第65章 復讐のあと
夜が明けるころには、屋敷の中は静かになっていた。
昨夜まで人の気配があった場所なのに、今は風の音しか聞こえない。
直人は裏口の近くに立ち、外の様子を確認していた。
男は、部屋の中央に座っていた。
十八年前からずっと追い続けてきた人間を、最後に自分の手で殺した。
それから、ほとんど何も話していない。
男の前には、古い木箱が置かれている。
その中には、十八年前の事件に関係する記録がいくつも残されていた。
男は一枚ずつ紙を取り出していた。
「……こいつも死んでる」
紙をめくる。
「病気だ」
もう一枚。
「こっちは山崩れに巻き込まれた」
さらに一枚。
「こいつは……別の家の人間に殺されてる」
淡々とした声だった。
喜んでいるわけでもない。
悲しんでいるわけでもない。
ただ、事実を確認している。
直人が隣から尋ねた。
「全部、分かってるのか?」
男は首を横に振った。
「全部じゃない」
しばらくして、別の記録を取り出した。
そこには数年前の日付と、官府の印があった。
「こいつは自首してる」
「自分から?」
「ああ」
男は紙を見つめた。
「十八年前のことを話して、罪を認めたらしい」
男は紙を置いた。
その横には、もう一枚の記録があった。
そこには、すでに死亡した人間の名前が並んでいる。
病死。
事故死。
殺害。
老衰。
自首。
十八年前、あの夜に人を殺した者たちは、もうほとんど残っていなかった。
そして、最後に残っていた二人も、昨夜で消えた。
男はしばらく何も言わなかった。
やがて、箱の中から小さな布包みを取り出した。
「これだ」
男がそれを男主人公に差し出す。
主人公は受け取った。
ずっしりとした重さがあった。
布を開く。
中に入っていたのは、手のひらほどの黒い金属製の容器だった。
表面には、見覚えのある印が刻まれている。
あの木箱にも。
古い金属板にも。
祖先の記録にも残っていた印。
ただし、今回はそれだけではなかった。
側面には細い溝が一つある。
鍵穴にも見える。
だが、鍵はない。
主人公は裏返してみた。
何かの文字が刻まれている。
古すぎて、一部が擦れて読めない。
「開かないな」
直人が覗き込む。
主人公も何度か触ってみた。
押しても動かない。
回しても動かない。
無理にこじ開けようとすれば壊れてしまいそうだった。
「鍵が必要なんだろう」
主人公はそう言って、布に包み直した。
「中身は?」
男が聞く。
「分からない」
「お前の祖先に関係するものだと思う」
主人公は男を見る。
「なぜ?」
「十八年前、俺の家が襲われる少し前に、あの商人がこれを探していた」
男は答えた。
「俺の家にあったものじゃない。あの商人がどこかから受け取って、さらに別の人間へ渡そうとしていたものらしい」
主人公は黒い容器を見た。
「だから、何が入っているかは分からない」
「そうだ」
「じゃあ、どうして俺に渡す?」
男は少し考えた。
「俺には、もう必要ないからだ」
その言葉のあと、部屋が静かになった。
男は立ち上がった。
窓の外を見る。
朝の光が山の向こうから差し始めている。
十八年。
長すぎる時間だった。
家族を殺されてから、ずっと復讐だけを考えてきた。
誰が殺したのか。
誰が命令したのか。
なぜ殺されたのか。
その答えを追い続けてきた。
そして、昨日。
最後の一人が死んだ。
男は自分の手を見る。
「……終わったんだな」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
主人公は答えなかった。
男はしばらく自分の手を見ていた。
「変な話だ」
「何が?」
「十八年間、あいつらを殺すことだけを考えていた」
男は笑った。
ほんの少しだけ。
「殺したら、楽になると思ってた」
「ならなかった?」
「分からない」
男は窓から離れた。
「怒りがなくなったわけじゃない。でも……次に何をすればいいのか分からない」
直人は黙っていた。
主人公も何も言わない。
男はしばらく考えたあと、主人公を見る。
「お前についていってもいいか」
主人公は眉を動かした。
「俺に?」
「ああ」
「理由は?」
男は少し考えた。
「恩を返したい」
「それだけ?」
「……それだけじゃない」
男は正直に答えた。
「俺の人生には、今まで復讐しかなかった」
視線を落とす。
「それが終わった」
そして、もう一度主人公を見る。
「だから、次は何か別のものを見つけたい」
主人公はしばらく男を見ていた。
「俺の行くところは、危ないぞ」
「構わない」
「金もない」
「それも構わない」
「俺は、お前の復讐のために動くとは限らない」
「分かってる」
男は答えた。
「それでもいい」
主人公はすぐには返事をしなかった。
やがて、黒い容器を懐にしまう。
「……好きにしろ」
男は小さく頷いた。
それだけだった。
新しい契約を結んだわけでもない。
何か大きな約束をしたわけでもない。
ただ、復讐が終わった男には、これから歩く方向が必要だった。
そして主人公には、まだ追わなければならないものがある。
二人は屋敷を出た。
直人が先に歩く。
主人公がその後ろを歩く。
男も続いた。
誰も振り返らなかった。
屋敷の中には、十八年前から残っていた記録だけが残された。
復讐のために集められた箱。
殺された人間の名前。
死んだ人間の記録。
そして、もう一つ。
主人公が持っていった、開かない黒い容器。
その中に何が入っているのか。
今の主人公には、まだ分からなかった。




