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観客のいない世界  作者: 亀


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第64章 返却された権限

町を離れてから、二日が過ぎた。


男主と直人は、街道沿いの小さな宿に入った。


木箱は部屋の隅に置いてある。


男主はその前に座り、朝から何度も帳簿を読み返していた。


十八年前の取引。


商人の名前。


族長の父親。


山賊の頭領。


そして、祖先。


どの記録を見ても、祖先は最後のほうにしか登場しない。


まるで事件の中心にいたのに、意図的に記録から外されているようだった。


直人が湯飲みを置いた。


「また同じところを見てる」


「ここが気になる」


男主は一枚の紙を指した。


《契約終了》


その下に、


《第二接続の権限、旧契約者へ返却》


とある。


「返却って、誰に?」


「祖先でしょう」


「じゃあ、祖先はその権限を持っていた?」


「おそらく」


「何の権限かは?」


「分からない」


直人は椅子に座った。


「だったら、第二接続って何なのかを調べるしかないな」


男主は頷いた。


そのとき、木箱の底に違和感を覚えた。


帳簿を全部取り出す。


底板に、小さな隙間があった。


「これ……」


指を入れる。


底板が少し動いた。


直人が身を乗り出す。


「隠し底?」


男主がゆっくり外す。


中には、一枚の薄い金属板が入っていた。


表面には文字が刻まれている。


《旧契約者用》


その下に、祖先の名前。


男主は息を止めた。


「またか」


直人が言う。


「同じ金属板?」


「違う」


形は似ている。


しかし、刻まれている印は少し違っていた。


男主は自分が持っている金属板を取り出し、並べた。


二枚の板はぴったり重なった。


「……接続できる」


金属板の端に、小さな光が走った。


男主はすぐに手を離した。


「何か起きた?」


「分からない」


二人はしばらく待った。


何も起きない。


男主は慎重に板を裏返した。


そこには短い文字があった。


《契約終了後、権限を返却する》


さらに、その下に別の一文。


《返却先が存在しない場合、接続は閉鎖される》


直人が読んだ。


「返却先が存在しない場合?」


「祖先が消えた後、接続が閉じた理由かもしれません」


「じゃあ、今は?」


男主は自分の手元を見る。


「俺がいる」


直人が黙った。


「まさか……」


「まだ分かりません」


男主は金属板を離した。


「でも、これで一つ分かった」


「何?」


「この接続は、祖先が勝手に作ったものじゃない」


男主は記録を見る。


「誰かが祖先に権限を与えた」


「それが、あの契約?」


「そうだと思います」


「じゃあ契約相手は?」


男主は答えなかった。


そこだけが、まだ空白だった。


夜。


男主は一人で窓際に座っていた。


外では雨が降り始めている。


二枚の金属板を机に置く。


しばらく見ていると、板の表面に文字が浮かんだ。


《旧契約者を確認》


男主の手が止まった。


続いて、


《後継接続を確認》


という文字が現れる。


男主は立ち上がった。


「後継……?」


直人が起きる。


「どうした?」


「見てください」


文字はさらに変わった。


《権限移譲を開始します》


「待って」


男主が板を掴んだ。


しかし、止まらない。


一瞬だけ、部屋の空気が変わった。


耳鳴り。


視界の揺れ。


そして――


《接続先を検索しています》


男主は息を呑んだ。


だが、次の瞬間。


《接続先が存在しません》


文字が消えた。


部屋には雨音だけが残った。


直人が聞く。


「失敗した?」


男主は金属板を見た。


「……たぶん」


「たぶん?」


「でも、一度は接続先を探した」


男主は板を握る。


祖先が残したものは、ただの記録ではなかった。


そこには、実際に誰かへつながる仕組みが残されている。


ただ、その相手はもう存在しない。


男主は机の上に帳簿を広げた。


「祖先が消えた三日前」


「うん」


「契約終了」


「うん」


「その後、第二接続の権限が返却された」


直人が黙って聞いている。


「そして今、俺がそれを再起動した」


男主は顔を上げた。


「だったら、祖先が最後に何をしようとしていたのかを調べる必要があります」


直人が頷く。


「どこから?」


男主は古い帳簿を一枚めくった。


最後のページ。


そこには、今まで何度も見た印の横に、一つだけ地名が書かれていた。


《第七管理区》


男主はその名前を見つめた。


「ここへ行きます」


二人は翌朝、出発することにした。


今度は、十八年前の事件ではない。


祖先が最後に向かっていた場所を追う。

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