第59章 最後の夜
夜になる前に、三人は丘の麓まで戻った。
族長の屋敷には、まだ明かりが残っている。
復讐者は黙って屋敷を見上げていた。
十八年前。
同じ場所から、何人もの男が自分の家へ向かった。
その夜、家族は逃げる時間さえ与えられなかった。
父も。
母も。
兄も。
姉も。
誰も戻ってこなかった。
「入ります」
男主が言った。
復讐者が振り返る。
「今夜?」
「今夜です」
直人が周囲を確認する。
「見張りは昼より少ない」
男主は頷いた。
「正面から行きます」
「正面?」
「隠れて入るより、そのほうがいい」
復讐者は少し考えた。
「分かった」
三人は門へ向かった。
見張りが気づく。
「止まれ!」
男主は立ち止まった。
「族長に会いに来ました」
「何者だ?」
復讐者が前に出た。
「俺だ」
見張りの顔が変わった。
「……お前」
その瞬間、屋敷の中から男が出てきた。
昼間の老人だった。
現在の族長。
老人は復讐者を見ると、しばらく黙った。
「生きていたのか」
復讐者は答えない。
「十八年か」
「そうだ」
「何をしに来た?」
復讐者は老人を見た。
「父親に会いたい」
老人の表情が変わった。
「もう死んだ」
「知っている」
「なら、何のためだ」
「話を聞きたい」
老人はしばらく考えた。
そして門を開けた。
「入れ」
男主と直人も続こうとする。
老人が手を上げた。
「お前たちは駄目だ」
男主は復讐者を見る。
復讐者が頷いた。
「大丈夫だ」
男主は一歩下がった。
「何かあったら呼んでください」
「分かった」
復讐者は一人で屋敷へ入った。
応接間には、古い家具が並んでいた。
老人は椅子に座った。
「聞きたいことは何だ?」
復讐者は立ったままだった。
「十八年前、俺の家を襲った理由」
老人は目を伏せた。
「父親が決めたことだ」
「お前は知らないのか?」
「知らない」
「嘘だ」
老人は答えなかった。
復讐者は一枚の紙を机に置いた。
あの箱から出てきた記録の写しだった。
「これは何だ?」
老人の顔色が変わった。
「どこで手に入れた」
「答えろ」
老人は紙を見つめた。
やがて言った。
「父親は、ある取引をしていた」
「誰と?」
「商人だ」
「商人?」
「そして、山の連中ともつながっていた」
復讐者の手が震えた。
「じゃあ、あの日の襲撃は……」
「俺の父親が命じた」
老人は淡々と言った。
「山賊を使って、お前の家を消した」
復讐者は黙った。
「なぜ?」
「お前の家が持っていたものが欲しかった」
「何を?」
老人は答えなかった。
復讐者が机を叩いた。
「何を奪った!」
「俺は知らない」
「嘘だ!」
「本当に知らない」
老人は立ち上がった。
「ただ、一つだけ覚えている」
「何だ」
「あの夜、父親は誰かに連絡していた」
「誰に?」
「分からない」
老人は首を振った。
「ただ、電話を切ったあとに言った」
「何て?」
老人はしばらく黙った。
「『これで契約は終わる』」
復讐者の表情が止まった。
男主が屋敷の外で待っていた。
窓から二人の姿を見ている。
しばらくして、復讐者が出てきた。
男主は何も聞かなかった。
復讐者の顔を見れば、十分だった。
「分かりましたか?」
「全部じゃない」
復讐者は答えた。
「でも、誰を殺せばいいかは分かった」
男主は黙った。
「族長の父親」
「もう死んでいます」
「知っている」
男は丘の下を見る。
「だから、もう一人だ」
「誰ですか?」
「山賊の頭領」
男主は頷いた。
「まだ生きている?」
「生きている」
復讐者は言った。
「今は別の町にいる」
直人が近づいた。
「じゃあ、次はそいつか」
復讐者は首を横に振った。
「その前に、族長をどうするか決める」
男主は屋敷を振り返った。
「今の族長ですか?」
「ああ」
「あなたの家族を殺した直接の命令を出したのは、父親です」
「分かっている」
「なら――」
「でも、こいつは全部知っていた」
復讐者は屋敷を見た。
「俺が十八年間、何をしていたかも知っていた」
男主は答えなかった。
復讐者は刃物を抜いた。
だが、すぐには屋敷へ戻らなかった。
「殺すかどうかは、まだ決めていない」
「分かりました」
男主はそれ以上聞かなかった。
三人は丘を下りた。
復讐者の手には、古い記録が残っている。
そこには、十八年前の取引の最後の部分が書かれていた。
そして、その端には小さく祖先の名前があった。
《契約終了確認》
男主はその文字を見た。
復讐だけではない。
祖先も、この事件のどこかにいた。
男主は記録を閉じた。
「次は、山賊の頭領を探します」
復讐者は頷いた。
「それで終わらせる」
夜の町へ向かって、三人は歩き始めた。




