していた。


《預かり物 一件》


同じ表現が使われている三つの記録。


主人公は日付と金額を一覧にした。


一件目は、指定荷物が運ばれた日付に近い。


二件目は、その数か月後。


三件目は、さらに一年ほど後だった。


三つの記録には共通する点があった。


いずれも、預けた相手の名前が書かれていない。


そして、通常の取引とは別に、保管に関する金額が記されていた。


「預かって、保管料を取っていたのかもしれないな」


直人が言った。


「そうかもしれない」


主人公は答えた。


「ただ、何を預かったのかが分からない。荷物だったのか、書類だったのか、それとも別のものだったのか」


「三件とも同じ相手だったら?」


「その可能性もある。でも、名前がない以上、今は確認できない」


主人公は三つの記録を写した。


もし南雲が関係していたなら、移転先の記録や、残された取引資料から何か分かるかもしれない。


逆に、何も見つからなければ、黒田家の帳簿だけでは先へ進めない。


どちらにしても、次の調査が必要だった。


***


夕方、榊原が主人公のところへ来た。


「南雲家について、少し分かりました」


彼は一枚の資料を差し出した。


南雲家は、商売を畳んだあと、別の地域へ移っていた。


ただ、現在の親族が当時の取引記録を保管しているかどうかは分からない。


「連絡は取れそうですか?」


「親族の一人が、まだ同じ地域に住んでいるようです。まずは話を聞いてみます」


主人公は資料を確認した。


南雲という人物が、箱の持ち主だった可能性はある。


しかし、今のところは、黒田家と取引のあった商人というだけだ。


「こちらからも、聞けることを聞いてみる」


主人公は資料を返した。


「ただし、箱の話を最初から持ち出す必要はない。昔の取引や預かり物について、何か知っているか確認したい」


榊原は頷いた。


「分かりました」


主人公は机の上に残った帳簿を見た。


何年も前の記録には、書かれなかったことがある。


書かれなかった理由が、秘密を守るためだったのか、単に記録を省略しただけなのかは分からない。


記録が欠けているからといって、そこに必ず重要な秘密があるとは限らない。


だが、同じ形式の記録が複数見つかった以上、確認する価値はあった。


彼は帳簿を閉じた。


次は南雲家だ。


そこに何が残っているのか。


まだ、誰にも分からなかった。

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