第77章 買う側の人間
男は広間の中央に座っていた。
名前は葛城。
南方を中心に商売をしている商人だという。
族長は書状を机に置いた。
「この値段で買うつもりか?」
「はい」
葛城は迷いなく答えた。
「蓮司家が今の状況なら、これでも高いくらいです」
蓮司が眉をひそめる。
「ずいぶんな言い方だな」
「商売ですから」
葛城は笑った。
「情で値段を決めるものではありません」
族長はその言葉を聞くと、少しだけ笑った。
「それは私も同じだ」
二人の商人が向かい合った。
男主人公は何も言わず、その様子を見ていた。
葛城は南方事業の帳簿を求めた。
族長は一部だけ渡した。
葛城は数字を確認する。
「やはり厳しいですね」
「そう見えるか?」
「市場の噂だけではありません」
葛城は帳簿を指した。
「実際に取引量が減っている」
「よく調べているな」
「買う側ですから」
男主人公が聞いた。
「では、なぜ買おうと思ったんです?」
葛城は男主人公を見る。
「安いからです」
「それだけ?」
「それ以上に理由が必要ですか?」
男主人公は答えなかった。
葛城は続ける。
「商売というのは、相手が困っている時に買うものです」
「相手が困っていない時に買うなら、高くなりますから」
族長が笑った。
「分かっているな」
「族長ほどではありません」
「謙遜は要らん」
二人はしばらく笑った。
しかし、男主人公には違和感があった。
葛城は南方事業を買いたいと言っている。
だが、帳簿を確認する時に見ている場所が少しおかしい。
売上ではない。
利益でもない。
運送費でもない。
「あなたが本当に欲しいのは、南方事業ではないですね」
葛城の手が止まった。
「何を言っている?」
「この帳簿のここです」
男主人公は指を置いた。
「仕入れ先」
葛城は黙った。
「そして、こっち」
別のページ。
「運送経路」
さらに別のページ。
「最後に、取引先」
葛城は笑った。
「当然でしょう。買うなら調べます」
「でも、価格についてはほとんど質問していません」
「帳簿を見れば分かります」
「違います」
男主人公は言った。
「あなたは、南方事業の価値を調べているんじゃない」
葛城を見る。
「この家が持っている取引網を調べている」
広間が静かになった。
蓮司が立ち上がりかける。
族長が手で止めた。
葛城はしばらく黙っていた。
やがて笑う。
「面白い人ですね」
「否定しないんですね」
「否定しても意味がない」
葛城は椅子に座り直した。
「なら、何が目的だ?」
族長が聞く。
「蓮司家を買うことか?」
「違います」
葛城は答えた。
「私は、この家と競争している商家に商品を売っているだけです」
男主人公は目を細めた。
「情報を?」
「情報も」
「つまり、あなたは情報を売っている」
「それが違法だとでも?」
葛城は笑った。
「商売に必要な情報を集めているだけです」
族長が言う。
「では、遺跡の宝物も?」
葛城の表情が少し変わった。
「……何の話です?」
「蓮司が持ち帰った箱だ」
葛城は黙った。
男主人公はその反応を見逃さなかった。
やはり繋がっている。
だが、葛城はすぐに表情を戻した。
「私は知りません」
「そうか」
族長はそれ以上追及しなかった。
その夜。
葛城は屋敷を出た。
男主人公は直人と復讐者を連れて、その後を追った。
蓮司もついてきた。
「本当に追うのか?」
「はい」
「族長には?」
「許可をもらっています」
葛城は町の南側へ向かった。
しばらく歩くと、古い酒場へ入る。
男主人公たちは少し離れた場所で待った。
一刻ほど経った頃。
別の男が酒場から出てきた。
葛城とは違う。
商人にも見えない。
男は周囲を確認し、裏道へ入った。
男主人公たちは後を追った。
裏道の先には、小さな倉庫があった。
扉が開く。
中から声が聞こえる。
「蓮司家はどうだ?」
葛城の声だった。
「まだ潰れていない」
「予定より遅いな」
「だが、かなり弱っている」
「情報は?」
「集めている」
「なら、もう少しだ」
男主人公は扉の隙間から中を覗いた。
そこには数十枚の紙が並べられていた。
蓮司家の取引情報。
他の商家の情報。
商品の価格。
仕入れ先。
運送経路。
そして――
遺跡から持ち帰った「宝物」の記録まであった。
男主人公の目が止まった。
「……やはり」
直人が小声で聞く。
「何だ?」
男主人公は答えなかった。
葛城の前に座っていた男が言う。
「今回の箱はうまくいった」
「蓮司家が自分から持ち帰ったからな」
「中身を調べて、かなりの情報が取れた」
男主人公は拳を握った。
やはり宝物は最初から宝物ではなかった。
家の中を調べるための餌だった。
その時。
倉庫の中の男が突然振り返った。
「誰かいるぞ」
全員が動いた。
男主人公たちは扉から離れる。
足音が近づいてくる。
葛城の声が響いた。
「追え!」
男主人公は走り出した。
だが、追いかけてくる足音を聞きながら、笑っていた。
相手の仕組みが見え始めた。
あとは、それを壊すだけだった。




