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観客のいない世界  作者: 亀


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第78章 商人の網

夜の路地を、男主人公たちは走った。


後ろから足音が近づいてくる。


「右!」


直人が叫んだ。


男主人公は角を曲がった。


狭い路地を抜け、そのまま古い倉庫の裏へ回る。


復讐者が最後尾についた。


追ってきた男が角を曲がった瞬間、復讐者が腕を掴んだ。


「動くな」


男は暴れた。


しかし、復讐者は離さない。


「放せ!」


「何をしていた?」


「知らない!」


「なら、なぜ逃げた?」


男は黙った。


男主人公が近づく。


「葛城はどこへ行った?」


「……知らない」


「なら、さっき何を話していた?」


「何も」


男主人公は男の顔を見る。


「お前は情報を売っている」


男の表情が変わった。


「違う」


「じゃあ、あの紙は何だ?」


男主人公は倉庫から持ち出した一枚の紙を見せた。


男は黙った。


紙には、蓮司家の取引情報が書かれている。


そして、その隣には別の商家の情報もあった。


「この情報を誰から買った?」


「……」


「葛城か?」


男は答えない。


男主人公はそれ以上問い詰めなかった。


「もういい」


男を放す。


「え?」


男は驚いた。


「お前を捕まえても、全部は分からない」


男主人公は紙をしまった。


「一つだけ教えろ」


「何だ?」


「この情報網の一番上にいる人間は誰だ?」


男はしばらく黙っていた。


そして、小さな声で言った。


「……いない」


「何?」


「一番上なんていない」


男主人公は黙った。


「情報を買う奴がいる」


男は続ける。


「情報を売る奴がいる」


「集める奴もいる」


「でも、全員が別々に動いている」


「誰か一人が全部を支配しているわけじゃない」


男主人公は少し考えた。


予想していた構造とは違った。


「じゃあ、葛城は?」


「情報を買う側の一人だ」


「一人?」


「もっと大きな商家も買っている」


男はそう言った。


「だから、誰か一人を潰しても終わらない」


男主人公は頷いた。


「分かった」


男は逃げるように去っていった。


直人が聞く。


「逃がしてよかったのか?」


「今は」


男主人公は答えた。


「情報を持って帰ってもらったほうがいい」


「何を?」


男主人公は笑った。


「俺たちは何も知らなかった、と」


その翌朝。


蓮司家では、族長が帳簿を見ていた。


男主人公は昨夜のことをすべて話した。


「なるほど」


族長は静かに言った。


「つまり、相手は一つの組織ではない」


「はい」


「ならば、潰すのは難しい」


「でも、逆に利用できます」


族長が顔を上げる。


「どうやって?」


男主人公は一枚の紙を出した。


「情報を一種類だけ流します」


「また偽情報か」


「今度は少し違います」


男主人公は言った。


「本物と偽物を混ぜます」


族長は紙を見る。


「どういう意味だ?」


「相手が情報を買うなら、正しい情報だけを渡す必要はありません」


「……」


「本当の情報の中に、相手が判断を間違える情報を入れる」


族長は笑った。


「情報を売る側を、こちらから騙すわけか」


「そうです」


「しかし、相手も商人だ」


「だからです」


男主人公は続けた。


「商人は、利益になると思った情報ほど信じます」


族長はしばらく考えた。


「面白い」


族長はすぐに三人の担当者を呼んだ。


「今から、三種類の情報をそれぞれ別の人間に伝える」


一人目には、南方の倉庫を売る。


二人目には、北方の取引を拡大する。


三人目には、薬草事業を完全に撤退する。


どれも少しずつ内容を変えてある。


男主人公は聞いた。


「誰にどの情報を渡したか、記録してください」


族長が頷く。


「そして、市場を見る」


その日の午後。


最初に動いたのは南方だった。


倉庫の周辺価格が突然上がった。


「一人目」


男主人公が言った。


夕方。


北方の取引先から連絡が入った。


「価格を上げたい」


「二人目」


夜。


薬草の仕入れ業者から、突然大量の商品を売りたいという申し出が来た。


男主人公は笑った。


「三人目」


蓮司が驚く。


「全部動いた?」


「はい」


族長が帳簿を閉じた。


「では、三つとも情報が漏れている」


「そうなります」


「しかし、それだけでは誰が漏らしたのか分からない」


男主人公は首を振った。


「分かります」


族長が見る。


「三つの情報を、誰が買ったのか」


「……」


「相手がどの情報を利用したか分かれば、情報の流れを逆に辿れます」


族長はしばらく黙っていた。


そして笑った。


「お前、本当に商人になる気はないのか?」


「ありません」


「惜しいな」


男主人公は首を振った。


「俺は、自分の探しているものが欲しいだけです」


族長はその言葉を聞くと、少しだけ目を細めた。


「その話は、商売が終わってからだ」


男主人公は頷いた。


その夜。


三つの情報のうち、最も早く市場を動かした一つについて、新しい情報が入った。


それは――


蓮司家ではなく、別の商家が動いたという報告だった。


男主人公はその名前を見て、少し驚いた。


「この家ですか」


族長が聞く。


「知っているのか?」


「いえ」


男主人公は紙を見た。


「でも、葛城より大きい」


族長の顔から笑みが消えた。


今まで追っていた相手は、末端だった。


本当に相手にすべき商家が、ようやく姿を見せ始めた。

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