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観客のいない世界  作者: 亀


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第67章 紙切れを選んだ男

遺跡の奥へ進むにつれて、人の声が増えていった。


広い石室に出ると、先に到着していた探索者たちが、壁際の古い石台を取り囲んでいる。


「こっちだ!」


「動かすな!」


「記録を取れ!」


誰かが叫んだ。


石台の中央には、古びた金属製の箱が置かれていた。


表面には細かな装飾が施されている。


それを見た瞬間、周囲の空気が変わった。


「これが……」


「黄金の箱か?」


「本物なのか?」


人々が次々に集まっていく。


男主人公は少し離れた場所から、それを眺めた。


確かに価値はありそうだった。


だが、彼の視線はすぐに別の場所へ移った。


石室の隅。


崩れた棚の下に、何枚かの紙が落ちている。


その中に、一つだけ封筒があった。


古びている。


端は汚れている。


誰かに踏まれた跡まである。


男主人公は近づき、それを拾った。


表面を確認する。


そして、動きが止まった。


宛先が書かれている。


そこには、男主人公自身の名前があった。


「……」


直人が後ろから覗き込む。


「どうした?」


男主人公は答えない。


封筒を裏返した。


何もない。


差出人の名前もない。


住所もない。


印章もない。


ただ、古い封蝋の跡だけが残っている。


「誰から?」


直人が尋ねた。


「分からない」


「でも、お前宛なんだろ?」


「ああ」


復讐者も近づいてきた。


封筒を見て、眉をひそめる。


「お前の名前を知っている人間が、ここに置いたということか」


「そうなる」


「いつ?」


「分からない」


男主人公は封筒を眺めた。


黄金の箱の周囲では、まだ探索者たちが騒いでいる。


その中から、一人の男がこちらに気づいた。


蓮司だった。


「何を拾った?」


男主人公は封筒を見せた。


蓮司は一瞬だけ目を細めた。


だが、すぐに興味を失ったように言った。


「紙じゃないか」


「そうだな」


「そんなものを持って帰るのか?」


男主人公は答えなかった。


蓮司は石台のほうを見る。


「こっちには、もっと価値のあるものがある」


その声には、わずかな笑いが混じっていた。


「何年も探していたんだ。ようやく見つけた」


男主人公は封筒を懐に入れた。


「なら、それを持って帰ればいい」


「もちろんそうする」


蓮司は肩をすくめた。


「君も、もう少し見る目を持ったほうがいい」


直人が少し不快そうな顔をした。


「人が何を選ぶかなんて、別にいいだろ」


「そうだな」


蓮司はそれ以上言わなかった。


「俺たちは先に戻る」


そう言って、彼は仲間たちを連れて石室を出ていった。


他の探索者たちも次々と続く。


最後まで残ったのは、男主人公たち三人だけだった。


静かになった。


男主人公は封筒を取り出した。


「開けるのか?」


直人が聞いた。


「ああ」


「罠かもしれないぞ」


「分かってる」


封を切る。


中には一枚の紙しか入っていなかった。


男主人公は紙を開いた。


文字は意外なほど読みやすかった。


短い。


余計な説明はない。


ただ、最初の一行だけで、男主人公の表情が変わった。


そこには、はっきりと書かれていた。


「この手紙を見つけたあなたへ。」


男主人公は黙って読み進める。


数行。


そして最後。


そこには一つの場所が書かれていた。


知らない場所ではない。


この地方では名前を知られている一族だった。


商業を営み、長い間この地域で大きな影響力を持っている家。


その名前の下に、短い文章が続いている。


「あなたが探しているものは、そこへ行けば分かる。」


それだけだった。


署名はない。


差出人もない。


男主人公は紙を裏返した。


何も書かれていない。


直人が尋ねる。


「何て書いてあった?」


男主人公はしばらく黙っていた。


「この家に行けって」


「誰の家?」


男主人公は名前を答えた。


直人が少し驚いた。


「……あの商家?」


「ああ」


復讐者は男主人公を見る。


「そこに何がある?」


「分からない」


「なら、信じるのか?」


男主人公は首を横に振った。


「信じてない」


「それでも行く?」


「行く」


直人が眉を上げた。


「罠かもしれないぞ」


男主人公は手紙を折った。


「分かってる」


そして、懐にしまう。


「でも、他に手がかりがない」


三人の間に沈黙が落ちた。


男主人公はもう一度、誰もいない石室を見回した。


黄金の箱。


誰もが欲しがったもの。


それを手に入れた者たちは、すでに帰っている。


自分が手にしたのは、一枚の古い紙だけだった。


価値があるのかも分からない。


誰が書いたのかも分からない。


なぜ自分宛なのかも分からない。


ただ一つだけ分かっている。


この手紙は、自分を次の場所へ導いている。


男主人公は立ち上がった。


「戻ろう」


「商家へ?」


「ああ」


三人は石室を出た。


誰もいなくなった遺跡の奥に、黄金の箱だけが残されていた。


そして男主人公の懐には、誰が書いたのかも分からない一通の手紙が入っていた。


それが、次の旅の始まりになった。

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