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観客のいない世界  作者: 亀


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第46章 名前の先

翌朝、男は昨日の紙を机の上に広げた。


祖先の名前。


もう一つの名前。


そして、古い資料番号。


それだけだった。


直人は向かい側でパンを食べながら、紙を眺めていた。


「この人から調べる?」


「うん」


男は、紙に書かれた名前を指した。


「祖先が最後に連絡を取っていたなら、何か残っているかもしれない」


名前を検索しても、すぐには何も出てこなかった。


同じ名前の人間が何人もいた。


住所も年代も一致しない。


二人は昨日の資料館へ戻った。


職員に名前を伝えると、しばらく古い記録を調べてくれた。


「この名前なら、一件だけあります」


出てきたのは、古い商業記録だった。


人物は小さな運送会社を経営していた。


その会社は現在は存在しない。


「ここに行っても意味ないかな」


直人が言った。


「分からない」


男は住所を書き写した。


古い住所だった。


現在の地図では、住宅地になっている。


二人は午後にそこへ向かった。


目的の場所には、古い家が一軒だけ残っていた。


呼び鈴を押すと、年配の女性が出てきた。


男は資料を見せ、昔この家に住んでいた人物について尋ねた。


女性は少し考えた。


「その人なら、私の父が知っていました」


「今も何か記録はありますか?」


「父が亡くなる前に、いくつか古い箱を整理しました」


女性は奥へ戻った。


しばらくして、小さな木箱を持ってきた。


蓋を開けると、古い写真と帳簿が入っていた。


男は一枚ずつ確認した。


その中に祖先の姿はなかった。


だが、最後のページに手書きの文章があった。


――あの人には、もう関わらないほうがいい。


男の手が止まった。


「これ……」


直人が覗き込む。


文章の下には、祖先の名前があった。


しかし、それだけではなかった。


その横に別の印がついている。


昨日見た金属板の印と同じだった。


男は女性に聞いた。


「この印、何かご存じですか?」


女性は首を横に振った。


「父は何も言っていませんでした」


「この人は、その後どうなったんですか?」


「引っ越しました」


「どこへ?」


女性は少し困った顔をした。


「分かりません」


それ以上は聞けなかった。


家を出ると、直人が言った。


「祖先を知っている人が、何人もいる」


「でも、みんな途中で消えてる」


男は答えた。


二人は駅へ向かった。


途中で、男の携帯電話が震えた。


知らない番号だった。


出ると、何も聞こえなかった。


数秒後、通話が切れた。


男は画面を見た。


番号は通常の電話番号ではなかった。


短い数字だけが残っている。


「誰?」


「分からない」


男はその番号を保存した。


その夜。


二人が宿に戻ると、金属板が机の上で微かに光っていた。


男はすぐには触らなかった。


しばらくすると、光が消えた。


代わりに、金属板の表面に一つの文字が浮かんだ。


「確認済み」


男は眉を寄せた。


「誰が確認したんだ?」


返事はない。


しばらくして、もう一行が表示された。


「旧契約者の記録を検索しています」


男は画面から目を離さなかった。


契約者。


その言葉を見た瞬間、祖先についての疑問が一つ増えた。


祖先は、誰かと単なる取引をしていたのではない。


少なくとも、何らかの契約が存在していた。


そして、その契約は今でも記録として残っている。


男は通信装置を起動した。


今度は、画面に一つだけ選択肢が表示された。


「旧契約者記録を閲覧しますか」


男は指を止めた。


直人が横から見ている。


「見る?」


男は少し考えた。


「見る」


画面が暗くなった。


次の瞬間、古い記録が一つだけ表示された。


契約者名。


祖先の名前。


契約状態。


終了。


終了日時。


祖先が消えた日より、三日前だった。

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