第58章 族長の家
族長の家は、町から少し離れた丘の上にあった。
昔ほどの勢いはないらしい。
それでも、周囲には高い塀があり、門の前には見張りが立っている。
男主は遠くから屋敷を眺めた。
「ここですか?」
「ああ」
復讐者は答えた。
「十八年前、俺の家を潰した家だ」
声は静かだった。
直人が聞く。
「今でも、あの家がこの辺を支配しているのか?」
「昔ほどじゃない」
男は首を振った。
「でも、まだ金も人もある」
男主は周囲を見た。
「正面から入る必要はありません」
「どうする?」
「まず、あの家に誰が出入りしているのか確認します」
三人は近くの廃屋に身を隠した。
日が暮れるまで待つ。
何人かの商人が屋敷に入った。
荷物を運ぶ男もいる。
武器を持った者もいた。
その中に、昼間逃げた男がいた。
直人が小声で言った。
「戻ってきた」
男主は頷いた。
「やっぱり報告に来たんでしょう」
復讐者は何も言わなかった。
ただ、その男を見つめていた。
夜になった。
屋敷の裏側にある小さな門が開いた。
一人の老人が出てくる。
復讐者が息を止めた。
「……あいつだ」
男主が見る。
「族長?」
「息子だ」
「息子?」
「あいつが今の族長だ」
男の声が少し震えた。
「俺の家を潰した族長は、もう死んでいる」
「そうだったんですか」
「ああ」
男は老人を見つめた。
「十八年前は、あいつの父親だった」
直人が言った。
「じゃあ、今の族長は直接関係ない?」
「分からない」
男は答えた。
「父親の側にいた」
男主は老人の動きを追った。
老人は一人の男と話している。
その男が、昼間逃げた男だった。
しばらくして、二人は屋敷の中へ戻っていく。
「箱の話をしているかもしれない」
「行きますか?」
男が聞く。
男主は首を横に振った。
「今はまだ」
「なぜ?」
「相手の人数が分からない」
男は黙った。
「焦らないでください」
「……分かった」
翌朝。
男主たちは町に戻った。
昨日捕まえた二人は、すでに逃げていた。
その代わり、宿の部屋には一枚の紙が置かれていた。
《箱を返せ》
それだけだった。
直人が紙を見た。
「随分と直接的だな」
男主は紙を裏返した。
何もない。
「返事はしない」
「だろうな」
男は椅子に座っていた。
「俺が持っているものを知っている」
「箱そのものは?」
「知らないと思います」
男主は言った。
「でも、金属板が重要だと気づいている」
「なら、俺を狙う」
「そうなるでしょう」
男はしばらく黙っていた。
「だったら、俺を使え」
男主が見る。
「何をするつもりですか?」
「俺を囮にする」
「危険です」
「分かっている」
男は笑った。
「でも、俺は十八年間、これを待っていた」
男主は答えなかった。
「ただし」
男は続けた。
「俺を殺すな」
「もちろん」
「最後まで、俺自身にやらせてくれ」
男主は男を見る。
「それは約束します」
男は頷いた。
その日の夕方。
復讐者は一人で町の外れへ向かった。
わざと人目につくように歩いた。
男主と直人は距離を取って後ろを追う。
しばらくすると、二人の男が現れた。
「久しぶりだな」
復讐者は立ち止まった。
「お前たちか」
「箱はどこだ?」
「知らない」
「嘘をつくな」
一人が男の胸ぐらを掴んだ。
復讐者の顔が青ざめる。
足が震えている。
男主はすぐには動かなかった。
復讐者は相手を見た。
十八年前の夜を思い出しているようだった。
だが、逃げなかった。
「族長に伝えろ」
声が震えている。
それでも言った。
「俺はまだ終わっていない」
男たちが笑った。
その瞬間、背後から直人が現れた。
「それ、本人に直接言えば?」
二人の男が振り返る。
男主も姿を見せた。
短い戦いが始まった。
一人が逃げる。
もう一人は地面に倒れた。
男主は追わなかった。
復讐者が倒れた男を見ている。
その手には、短い刃物が握られていた。
「どうする?」
男主は聞いた。
復讐者は答えなかった。
刃物を握ったまま、男を見る。
やがて、ゆっくりと手を下ろした。
「……こいつじゃない」
男主は何も言わなかった。
復讐者は刃物をしまった。
「俺が殺したいのは、こいつじゃない」
そして顔を上げた。
丘の上にある屋敷を見る。
「あの家の族長だ」
男主は頷いた。
「なら、そこまで行きましょう」
復讐者は歩き始めた。
十八年間追い続けた相手との距離が、ようやく近づいていた。




