第47章 終了の条件
金属板に浮かんだ文字は、しばらく消えなかった。
――契約状態:終了。
その下に表示された日時も、変わらない。
直人は画面を見たまま、低い声で言った。
「三日前、か」
「そうだな」
男は金属板を机の上に置いた。
祖先が消えたのは、その三日後だった。
今まで二つの出来事は、別々に考えていた。
祖先が突然いなくなったこと。
古い契約が終了したこと。
だが、今は違う。
少なくとも、関係がないとは言えなくなった。
直人が古い記録をもう一度めくった。
「終了した理由は書いてない」
「他には?」
「ここにはない」
男は黙っていた。
すると、金属板の端が一度だけ点滅した。
二人が同時に顔を上げる。
新しい文字が浮かんだ。
《旧契約者記録:追加情報》
男が触れる。
画面が切り替わった。
そこに一つだけ名前が表示された。
祖先の名前だった。
その下には、これまで見たことのない項目があった。
《契約終了後の処理》
直人が息を止めた。
「……何だ、これ」
男は答えなかった。
指を伸ばす。
しかし、その瞬間、画面が暗くなった。
続いて金属板から短い警告音が鳴る。
《アクセス権限不足》
「またかよ」
直人が苛立った。
男は金属板を裏返した。
そこに、昨日までなかった細い線が一本走っていた。
「壊れたんじゃない」
「じゃあ?」
「誰かが接続を切った」
その言葉が終わる前に、外から足音が聞こえた。
二人は黙った。
一歩。
二歩。
三歩。
足音は建物の前で止まった。
直人が窓の外を見る。
誰もいない。
「……誰もいないぞ」
男は返事をしなかった。
金属板を布で包み、懐に入れる。
「今日はここまでだ」
「でも、まだ祖先の記録が――」
「だからこそだ」
男は立ち上がった。
「これ以上ここで調べると、誰かに見つかる」
直人も立った。
外へ出る。
通りには人がいた。
店の前で話す老人。
荷物を運ぶ男。
道端を走る子供。
いつもと変わらない町だった。
だが、男には少し違って見えた。
自分たちが何かを調べていることを、誰かが知っている。
そんな確信だけが残っていた。
二人が通りを曲がったところで、遠くの建物の屋上に人影が現れた。
その人物は二人を見ていた。
手には、小さな通信端末がある。
「接続された」
短い報告。
端末の向こうから声が返ってくる。
『誰が?』
「旧契約者の子孫です」
少し間があった。
『確認したか?』
「はい」
『なら、まだ触るな』
「理由は?」
『こちらにも分からない』
その返答に、報告者は黙った。
しばらくして、通信の向こうから続きが入った。
『ただし、あの記録が再び動いたということは――』
そこで通信が切れた。
屋上に一人残される。
男は端末をしまった。
町の向こうでは、二人の姿がもう見えなくなっていた。
その頃。
別の場所では、女が一枚の報告書を読んでいた。
画面には、最近になって急激に増えた異常値が並んでいる。
旧記録へのアクセス。
過去契約者情報への接触。
通常なら無関係な三つの地点で発生した同種の反応。
女は一つずつ確認した。
そして最後に、男の名前を見た。
「……また動いた」
隣にいた担当者が尋ねる。
「停止しますか?」
女はすぐには答えなかった。
「まだいい」
「理由は?」
「今止めると、何が起きているのか分からなくなる」
担当者は頷いた。
「監視だけ続けます」
「そうして」
画面を閉じる。
女は別の資料を開いた。
そこには現在の視聴状況が表示されていた。
男の行動を追っている観客は、以前より増えている。
だが、女が気にしていたのは人数ではなかった。
最近、男が動くたびに別の場所でも反応が起きている。
一人の出演者を中心にして、複数の古い記録が動き始めている。
偶然なのか。
それとも、誰かが男を利用しようとしているのか。
まだ判断できない。
女は担当者に言った。
「次の報告から、彼個人の行動だけじゃなくて、周辺の異常反応も一緒に出して」
「周辺というのは?」
「彼に関係する可能性があるもの、全部」
「かなり増えます」
「構わない」
女は画面を閉じた。
「今は、数字より先に動きを見たい」
その夜。
男は宿に戻った。
部屋の明かりをつける。
誰もいない。
窓を閉める。
鍵を確認する。
それから、懐から金属板を取り出した。
机の上に置く。
何度触っても反応しなかった。
だが、しばらく待つと、一文字だけ浮かんだ。
《第二接続》
男は画面を見つめた。
その下に、さらに文字が出る。
《旧契約者の記録を継続しますか?》
男はしばらく考えた。
そして、指を伸ばした。
「続ける」
金属板が光った。
今度は、すぐには消えなかった。
《確認しました》
その瞬間。
部屋の中に、聞き覚えのない声が響いた。
『契約者本人ではありませんね』
男の手が止まる。
『あなたは誰ですか』
男は答えなかった。
声の主も、急かさなかった。
数秒後。
『……なるほど』
『では、質問を変えます』
画面が暗くなる。
そして一行だけ表示された。
《あなたは、何を知りたいのですか?》
男はその文字を見た。
祖先のこと。
消えた理由。
契約が終了した理由。
あの時代で何が起きたのか。
全部聞きたい。
だが、最初に口から出た言葉は別だった。
「俺の祖先は――」
男は一度だけ息を吸った。
「何を見つけた?」
画面の向こうで、沈黙が続いた。
長い沈黙だった。
やがて声が返ってくる。
『その質問をする人が、まだ残っていたんですね』
男は眉をひそめた。
『なら、記録を開きます』
金属板の表面に、無数の文字が流れ始めた。
そしてその一番上に、古い日付が表示された。
祖先が消える三日前。
そこから、記録の再生が始まった。




