第93章 搬出物の記録
翌朝、主人公は榊原を呼び、職人の記録を机の上に広げた。
「この一文を見てほしい」
《搬出物については、別途処理》
榊原は文字を確認した。
「確かに、気になる記述ですね」
「地下を封鎖する前に、何かを運び出した可能性がある」
「ただ、何を運び出したのかは分かりません」
「そうだ。だから、運送記録と照合したい」
榊原はすぐに部下を呼び、当時の記録をもう一度調べるよう指示した。
主人公は、その間に職人の記録を詳しく確認した。
搬出物という言葉は、この一か所にしか出てこない。
品名も数量も、重量も書かれていない。
通常の工事なら、工具や資材を運び出しただけかもしれない。
だが、わざわざ別途処理と記載している点は気になった。
「この記録を書いた職人は、搬出物の内容を知らなかったのかもしれないな」
直人が言った。
「あるいは、知っていても書かなかった」
主人公は答えた。
「どちらもあり得る。今は決められない」
「だったら、誰が別途処理をしたのかが重要になる」
「そうだな」
主人公は記録の日付を確認した。
地下部分を封鎖する前日だった。
この時点で、搬出物が箱だったと考える根拠はない。
ただ、地下の工事と何らかの物の移動が、同じ時期にあったことは分かる。
それ以上のことを知るには、別の記録が必要だった。
***
昼前、榊原の部下が戻ってきた。
「運送記録が見つかりました」
彼が差し出したのは、当時の運送業者が残した帳簿の写しだった。
地下部分の封鎖に近い日付に、三件の記録がある。
一件目は、通常の建築資材。
二件目は、工具類。
そして三件目には、品名が書かれていなかった。
《指定荷物 一件》
その下には、運送料とは別の金額が記載されていた。
主人公は帳簿を見比べた。
「この数字……」
川瀬の帳簿に記されていた数字と、同じ形式だった。
完全に一致しているわけではない。
だが、記号と数字の並び方には共通点がある。
直人が身を乗り出した。
「同じ荷物の記録か?」
「まだ分からない」
主人公は二つの帳簿を並べた。
「ただ、川瀬の記録と、この運送業者の記録が、同じ仕組みで書かれていた可能性はある」
榊原が尋ねた。
「この荷物を運んだ人物は分かりますか?」
「記録には、運送業者の名前しかありません」
主人公は、別途処理という文字をもう一度見た。
地下から何かを運び出した。
その荷物は、通常の運送料とは別の扱いを受けた。
そして、品名は記録されていない。
この三つの事実がつながっている可能性はある。
だが、荷物が地下から運び出されたものだったのかどうかさえ、まだ確認できていなかった。
「この運送業者の関係者を探してくれ」
榊原が部下に指示を出す。
主人公は続けた。
「それから、この荷物の届け先も調べたい。倉庫からどこへ運ばれたのか分かれば、手がかりになる」
「承知しました」
部下は帳簿を持って書庫を出ていった。
***
午後になって、運送業者の旧記録について追加の情報が届いた。
指定荷物の届け先は、街の西側にあった古い商業施設だった。
現在は取り壊され、別の建物が建っている。
主人公たちは地図を確認した。
「倉庫からは、それほど遠くないな」
直人が言った。
「でも、届け先が分かっただけだ。そこに何があったのかは、これから調べないといけない」
主人公は地図の位置を記録した。
榊原が説明する。
「当時、その施設は複数の商人が共同で使っていたようです。倉庫や取引所として使われていた時期もあります」
「誰が管理していた?」
「記録によって名前が違います。所有者が何度か変わった可能性があります」
「なら、当時の管理者を特定しよう」
主人公は地図を畳んだ。
「それと、荷物を受け取った人間が誰なのかも調べたい」
「分かりました」
榊原は再び調査を進めることにした。
主人公は椅子に座り直した。
一つの記録を見つけると、別の場所が浮かび上がる。
だが、そこへ行けば必ず何かが分かるわけではない。
今度の商業施設も、単なる中継地点だった可能性がある。
荷物がそこで別の人間に渡され、さらに別の場所へ運ばれたかもしれない。
その先を追える保証もなかった。
それでも、今は行き先が一つ分かった。
調査を進めるには、それで十分だった。
***
夕方、主人公は一人で榊原家の倉庫へ向かった。
箱を確認するためだった。
「返却済み」と刻まれた箱は、昨日と同じ場所に置かれている。
主人公は箱を手に取り、表面を確認した。
文字の周囲には、細かな傷が残っていた。
この文字が何を意味するのか。
本当に、過去の契約や接続と関係しているのか。
まだ分からない。
彼は箱を元の場所へ戻した。
今のところ、箱から得られる情報は限られている。
だからこそ、箱を持っていた人間の記録を追っている。
誰が箱を所有し、誰に渡し、どこへ運んだのか。
その過程で、箱そのものからは得られない情報が見つかるかもしれない。
主人公は倉庫を出た。
明日は、指定荷物の届け先だった場所について調べる。
そこに何が残っているかは分からない。
地下にあったものが箱だったという証拠も、まだない。
それでも、これまでの調査で、箱が人から人へ渡っていた可能性は少しずつ具体的になっていた。
主人公は、その先を追うことにした。




