第89章 封鎖された旧倉庫
旧倉庫があったのは、街の北側を流れる川の近くだった。
現在、その一帯には新しい商店と住宅が並んでいる。古い運送業者の倉庫が集まっていた時代の面影は、ほとんど残っていなかった。
主人公たちは、榊原家から借りた古地図を頼りに、旧倉庫の跡地を訪れた。
「この辺りのはずだが」
直人が地図と周囲を見比べた。
「道が変わっているな。川の流れも、昔とは違うらしい」
「取り壊されたのは何年前だ?」
主人公が聞いた。
「記録によれば、二十年以上前です。正確な年月は分かりません」
榊原の部下が答えた。
「それなら、今の地形だけで判断するのは難しいな」
主人公は地図を畳んだ。
三浦家の帳簿には、旧倉庫の地下部分を封鎖したと記されていた。
だが、それが箱と関係しているとは限らない。
古い倉庫なら、地下に貯蔵庫があっても不思議ではない。老朽化による封鎖だった可能性もある。
彼らは周囲の商店を訪ね、昔の土地の様子を知る人間を探した。
最初に話を聞いた店主は、首を横に振った。
「倉庫なら昔はたくさんありましたよ。でも、どれが三浦さんの倉庫だったかまでは覚えていませんね」
二軒目の店主も、詳しいことは知らなかった。
三軒目でようやく、七十代の男性が話を聞いてくれた。
「三浦の倉庫か。ああ、あの一帯にあったな」
男性は古地図を見て、指で一か所を示した。
「この辺りだと思う。ただ、建物がなくなってからずいぶん経つ。今は別の人間の土地になっているはずだ」
「地下に何かあったという話は聞いていませんか?」
主人公が尋ねた。
男性は少し考えた。
「地下か……。そういえば、昔、あの倉庫の一部には近づくなと言われていた気がするな」
「誰に?」
「さあ。三浦の人間だったか、倉庫で働いていた人間だったか。もう覚えていないよ」
それ以上、詳しい話は聞けなかった。
主人公は礼を言って店を出た。
「少なくとも、地下があった可能性は高そうだな」
直人が言った。
「地下があることと、箱の秘密があることは別だ」
主人公は答えた。
「まずは土地の所有者を調べよう」
***
現在の土地所有者は、地元の建設業者だった。
榊原が事情を説明し、調査の許可を求めたところ、翌日の午前中なら現地を確認してもよいという返事があった。
主人公たちはその日は宿に戻った。
夜、主人公は持参した箱を机の上に並べた。
榊原家から預かった箱は、別の部屋に保管されている。
その中から「返却済み」と刻まれた箱だけを手元に置いていた。
もう一度、刻まれた文字を確認する。
文字の周囲には細かな傷がある。意図的に刻まれたものなのか、それとも製造時からあったものなのか、見ただけでは判断できなかった。
主人公は箱を回転させ、別の面も調べた。
新しい文字は見つからない。
箱を開ける方法も分からない。
しばらく調べたあと、主人公は箱を袋へ戻した。
そのとき、通信端末が振動した。
見覚えのある相手からの連絡だった。
『今日はどうだった?』
主人公は少し考え、短く返事を打った。
『古い倉庫を調べている。まだ何も分からない』
返事はすぐに届いた。
『何も分からない日もあるよね。ご飯は食べた?』
主人公は、机の隅に置いたままの食事を見た。
『これから食べる』
『冷める前に食べたほうがいいよ』
それだけのやり取りだった。
相手が誰なのか、どこにいるのか、主人公は知らない。
なぜ自分に連絡してくるのかも、詳しくは聞けていなかった。
だが、危険な場所へ向かう日にも、調査が進まなかった日にも、こうして何気ない言葉が届くことがあった。
主人公は食事を手に取った。
明日は現地を調べる。
何も見つからなければ、それで終わりかもしれない。
それでも、食事を済ませ、眠ることにした。
***
翌朝、建設業者の担当者が現地へ案内してくれた。
現在の土地は更地ではなく、資材置き場として使われていた。
担当者は古い図面を持ってきていた。
「以前の建物を取り壊したときの資料です。すべて残っているわけではありませんが」
主人公は図面を受け取り、確認した。
倉庫は大きく二つに分かれていた。
一つは運送用の荷物を保管する建物。
もう一つは、帳簿や道具を置いていた小さな建物だった。
そのうち、帳簿に記載された旧倉庫に該当するのは、小さな建物のほうらしい。
「地下室の記録はありますか?」
「地下室については、こちらの図面には載っていません」
担当者は別の紙を取り出した。
「ただし、取り壊しの際に、地面の一部が不自然に沈んでいたという報告があります。古い排水設備か、埋め戻した空間だった可能性があるそうです」
主人公は報告書を読んだ。
《北側区画に空洞の疑い。安全確認のうえ埋め戻し》
それ以上の記載はなかった。
「調査した記録は?」
「残っていません。少なくとも、こちらで保管している資料にはありません」
主人公は地面を見渡した。
地下に空間があった可能性はある。
しかし、今は埋め戻されている。
再び掘り返すには、土地所有者の許可だけでなく、安全確認や費用の問題もある。
何があるかも分からない場所を、簡単に掘り返すわけにはいかなかった。
「ここを掘ることはできますか?」
担当者は困った顔をした。
「理由と調査方法を明確にしていただかないと難しいですね。危険がないか確認する必要もあります」
主人公は頷いた。
「分かりました。こちらで資料を整理して、改めて相談します」
担当者が帰ったあと、直人が言った。
「どうする? 地下があるかもしれないのに、何もできないぞ」
「今はな」
主人公は図面を見直した。
「でも、取り壊しの記録に空洞の疑いが残っている。これなら、昔の工事関係者を探す手がかりになる」
「当時の工事をした人間を探すのか」
「そうだ。埋め戻す前に何を見たのか、覚えている人間がいるかもしれない」
直人はため息をついた。
「また人探しか」
「箱を調べるより、今のところは人を調べたほうが進みそうだからな」
主人公は図面を畳んだ。
地下に何があったのか。
箱が保管されていたのか。
それとも、箱とは関係のない古い設備だったのか。
まだ何も分からない。
しかし、三浦宗一郎の倉庫には、帳簿に残されていない空間があった可能性がある。
その事実だけは、新しく手に入った情報だった。
***
宿へ戻る途中、榊原から連絡が届いた。
『三浦家の旧倉庫について、追加の記録が見つかりました』
主人公は足を止めた。
『どんな記録だ?』
『三浦宗一郎が亡くなる数年前、倉庫の管理を別の人物に任せていたようです。名前も判明しました』
主人公は返事を打った。
『その人物は今どこにいる?』
少し間があった。
『すでに亡くなっています。ただ、子供が一人いたことは確認できました』
主人公は画面を見つめた。
旧倉庫の地下を調べるために、当時の工事関係者を探す必要があると思っていた。
だが、その前に、倉庫を管理していた人物の家族から話を聞けるかもしれない。
その人物が何を知っていたのか。
三浦宗一郎から何を任されていたのか。
そして、箱について何か聞かされていたのか。
「次は、その家族だな」
直人が尋ねた。
「何か分かったのか?」
「倉庫を管理していた人間の名前が分かった」
主人公は端末をしまった。
「まだ箱と関係があるかは分からない。でも、調べる理由はできた」
彼らは宿へ向かった。
箱の秘密に近づいたという確信はない。
ただ、昨日まで知らなかった人間の名前が、今日になって一つ増えた。
今は、それを追っていくしかなかった。




