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観客のいない世界  作者: 亀


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第八章 七十二時間

 地下施設の中に、機械の音だけが響いていた。


 青年は画面を見つめたまま動かなかった。


 次回処理対象――


 自分たちの都市。


 処理予定――72時間後。


 その数字だけが、何度も点滅している。


「……本当に、三日後に消されるのか?」


 青年が呟いた。


 男は答えなかった。


 中央の装置を操作している。


 画面を切り替える。


 過去の記録。


 人口。


 都市構造。


 エネルギー供給。


 軍事設備。


 通信網。


 そして。


 すべての項目の横に表示された一つの文字。


 停止予定。


「この施設は、何のために作られた?」


 青年が聞いた。


「分からない」


「お前も知らないのか?」


「ああ」


 男は画面を見ながら答えた。


「ただ、俺の先祖はこれを見ていた」


「そして何もしなかった?」


「何かしようとした」


「結果は?」


「失敗した」


 短い答えだった。


 青年は黙った。


 その時。


 箱から声が聞こえた。


『逃げてください』


 さっきと同じ声だった。


 青年は周囲を見た。


「お前は誰だ?」


『今は答えられません』


「またそれか」


『時間がありません』


「七十二時間ある」


『七十二時間しかありません』


 青年は黙った。


 声の主は続けた。


『この情報が公開された時点で、あなたたちはすでに監視対象になっています』


「誰に?」


『运营商に』


 青年は眉を寄せた。


「……運営商?」


『はい』


 男が振り返った。


「その名前、知ってるのか?」


『知っています』


「何者だ?」


 少しの沈黙。


『この時代の人間ではありません』


 青年は箱を握った。


「未来の人間?」


『正確には、未来を管理している人間たちです』


「何を管理してる?」


『時間』


 男が笑った。


「時間を管理する?」


『時間そのものではありません』


『時間を越えて情報を送るための経路を管理しています』


 青年は考えた。


 これまで聞いた話が、少しずつ繋がっていく。


 未来の人間。


 観測。


 支援。


 戦闘。


 そして文明終了処理。


「じゃあ、この都市を消すのもそいつらなのか?」


『……』


「答えろ」


『可能性があります』


「可能性?」


『まだ確定していません』


 男が中央の装置を操作する。


「待て」


 青年が近づいた。


「さっきからお前は何を探してる?」


「処理命令の発信元だ」


「分かるのか?」


「この施設は、古い記録を保存しているだけじゃない」


 男が画面を拡大する。


「過去の処理命令も残っている」


 そこには大量の記録があった。


 数十年前。


 数百年前。


 さらに古いもの。


 都市。


 国家。


 文明。


 それぞれに終了日時が記録されている。


 青年は息を呑んだ。


「こんなに……」


「これが全部、実際に起きたことなら」


 男が言った。


「歴史そのものが違って見えてくる」


 青年は一つの記録を指差した。


「これは?」


 そこには。


 自分の先祖が生きた地域の名前があった。


 青年の指が止まる。


「……これ」


 処理日時。


 記録。


 終了理由。


 そして最後に。


 番組終了。


 青年は言葉を失った。


「番組……?」


 男も黙った。


 箱から声が聞こえる。


『その記録は、まだ見るべきではありません』


 青年は振り返った。


「どういう意味だ?」


『あなたたちが知れば、戻れなくなります』


「もう戻れないだろ」


 青年は画面を指差した。


「俺たちの街が七十二時間後に消されるんだぞ」


『だからです』


「だったら全部話せ」


『できません』


「なぜ?」


『あなたが、自分で選ぶ必要があるからです』


 青年は苛立った。


「選ぶ?」


『逃げるのか』


『戦うのか』


『誰かに助けを求めるのか』


『何もせず、自分だけ生き残るのか』


 青年は黙った。


『私は、あなたの選択を決めることはできません』


 その言葉だけは。


 妙に真っ直ぐだった。


 男が笑った。


「ずいぶん都合のいいことを言うな」


『何がですか?』


「未来から力を送っておいて、選択は俺たちに任せる?」


『はい』


「なら、なぜ助ける?」


『見ているからです』


「それだけ?」


『それだけです』


 男はしばらく黙った。


 そして。


「……俺は、戦う」


 青年が男を見る。


「この街を守る」


「お前一人で?」


「一人じゃない」


 男は自分の箱を取り出した。


 そこにも数字が表示されている。


 観測者数――8,421


 青年は目を見開いた。


「八千……」


「俺には支援してくれる人間がいる」


「そんなに?」


「だから戦える」


 男は拳を握った。


「お前は?」


 青年は答えなかった。


 自分の数字を見る。


 観測者数――126


 たった126人。


 それでも。


 昨日は一人だった。


 今日には126人になった。


 誰かが見ている。


 誰かが支援している。


 誰かが自分に生きてほしいと思っている。


 青年は箱を閉じた。


「俺も戦う」


 男が頷いた。


「そう来なくちゃな」


 しかし。


 その瞬間。


 地下施設全体が揺れた。


 天井から砂埃が落ちてくる。


「何だ?」


 男が警戒する。


 警報が鳴り始めた。


 中央の画面に、新しい文字が表示される。


 外部接続を検知。


 青年の表情が変わった。


「誰か来た?」


『違います』


 箱の声が答えた。


『見つかったのです』


「誰に?」


 答えはすぐに返ってきた。


『运营商に』


 施設の照明が、一斉に消えた。


 暗闇の中。


 遠くから重い音が聞こえる。


 一歩。


 また一歩。


 地下通路の奥から。


 何かが近づいている。


 男が構えた。


「来るぞ」


 青年も武器を握った。


 暗闇の奥で。


 二つの赤い光が灯った。


 昨日の機械とは違う。


 今度のものは。


 人間に近い形をしていた。


 そして、その機械から。


 初めて明確な言葉が発せられた。


『番組継続を確認。』


 青年は凍りついた。


『出演者二名を確認。』


 男の表情が変わる。


『観測者数、増加中。』


 機械が一歩前へ出る。


『予定を変更します。』


 青年は拳を握った。


『この二名を――』


 一瞬の沈黙。


 そして。


『継続観測対象に指定します。』


 青年は目を見開いた。


 殺しに来たわけではない。


 少なくとも。


 今は。


 そして初めて。


 彼は気づいた。


 自分たちが戦っている相手は。


 目の前にいる敵だけではない。


 自分たちの人生そのものを。


 どこかで見ている存在がいる。


 そしてその存在は。


 自分たちを「人間」とは呼ばなかった。


 出演者。


 その言葉だけが。


 暗闇の中に残った。

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