↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観客のいない世界  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/440

第92章 地下へ運ばれたもの

翌朝、榊原から届いた資料は、主人公たちの予想とは少し違っていた。


新しい帳簿ではない。


古い倉庫の修繕を請け負っていた職人の記録だった。


「地下部分を封鎖する前後の記録です」


榊原が説明した。


「当時の職人の一人が、作業内容を個人的に書き残していました。正式な工事記録ではありませんが、日付と場所は確認できます」


主人公は資料を受け取った。


最初の数ページには、屋根の補修や床板の交換、壁の修理について書かれていた。


その中に、川瀬の帳簿に残っていた日付と近い記録があった。


《北側の床を撤去。下部に空間あり》


さらに数日後。


《依頼人の指示により、入口を閉鎖。内部の確認は行わず》


主人公はそこで手を止めた。


「内部の確認を行わず?」


直人が覗き込む。


「普通なら、空間が見つかったら中を確認するだろう」


「必ずしもそうとは限らない。崩落の危険があったのかもしれない」


主人公は次の記録を読んだ。


《資材搬入。北側区画の作業終了》


何を搬入したのかは書かれていない。


それ以降、地下部分に関する記録はなかった。


「これだけか?」


主人公が尋ねると、榊原は頷いた。


「残っていたのは、この数ページだけです」


主人公は資料を机に置いた。


地下に空間があったこと。


入口が閉鎖されたこと。


その作業が、依頼人の指示によるものだったこと。


少なくとも、その三つは記録から読み取れる。


しかし、誰が依頼したのか。


なぜ内部を確認しなかったのか。


そこに何があったのか。


答えは書かれていなかった。


「職人の家族は、まだ残っているのか?」


「調べています。ただ、当時の作業に関わった人間は、ほとんど亡くなっています」


「生きている人が見つかれば、話を聞きたい」


榊原は部下に追加の調査を指示した。


主人公は、もう一度資料を読み直した。


《内部の確認は行わず》


この一文が気になった。


単なる安全上の判断だったのかもしれない。


だが、依頼人があえて内部の確認を止めたのなら、そこには何らかの事情があった可能性もある。


どちらとも決められなかった。


***


昼前、職人の孫にあたる人物から連絡があった。


彼は祖父の記録について、いくつか覚えていることがあるという。


主人公たちは指定された場所へ向かった。


出迎えた男性は、七十歳近い年齢だった。


「祖父は、昔の仕事の話をあまりしない人でした。ただ、あの倉庫の仕事については、一度だけ話を聞いたことがあります」


「どんな話ですか?」


主人公が尋ねた。


「子供のころ、祖父が古い道具を整理していたときです。倉庫の話になって、あそこには面倒な仕事があったと言っていました」


「面倒な仕事?」


「ええ。ただ、それ以上は話してくれませんでした」


男性は少し考えた。


「それから、祖父は依頼人のことを、あまり信用していなかったようです」


主人公は直人を見た。


「理由は分かりますか?」


「分かりません。祖父は、頼まれた仕事は終わらせたが、あの件には二度と関わりたくないと言っていました」


「依頼人の名前は?」


「覚えていません。祖父が名前を口にしたかどうかも、はっきりしないんです」


主人公は、無理に答えを求めなかった。


何十年も前の話だ。


子供のころに聞いた言葉を、正確に覚えているとは限らない。


「ほかに何か、覚えていることはありますか?」


男性はしばらく考えたあと、首を横に振った。


「それくらいです。お役に立てず、申し訳ありません」


「いえ。ありがとうございます」


主人公たちは礼を言って、その場を離れた。


帰り道、直人が言った。


「依頼人は、職人にも信用されていなかったらしいな」


「そう聞こえるな」


「地下に何か隠していたのか?」


「可能性はある。でも、それを裏づけるものはない」


主人公は足を止めた。


「信用されていなかった理由が、地下の件だったとも限らない。仕事の報酬や、作業の進め方に問題があっただけかもしれない」


直人は納得したように頷いた。


「じゃあ、次は依頼人を探すのか」


「探せるならな」


主人公は資料を取り出した。


「まず、職人の記録に依頼人の名前が残っていないか、もう一度確認する」


***


榊原家へ戻ると、調査記録の整理が進んでいた。


川瀬の帳簿。


運送業者の帳簿。


職人の作業記録。


それぞれを並べると、地下部分を封鎖する前後に、複数の人間が関わっていたことが分かる。


しかし、誰が全体を指示していたのかは分からない。


主人公は、川瀬の帳簿に記された数字と、職人の作業日を照合した。


三つの数字が並んでいた日付の一つが、床を撤去した日の直前に当たっていた。


主人公は、その箇所に印をつけた。


「一致したな」


直人が言った。


「日付が近いだけだ」


主人公は答えた。


「でも、調べる理由は増えた」


「数字が運んだ荷物の番号だったら?」


「その可能性はある。だから、次は運送業者の記録をもっと詳しく調べる」


榊原は二冊の帳簿を手に取った。


「こちらでも、当時の運送記録を探します。もし数字の対応が分かれば、荷物の行き先を追えるかもしれません」


主人公は頷いた。


調査は少しずつ進んでいる。


しかし、地下に箱があったと証明されたわけではない。


箱の秘密がそこに残されているとも限らない。


それでも、倉庫の封鎖に複数の人間が関わっていたことは見えてきた。


主人公は、資料の端に新しい項目を書き加えた。


《依頼人の特定》


まだ名前すら分からない。


それでも、次に探すべきものが一つ増えた。


***


その日の夜、主人公は倉庫の記録を読み返していた。


《内部の確認は行わず》


その一文の下には、短い追記があった。


今まで見落としていたものだった。


《搬出物については、別途処理》


主人公は目を細めた。


搬出物。


何を運び出したのかは書かれていない。


地下を封鎖する前に、何かを外へ運び出したという意味にも読める。


ただし、資材や道具のことかもしれない。


彼はその一文を紙に写した。


明日、榊原と相談し、当時の運送記録と照合する必要がある。


箱があったのかどうか。


誰が持ち出したのか。


どこへ運ばれたのか。


今はまだ、何も分からない。


主人公は資料を閉じた。


答えが見つかったわけではない。


だが、地下に何があったのかを調べるための手がかりは、確かに一つ増えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。