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観客のいない世界  作者: 亀


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第56章 戻ってきた場所

次の町へ向かう道は、山を越える必要があった。


朝のうちは三人ともほとんど話さなかった。


男主は手紙と帳簿を何度も確認していた。


商人が町を出た日。


そして、三日後に戻ってきた日。


その間に何があったのか。


それだけを追っていた。


昼前、小さな峠に着いた。


直人が足を止める。


「少し休もう」


男は周囲を見回した。


「ここで?」


「腹も減った」


三人は道端の岩に腰を下ろした。


直人が買ってきた干し肉を分ける。


男は最初、受け取ろうとしなかった。


「食べてください」


男主が言った。


「まだ先は長い」


男は黙って受け取った。


「……お前たちは、いつもこんなことをしているのか?」


「こんなこと?」


「人を探して、古い記録を探して、知らない町まで行く」


直人が笑った。


「こいつはそういう奴だ」


「俺は?」


「俺は巻き込まれてる」


「勝手についてきただけだろ」


「まあ、それもそうだな」


男は二人を見て、少しだけ笑った。


それから干し肉を食べた。


午後になって、目的の町に入った。


以前は商業都市だったらしい。


しかし今では、昔の倉庫の多くが閉鎖されている。


男主は記録に書かれていた商人の名前を使い、古い取引所を探した。


建物の前で老人に尋ねる。


「十八年前、この商人を知っている人はいますか?」


老人は名前を聞いた途端、眉を寄せた。


「その名前なら知っている」


「どんな人でした?」


「商人だ」


「何を扱っていましたか?」


「普通の荷物だ」


老人はそこで言葉を止めた。


「……少なくとも、表向きはな」


男主が聞き返す。


「どういう意味ですか?」


老人は周囲を見た。


「ここでは、昔から色々な荷物が動いていた」


「違法なものも?」


「そういうことを聞くな」


老人は答えを濁した。


男が一歩前へ出た。


「十八年前、あいつはここに来たか?」


老人は男を見た。


しばらくして、頷いた。


「来た」


「何をしていた?」


「倉庫を借りた」


「どこの?」


老人は古い建物を指差した。


「三番倉庫だ」


三人はそこへ向かった。


扉には錆びた鍵が掛かっていた。


管理人を探すと、近くの家に住んでいた老人が出てきた。


事情を話すと、しばらく考えてから鍵を持ってきた。


「昔の記録なら、奥に残っているかもしれない」


扉が開く。


埃が舞った。


中には古い木箱が積まれている。


男主は記録を探した。


しばらくして、一冊の帳簿を見つけた。


「ありました」


十八年前の日付。


商人の名前。


倉庫番号。


そして、荷物の数。


男が覗き込む。


「何を運んだ?」


「書いてありません」


「またか」


直人が言った。


男主はページをめくった。


すると、一つだけ違う記録があった。


《受取人変更》


その下に、族長の名前がある。


男の表情が変わった。


「……あいつ」


さらに下には、もう一つの名前。


土匪の頭目だった。


「三人とも、ここにいる」


直人が呟いた。


男主は帳簿を見つめた。


「でも、まだ足りない」


「何が?」


「この荷物が、どこから来たのか」


帳簿の端に小さな記号がある。


あの印だった。


男主は指でなぞった。


「この印が、ここにもある」


男が言った。


「祖先のものか?」


「分かりません」


「でも、同じ印だ」


「はい」


そのとき、倉庫の奥から物音がした。


三人が振り返る。


木箱が一つ、ゆっくりと倒れた。


「誰かいる」


直人が身構える。


男主は手を上げた。


「待って」


奥へ進む。


積み重なった箱の陰に、一人の少年がいた。


十代半ばくらいだった。


逃げようとしたところを、男主が腕を掴む。


「待て」


「離せ!」


「何をしていた?」


少年は答えない。


男が近づく。


少年は男の顔を見ると、突然怯えた。


「……あんた」


男が止まる。


「俺を知っているのか?」


少年は答えなかった。


代わりに、倉庫の奥を指差した。


「そこに……まだある」


「何が?」


「昔の箱」


少年は震えながら言った。


「父さんが、触るなって言ってた」


男主は少年の指先を見る。


その先には、他の箱とは違う古い木箱があった。


蓋には、あの印が刻まれていた。


男主はゆっくり近づいた。


十八年前の三日間。


その中心にあった荷物が、初めて目の前に現れた。

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