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観客のいない世界  作者: 亀


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第71章 宝物の正体

商家の屋敷では、朝から人の出入りが続いていた。


昨日、蓮司たちが持ち帰った「宝物」を鑑定するためだった。


大きな木箱が、広間の中央に置かれている。


蓮司は腕を組み、その前に立っていた。


「これが本物なら、かなりの金になる」


弟が期待したように言う。


「父上、これなら南側の取引の穴を埋められるんじゃないですか?」


族長は答えなかった。


鑑定を任された男が、箱の中身を一つずつ取り出していく。


古い金属器。


装飾品。


古びた帳簿。


いくつかの小さな箱。


見た目だけなら、確かに価値がありそうだった。


しかし、鑑定人の顔は次第に曇っていった。


「……族長様」


「言え」


「これらは、思ったほどの価値がありません」


蓮司が眉を寄せる。


「どういうことだ?」


「古いことは間違いありません。しかし、希少性が低い。市場で高値がつく品ではありません」


「全部か?」


「ほとんどがそうです」


広間が静かになった。


蓮司の弟が箱を覗き込む。


「でも、これは?」


「模造品です」


「こっちは?」


「後世の加工品でしょう」


蓮司は黙り込んだ。


昨日まで、自分たちが何年も探していた宝物だと思っていた。


それが、実際には大した価値を持っていない。


族長だけは表情を変えなかった。


「つまり、偽物か?」


「完全な偽物とは言えません。ただ……」


鑑定人が一つの帳簿を開く。


「この帳簿には、かなり奇妙なところがあります」


「何だ?」


「記録されている商品の名前と、現在この家が扱っている商品の名前が非常によく似ています」


蓮司が顔を上げた。


族長も帳簿を見る。


「それは偶然ではないな」


「私もそう思います」


男主人公は少し離れたところから、そのやり取りを見ていた。


「その帳簿は、どこで見つかった?」


蓮司が答える。


「箱の中だ」


「箱そのものは?」


「遺跡の奥だ」


男主人公は箱を見る。


昨日、他の探索者たちは歓声を上げていた。


誰もが価値のあるものを手に入れたと思っていた。


だが――


男主人公は一つの違和感を覚えた。


「蓮司」


「何だ?」


「この宝物を見つけた場所を覚えているか?」


「もちろん」


「誰かが先に入った形跡は?」


蓮司は少し考えた。


「……あった」


「どんなものだった?」


「足跡がいくつかあった。ただ、昔のものだと思っていた」


男主人公は箱を見た。


「本当に?」


蓮司が黙る。


その時、族長が口を開いた。


「最近、うちの情報が外へ漏れている」


蓮司が振り返る。


「またその話か」


「また、ではない」


族長は机の上に何枚かの書類を並べた。


「南の取引先に提示する予定だった価格」


一枚。


「新しく開く予定だった倉庫」


二枚目。


「来月の商品の仕入れ量」


三枚目。


「全部、外に漏れている」


蓮司の顔から笑みが消えた。


「……偶然じゃない」


「そうだ」


族長は一枚ずつ書類を重ねた。


「しかも、情報が漏れた後には必ず損失が出ている」


男主人公は書類を見た。


価格を下げられた取引。


先回りされた仕入れ。


突然値上がりした商品の購入。


輸送路を変えた直後に、別の商家が同じ場所を押さえていたこともある。


一つなら偶然で済む。


二つでも、まだ分からない。


しかし、これだけ重なると話は変わる。


「宝探しに行ったのも、そのためか?」


男主人公が尋ねる。


蓮司は少し黙ってから答えた。


「そうだ」


「宝が必要だった?」


「家が苦しくなっている」


蓮司は箱を見た。


「何か価値のあるものを見つければ、少しは立て直せると思った」


男主人公は頷いた。


族長が淡々と言う。


「だから、若い者を外へ出した」


「俺だけじゃない」


蓮司が言う。


「兄貴も、親戚も、何人かの使用人も探している」


「なるほど」


男主人公はもう一度、箱を見る。


そして、その中の帳簿を指した。


「これを、誰かが意図的に入れた可能性は?」


広間が静かになった。


蓮司が顔を上げる。


「……俺たちを狙ったっていうのか?」


「宝を見つけさせるために」


族長が初めて男主人公をじっと見た。


「続けろ」


「本物の宝なら、持ち帰る」


男主人公は箱の中を指す。


「そして、家の中で調べる」


「つまり?」


「調べる人間が、何を重要だと思っているのかを見る」


蓮司の表情が変わった。


族長も理解したようだった。


男主人公は続ける。


「帳簿を見れば、この家が何を扱っているのか分かる」


「取引品も分かる」


「価格も分かる」


「倉庫の場所も分かる」


蓮司が低い声で言った。


「……情報を抜くための餌」


「そうかもしれない」


男主人公は断定しなかった。


「でも、もしそうなら説明できる」


族長が尋ねる。


「何がだ?」


「最近、情報が漏れていること」


男主人公は箱を見た。


「そして、なぜこの宝物が都合よく見つかったのか」


誰も口を開かなかった。


やがて族長は、箱を閉じた。


「この箱については、外へ知らせるな」


「父上?」


「宝を見つけたという話もだ」


族長は使用人を見る。


「誰にも売るな。誰にも見せるな」


そして、蓮司に視線を向けた。


「今回の件は、宝探しではない」


「……分かっている」


「誰かが我々を調べている」


族長の声は冷静だった。


「ならば、こちらも相手を調べる」


男主人公はその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。


この家は、ただ困っている商家ではない。


利益を奪われれば、相手が誰であろうと調べる。


そして、自分たちの情報を守るためなら、手段も選ぶ。


その日の午後。


屋敷の門の外に、一人の男が立っていた。


商家の使用人ではない。


旅人のような服装だった。


男は屋敷を見上げると、懐から小さな紙を取り出した。


そこには、蓮司家の現在の取引状況が細かく書かれていた。


そして、その下には一行だけ。


――「次の情報を確認せよ」


男は紙を折りたたんだ。


屋敷の中では、誰もその存在に気づいていなかった。

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