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観客のいない世界  作者: 亀


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第80章 商家の反撃

翌朝。


蓮司家の取引先の一つから、正式な通知が届いた。


――今後の取引条件を見直したい。


理由は書かれていない。


ただ、これまでより高い価格を提示されていた。


蓮司は書状を握りしめた。


「本当に奪いに来た」


族長は落ち着いていた。


「慌てるな」


「でも、このままでは……」


「だからこそ、慌ててはいけない」


族長は男主人公を見る。


「お前ならどうする?」


男主人公は書状を読んだ。


「この取引先を追いかけません」


蓮司が驚く。


「追いかけない?」


「はい」


「でも、取られたら困るだろ」


「本当に重要な取引先なら、取り返します」


「なら、なぜ?」


男主人公は書状を指した。


「これは取引条件の変更です。契約の破棄ではない」


族長が頷く。


「つまり、まだ決めていない」


「そうです」


男主人公は続けた。


「相手は、この家が焦って値段を上げるのを待っています」


蓮司が黙った。


「なら、上げなければいい」


族長が言った。


「その通りです」


男主人公は書状を返した。


「ただし、何もしないわけではありません」


「何をする?」


「別の取引先を増やします」


族長の目が動く。


「今から?」


「はい」


「この状況で、誰が取引する?」


「利益がある人間です」


男主人公は市場の地図を広げた。


「蓮司家は、今まで同じ取引先に依存しすぎています」


「だから一つ奪われるだけで苦しくなる」


「なら、依存を減らす」


蓮司が地図を見る。


「でも、新しい取引先なんて簡単に見つからない」


「普通なら」


男主人公は一つの地域を指した。


「ここです」


そこは、蓮司家が今までほとんど取引していなかった地域だった。


「ここには小さな商家が多い」


「規模が小さい」


「だから、大商家から相手にされていません」


男主人公は続ける。


「でも、数が多い」


族長は地図を見る。


「一つ一つは小さいが、合わせれば大きい」


「はい」


「そして、大商家と直接競争しなくていい」


「その通りです」


族長はしばらく考えた。


「問題は、どうやってこちらを信用させるかだ」


「商品を安くする必要はありません」


「では?」


「小さく始めます」


男主人公は言った。


「最初から大口契約を求めない」


「少量を確実に届ける」


「利益が出れば、次も取引する」


族長が笑った。


「地味だな」


「商売は地味なほうが長く続きます」


「それは誰に教わった?」


「誰にも」


男主人公は答えた。


「失敗するのが嫌だから考えただけです」


族長は笑った。


その日の午後。


蓮司家の使者が、いくつかの小さな商家を訪れた。


最初は断られた。


次も断られた。


三軒目も難色を示した。


しかし、四軒目で話が変わった。


「少量なら、試してみてもいい」


それが始まりだった。


一軒。


二軒。


三軒。


小さな取引が増えていく。


金額はまだ大きくない。


だが、蓮司家が一つの取引先に依存する割合は少しずつ下がった。


三日後。


最初に取引条件を変更した商家から、再び連絡が来た。


「以前の条件で、もう一度取引したい」


蓮司は驚いた。


「向こうから戻ってきた?」


族長は笑った。


「こちらが追わなかったからだ」


男主人公も頷いた。


「大商家から高い条件を提示されたとしても、相手にとってそれが長期的に得かどうかは別です」


「一時的な高値より、安定した取引を選んだ」


族長は書状を置いた。


「これで一つ戻った」


「でも、まだ終わっていません」


男主人公が言う。


族長が見る。


「なぜだ?」


「相手は、この家を完全に潰すことを目的にしているわけではありません」


「またそこか」


「はい」


男主人公は市場の記録を並べた。


「この三日間、相手は私たちの取引先を三つ調べました」


「でも、奪ったのは一つだけ」


「つまり、全部を取るつもりはない」


族長が考える。


「我々がどこまで回復するかを見ている」


「そうです」


「なぜ?」


男主人公は一つの数字を指した。


「こちらの回復速度です」


族長が黙る。


「相手は、蓮司家がどの程度の速度で損失を取り戻せるのか知りたい」


「そして、それを基準に次の攻撃を決める」


族長の顔から笑みが消えた。


「……面倒な相手だな」


「だから、こちらも利用します」


男主人公は一枚の書類を取り出した。


「この数字を流してください」


族長が見る。


「これは?」


「今後三か月の利益予想です」


族長が読む。


「かなり高い」


「偽物です」


「分かっている」


族長は笑った。


「お前も悪くなってきたな」


「必要なことです」


「それで、相手は?」


「この数字を信じれば、次は必ず動きます」


族長は書類を燃やした。


「では、最後の餌を撒こう」


男主人公は頷いた。


この商売の勝負も、そろそろ終わりに近づいていた。


だが、その夜。


男主人公の部屋に、一通の古い書状が届けられた。


差出人は族長。


そこには一行だけ書かれていた。


――「お前が探している品について、話がある。」


男主人公は書状を握った。


商売の問題とは別に。


自分がここへ来た本当の目的が、ようやく動き始めていた。

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