第69章 商家の門
二日目の夕方。
三人は山を下り、街道沿いの大きな町に入った。
山間の町とは思えないほど、人の往来が多い。
荷車が何台も行き交い、商人たちが店先で声を上げている。
直人は手にした地図と、目の前の通りを何度も見比べた。
「この道で合ってる」
男主人公は頷いた。
「蓮司家は?」
「もう少し先だ」
三人が進んでいくと、次第に建物が大きくなっていった。
商店。
倉庫。
運送業者の事務所。
そして、その中心に大きな屋敷がある。
門の両側には、蓮司家の家紋が掲げられていた。
男主人公は足を止めた。
「ここだ」
直人が屋敷を見上げる。
「……思ってたより大きいな」
復讐者も周囲を見回した。
門の前には護衛が二人。
中には何台もの荷車が止まっている。
ただの商家ではない。
この地域でかなり大きな商売をしていることが分かる。
男主人公は懐から手紙を出した。
もう一度確認する。
宛先は自分。
そして、ここへ来るように書かれている。
差出人はない。
「行こう」
三人は門へ向かった。
護衛の一人が手を上げる。
「止まれ」
男主人公が答えた。
「蓮司さんに会いたい」
「約束は?」
「ない」
護衛が三人を見る。
「用件は?」
男主人公は少し考えた。
「本人に直接話したい」
「そういう客は多い」
「昨日、北方遺跡で会った」
その言葉を聞いた護衛の表情が変わった。
「……少し待て」
護衛が屋敷の中へ入っていく。
しばらくして戻ってきた。
「入れ」
門が開く。
三人は屋敷の中へ入った。
広い中庭を抜け、建物の中へ案内される。
廊下には商談用の部屋がいくつも並んでいた。
使用人たちが忙しそうに行き来している。
誰も立ち止まらない。
この家では、商売が生活そのものになっているようだった。
通された部屋には、蓮司がいた。
昨日の服装とは違い、今日は商人らしい整った服を着ている。
机の上には書類が積まれていた。
「来たか」
蓮司が言った。
男主人公は頷く。
「手紙に書いてあったから」
蓮司の顔から笑みが消えた。
「手紙?」
男主人公は懐から封筒を出した。
机の上に置く。
蓮司はそれを見た。
しばらく黙っている。
「……これは?」
「遺跡で見つけた」
「誰が書いた?」
「分からない」
「宛先は?」
「俺だ」
蓮司の目が細くなった。
「お前の名前が?」
「ああ」
蓮司は封筒を手に取った。
裏返す。
「差出人はない」
「そうだ」
「中身は?」
「読んだ」
「何と?」
男主人公は答えた。
「ここに来れば、俺が探しているものが分かると書いてあった」
部屋が静かになった。
蓮司はしばらく男主人公を見ていた。
やがて、封筒を机に置く。
「……変な話だな」
「俺もそう思っている」
蓮司は椅子に座った。
「ところで」
男主人公を見る。
「昨日、お前はあの宝物を見なかったな」
「見た」
「興味は?」
「ない」
蓮司は笑った。
「やっぱり変な奴だ」
その時、廊下から早足の音が聞こえた。
一人の男が部屋へ入ってくる。
「若旦那、大変です」
蓮司の表情が変わった。
「何だ」
「南側の倉庫が止まりました」
「理由は?」
「運送業者が荷物を引き受けないと言っています」
蓮司は眉を寄せた。
「またか」
男は頷く。
「それだけではありません。先ほど、主要な取引先からも連絡がありました」
「何を言ってきた?」
「今月分の取引をすべて見直す、と」
部屋の空気が変わった。
蓮司は立ち上がった。
「……分かった。俺が行く」
男が出ていく。
男主人公はその様子を見ていた。
蓮司はしばらく黙っていたが、やがて言った。
「悪いな」
「何が?」
「せっかく来てもらったのに、今はそれどころじゃない」
男主人公は手紙をしまった。
「何か問題があるのか?」
「商売の問題だ」
「俺には関係ない?」
蓮司は少し笑った。
「普通ならな」
男主人公は立ち上がった。
「なら、俺は帰る」
「待て」
蓮司が呼び止めた。
「手紙に書いてあったんだろう?」
「何が?」
「ここへ来れば、欲しいものが手に入る」
蓮司は男主人公を見た。
「なら、少し待っていろ」
「なぜ?」
「俺の家にも、お前が探しているものと関係する古い物がいくつかある」
男主人公の足が止まった。
「見せてもらえるのか?」
蓮司はすぐには答えなかった。
「条件次第だ」
やはり商人だった。
男主人公はそれを見て、少しだけ笑った。
「条件は?」
「今はまだ決めていない」
蓮司は机の上の書類をまとめた。
「先に、この問題を片付ける」
「それが条件になる?」
「そうなるかもしれない」
男主人公は頷いた。
「分かった」
直人が驚く。
「本当に手伝うのか?」
男主人公は蓮司を見る。
「俺にも目的がある」
蓮司も頷いた。
「俺にもある」
二人はしばらく見つめ合った。
それは友情ではなかった。
信頼でもない。
ただ、それぞれが欲しいものを持っている。
そして、そのためには相手の力が必要だった。
蓮司は扉へ向かった。
「来るか?」
男主人公は答えた。
「行く」
三人は、蓮司の後について屋敷を出た。
遺跡で始まった宝探しは、いつの間にか別の問題へと姿を変えていた。
男主人公が欲しいものは、まだ手に入っていない。
そしてその鍵を握っているかもしれない男は――
今、自分の商売を守ることで精一杯だった。




