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観客のいない世界  作者: 亀


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第九章 出演者

 地下施設の中に、奇妙な静けさが広がっていた。


 目の前に立つ機械は、二人を攻撃しない。


 ただ、見ている。


 赤い光が、青年と男の間をゆっくり移動する。


『出演者二名を確認』


 もう一度。


 同じ言葉。


 青年は武器を握ったまま聞いた。


「出演者って何だ?」


 機械は答えなかった。


 代わりに、地下施設の壁面に無数の映像が浮かび上がった。


 街。


 学校。


 工場。


 病院。


 駅。


 家。


 食事をしている人間。


 笑っている人間。


 喧嘩している人間。


 眠っている人間。


 泣いている人間。


 青年の背中に、冷たいものが走った。


「……これ」


 自分の街だった。


 だが、それだけではない。


 映像の中には、昨日の戦闘も映っていた。


 さらに。


 もっと前の出来事まで。


 青年が箱を見つけた瞬間。


 男が施設に入った瞬間。


 祖父の部屋。


 祖父が最後に机の前に座っていた姿。


 全部。


 見られていた。


「いつからだ……」


 青年が呟く。


「いつから、俺たちを見ていた?」


 機械が答えた。


『観測は継続されています』


「何年?」


『回答できません』


「百年か?」


『回答できません』


「千年か?」


『回答できません』


 青年は怒鳴った。


「ふざけるな!」


 拳を握りしめる。


 その瞬間。


 箱の表示が変わった。


 観測者数――126


 その数字の下に。


 新しい表示が現れる。


 支援値――3.1


 そして。


 もう一つ。


 注目度――上昇中


 青年はそれを見た。


「……注目度?」


 男が苦笑した。


「どうやら俺たち、人気が出てきたらしい」


「笑えない」


「俺も笑ってない」


 その時だった。


 地下施設のどこかで、小さな音が鳴った。


 ピッ。


 画面に文字が浮かぶ。


 観測者コメント:


 その下に。


 複数の文章が流れていく。


 ――この二人、どうなる?


 ――さっきの戦闘より面白い。


 ――施設を守れるのかな。


 ――都市終了まで72時間って本当?


 ――この時代、初めて見る。


 青年は言葉を失った。


「……誰だ?」


 男も黙っている。


「誰がこんなことを書いてる?」


『観測者です』


 機械が答えた。


「観測者?」


『あなたたちを見ている人間です』


「未来の?」


『はい』


 青年は画面を見つめた。


 自分の知らない場所で。


 知らない人間たちが。


 自分の命について話している。


 その感覚は。


 敵に囲まれるより気味が悪かった。


 突然。


 一つのコメントが表示された。


 ――この人、死なないでほしい。


 青年の目が止まった。


 その直後。


 別のコメント。


 ――いや、ここで死んだ方が番組として面白い。


 さらに。


 ――都市終了まで見たい。


 ――この文明がどうなるか知りたい。


 ――支援する。


 ――俺も。


 ――もっと強い敵を出してほしい。


 青年は画面を見ながら、ゆっくり息を吐いた。


「……俺たちは、人間じゃないのか?」


 男は答えなかった。


「こいつらにとって、俺たちは何なんだ?」


 機械が答える。


『出演者です』


 青年は顔を上げた。


「ふざけるな」


 今度は静かな声だった。


「俺は誰かを楽しませるために生きてるんじゃない」


 機械は動かない。


「俺の家族も」


「この街の人間も」


「誰かに見せるために生きてるんじゃない」


 青年は一歩前へ出た。


「俺たちは、自分のために生きてる」


 その瞬間。


 画面に変化が起きた。


 支援値――3.1


 ↓


 3.7


 青年が目を見開く。


 男も気づいた。


「……増えた」


 さらに。


 3.9


 4.2


 4.8


 支援値が上昇していく。


 観測者コメントも変わっていった。


 ――この人の言ってること、分かる。


 ――確かに。


 ――今まで考えたことなかった。


 ――出演者って言葉、嫌だな。


 ――俺たちは本当に、見ているだけなのか?


 男が青年を見る。


「お前……」


「何だ?」


「今の言葉で支援が増えた」


「……だから?」


「未来の人間が、お前の考え方に反応してる」


 青年は黙った。


 その時。


 機械が突然動いた。


 腕が上がる。


 男が叫ぶ。


「来るぞ!」


 轟音。


 床が砕ける。


 青年は横へ飛んだ。


 拳が床を叩き、地下施設全体が震えた。


 青年は転がりながら立ち上がる。


「やっぱり戦うのか!」


『戦闘継続を推奨します』


「推奨?」


 青年は笑った。


「誰に?」


 機械の赤い目が光る。


『観測者に』


「なら――」


 青年は武器を構えた。


「俺は俺のために戦う」


 機械が突進する。


 青年も走った。


 拳と武器がぶつかる。


 衝撃が地下通路を走る。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 青年の身体が吹き飛ぶ。


 壁に叩きつけられる。


「ぐっ……!」


 支援値が一瞬で下降した。


 4.8 → 4.1


 男が叫ぶ。


「立て!」


「分かってる!」


 青年は立ち上がる。


 しかし。


 機械は追撃しなかった。


 赤い目が。


 青年ではなく。


 画面の方を向いた。


 そこに表示されたのは。


 観測者数――1,842


 青年は息を呑んだ。


「……増えてる」


 男が呟く。


「たった数分で……」


 さらに数字が跳ね上がる。


 2,017


 2,431


 3,102


 地下施設の画面が次々と切り替わる。


 未来のどこかで。


 何千人もの人間が。


 この戦闘を見始めている。


 そして。


 その中には。


 今まで戦闘そのものに興味を持っていなかった人間もいた。


 家族と食事をしながら見る者。


 仕事の合間に見る者。


 友人と画面を囲む者。


 ただ暇つぶしに再生した者。


 そして。


 青年の言葉を聞いて。


 初めて疑問を持った者。


 ――出演者。


 その言葉が。


 未来の世界で。


 少しずつ広がっていく。


 青年はまだ知らなかった。


 この瞬間。


 彼は敵を一人増やしたのではない。


 未来に。


 味方になるかもしれない人間を。


 何千人も生み始めていた。

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