第49章 古い住所
住所は、町の外れにあった。
古い商店街を抜け、細い道をしばらく歩く。
直人が手元の紙と周囲を見比べた。
「この辺だと思う」
男も立ち止まった。
資料に書かれていた住所と、現在の地名は少し違っている。
それでも、古い地図と照らし合わせると、場所はほぼ一致していた。
目の前には、小さな木造の家が建っていた。
屋根は何度か修理された跡がある。
庭には古い道具が置かれていた。
「ここ?」
「たぶん」
二人が門の前に立つ。
中から物音が聞こえた。
しばらくして、年配の男が出てきた。
「何か用か?」
男は資料を取り出した。
「少しお聞きしたいことがあります」
「俺に?」
「以前、ここに住んでいた方についてです」
男が名前を告げる。
年配の男の表情が変わった。
ほんの一瞬だった。
だが、男は見逃さなかった。
「……その名前をどこで知った?」
「古い資料に残っていました」
「誰の資料だ?」
男は答えず、紙だけを見せた。
年配の男は紙を見た。
そして、すぐに目を逸らした。
「知らないな」
「そうですか」
男は紙をしまった。
帰ろうとすると、年配の男が呼び止めた。
「待て」
二人が振り返る。
「その資料……どこから手に入れた?」
「家に残っていたものです」
「家?」
「祖先のものです」
年配の男は黙った。
しばらくして、門を開けた。
「入れ」
家の中は古かった。
家具も古い。
壁には何枚かの写真が飾られている。
年配の男は二人を奥の部屋へ案内した。
「その名前の人物と、俺の父親が付き合っていた」
「お父さんが?」
「ああ」
男は椅子に座った。
「どんな関係だったんですか?」
「仕事だ」
「どんな仕事?」
「物を運ぶ仕事だった」
それだけだった。
男は次の質問をした。
「祖先とは、何を運んでいたんですか?」
年配の男は少し考えた。
「普通の物だ」
「普通?」
「機械部品、工具、薬品……その辺だ」
男は資料を見る。
祖先の記録には、運搬について詳しい記述がない。
ただ、何度か同じ人物の名前が出ている。
「父親は、その後どうなりました?」
年配の男は答えなかった。
代わりに、壁に掛けられた古い写真を見る。
「ある日、仕事がなくなった」
「祖先がいなくなった頃ですか?」
年配の男は男を見る。
「……よく知ってるな」
「資料に書いてあります」
「そうか」
年配の男は立ち上がった。
奥の棚から古い箱を持ってくる。
蓋を開ける。
中には、数枚の領収書と古い手帳が入っていた。
「父親が残したものだ」
男が手帳を開く。
日付。
場所。
金額。
運搬した物。
ほとんどは普通の記録だった。
しかし、最後の数ページだけ違っていた。
商品名が書かれていない。
代わりに数字だけが並んでいる。
「これ……」
男が指を止める。
夢の中で見た数字と、一つだけ一致していた。
直人も覗き込む。
「昨日の数字?」
男は頷いた。
年配の男が二人を見る。
「何の数字だ?」
「分かりません」
「分からない?」
「祖先の資料にも同じ数字がありました」
年配の男は黙った。
そして手帳を取り上げた。
「これは見なかったことにしてくれ」
男は驚いた。
「なぜですか?」
「理由は知らない方がいい」
「父親も何か知らなかったんですか?」
「知らなかったと思う」
年配の男は手帳を閉じた。
「ただ、父親は最後の日に一つだけ言った」
「何と?」
「もう二度と、あの人たちの仕事をするな」
部屋が静かになった。
男はその言葉を聞いて、祖先の資料を思い出した。
――あの人には、もう関わらないほうがいい。
同じような言葉だった。
「その後、お父さんは?」
「仕事を変えた」
「それだけですか?」
「それだけだ」
年配の男は答えた。
「別の町へ行って、普通に働いた。家族を作って、普通に暮らした」
男は少し意外だった。
「何も調べなかった?」
「調べたところで、どうにもならないと思ったんだろう」
年配の男は手帳を箱に戻した。
「人間は、全部のことを知る必要はない」
その言葉に、男は何も返さなかった。
帰る前に、年配の男が言った。
「一つだけ教えてやる」
「はい」
「父親が最後に会ったのは、お前の祖先じゃない」
男が振り返った。
「じゃあ、誰ですか?」
年配の男は少し迷った。
「別の運搬人だ」
「名前は?」
「知らない」
「顔は?」
「覚えていない」
「どこへ行ったんですか?」
「それも知らない」
情報は少なかった。
それでも男は、手帳に書かれた数字を頭の中で繰り返していた。
家を出る。
外は夕方になっていた。
直人が歩きながら言った。
「結局、あまり分からなかったな」
「いや」
男は首を横に振った。
「一つ分かった」
「何?」
「祖先だけが、あの件に関わっていたわけじゃない」
直人は黙った。
男は続けた。
「普通の人間が何人も関わっていた」
「でも、みんな何も知らない」
「だから調べる意味がある」
二人は歩き続けた。
その頃。
さっきの家では、年配の男が一人で古い箱を開けていた。
手帳を取り出す。
最後のページを見る。
そこには、もう一つだけ書かれていた。
数字の下に、小さな文字。
《第二接続へ運搬》
年配の男は、それをしばらく見つめた。
そして手帳を閉じた。
「……まだ残っていたのか」
誰に言うでもなく、そう呟いた。




