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観客のいない世界  作者: 亀


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第57章 古い木箱

男主は箱の前で足を止めた。


木箱は他の荷物より小さい。


表面には長い年月による傷がいくつも残っていた。


そして中央に、あの印が刻まれている。


「これを開けたことは?」


男主が少年に聞いた。


少年は首を横に振った。


「父さんに、絶対に触るなって言われてた」


「父親は?」


「去年、死んだ」


「この箱について何か言っていた?」


少年は少し考えた。


「昔の仕事のものだって」


「それだけ?」


「うん」


男主は箱を調べた。


鍵は掛かっていない。


蓋を持ち上げる。


中には布で包まれたものが一つ入っていた。


男が近づいた。


「何だ?」


男主は布を開いた。


中から出てきたのは、薄い金属板だった。


見覚えのある形。


祖先が残した金属片とよく似ている。


ただし、刻まれている文字が違った。


《受領確認》


その下に数字が並んでいる。


男主は記録を取り出した。


「日付が一致する」


「いつ?」


「家が襲われた前日です」


男の顔が変わった。


「前日……」


男主は金属板を裏返した。


裏にはさらに小さな文字があった。


《契約者変更》


男が黙り込む。


「変更?」


直人が聞く。


「誰から誰へ?」


男主は文字を読み取った。


「ここには名前がない」


「じゃあ、何の契約?」


「分からない」


少年が言った。


「父さんは、これを見ていつも怒ってた」


男主が振り返る。


「どうして?」


「知らない」


少年は首を振った。


「でも、一度だけ聞いた」


「何を?」


「『あの人たちは、最初から俺たちを捨てるつもりだったのか』って」


男主は黙った。


「誰に言っていた?」


「一人で言ってた」


「……そうか」


少年は箱の中を覗いた。


「これ、何?」


「まだ分からない」


男主は金属板をしまった。


「でも、重要なものだと思う」


そのとき、倉庫の外から足音が聞こえた。


一人ではない。


直人が扉を見る。


「また来たな」


男が立ち上がった。


「誰だ?」


外から声がした。


「その箱を置いて、出てこい」


男の表情が変わった。


「……あいつの手下だ」


少年が怯える。


「俺を連れて行くつもりだ」


男主は周囲を見た。


正面の扉。


裏には小さな出口。


屋根にも古い換気口がある。


「人数は?」


直人が聞いた。


男主が外を確認する。


「三人」


「少ないな」


「だから危ない」


「どういうこと?」


「俺たちがここにいることを知っている」


男主は少年を見る。


「この子を逃がそう」


男が頷いた。


「分かった」


「あなたは?」


「俺も行く」


男は箱を見た。


「でも、それを置いていくわけにはいかない」


男主は少し考えた。


そして金属板を自分の懐に入れた。


「持っていきます」


「いいのか?」


「俺にも必要です」


男は頷いた。


三人と少年は裏口へ向かった。


しかし、扉を開ける前に外から声がした。


「裏にもいるぞ」


直人が舌打ちした。


「囲まれた」


男は刃物を抜いた。


手は震えていた。


それでも、今度は後ろへ下がらなかった。


「俺が時間を稼ぐ」


「一人で?」


「俺の問題だ」


男主は首を振った。


「違う」


「何が?」


「契約したでしょう」


男主は周囲を見た。


「あなたは復讐をする。俺はそのために動く」


そして、少年を見る。


「この子は関係ない」


直人が頷いた。


「それなら話は早い」


三人は同時に動いた。


男主が正面の扉へ向かう。


直人が反対側へ回る。


男は少年を連れて裏口へ走った。


扉が開いた。


外にいた男が驚く。


その隙に男主が飛び出した。


一人を地面に倒す。


直人も続いた。


短い乱闘だった。


三人のうち一人が逃げた。


残った二人は、男主たちに押さえ込まれた。


男が少年を連れて戻ってきた。


「大丈夫か?」


少年は頷いた。


男主は倒れている二人を見る。


「誰に頼まれた?」


一人が黙っている。


もう一人が答えた。


「知らない」


「本当に?」


「俺たちはただ、箱を取り返せと言われただけだ」


男が近づく。


「誰から?」


男は怯えたように黙り込んだ。


やがて小さく言った。


「族長の家だ」


男の手が止まった。


男主はそれを見ていた。


ようやく、十八年前の記録と現在の出来事が一本につながり始めていた。


ただの昔話ではない。


あの家は、今でもこの箱を探している。


そして、その箱の中には、祖先の調査につながる何かが残されている。


男主は金属板を握った。


「行きましょう」


男が聞く。


「どこへ?」


男主は答えた。


「族長の家です」


男はしばらく黙った。


それから、ゆっくり頷いた。


「分かった」


十八年前の事件を終わらせるために。


三人は町を出る準備を始めた。

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