第四十四章 誰を映すのか
三十日の試行。
六日目。
女性は。
朝一番に届いた分析報告を開いた。
前日のデータが。
通常とは違う形で並んでいる。
青年。
直人。
商店の店主。
食堂の客。
駅員。
町を歩く人々。
それぞれの視聴時間が記録されていた。
「……個人別になったの?」
分析担当が答える。
「自動分類です」
「誰が一番見られている?」
「青年です」
「当然ね」
「ただし」
画面が切り替わる。
「青年を直接映していない時間でも、視聴者が残っています」
「どれくらい?」
「平均で二十七分」
女性は。
数字を見た。
「青年が画面にいないのに?」
「はい」
「何を見ている?」
「町です」
*
同じ頃。
青年と直人は。
昨日の町を歩いていた。
「昨日の店、また行きます?」
直人が聞く。
「どうしよう」
「求人の店?」
「うん」
二人は。
少し迷った。
そして。
結局、別の道へ進んだ。
「行かないんですか?」
「今日はいい」
「理由は?」
「昨日行ったから」
「それだけ?」
「それだけ」
二人は。
商店街を抜ける。
その先に。
小さな公園があった。
ベンチには。
一人の老人が座っていた。
青年は。
少し離れたところに座った。
直人も隣に座る。
しばらく。
誰も話さなかった。
*
未来。
画面には。
青年たちと老人が映っている。
会話はない。
ただ。
同じ場所にいる。
「視聴者数、維持しています」
担当者が言う。
「維持?」
「はい」
「離脱しない?」
「ほとんど」
女性は。
映像を見た。
老人が。
ゆっくり立ち上がる。
青年は。
何も言わない。
老人は。
公園の端にある水道へ向かう。
水を飲む。
そして。
またベンチへ戻る。
それだけ。
「これを」
女性が聞く。
「何分見てる?」
「平均で十一分」
「十一分……」
彼女は。
画面を見つめた。
事件はない。
情報もない。
予測する必要もない。
それでも。
観客は残っている。
*
昼。
老人が青年に話しかけた。
「旅行か?」
「はい」
「長いのか?」
「分かりません」
「帰る場所はあるのか?」
「あります」
「じゃあ、帰ればいい」
青年は。
少し笑った。
「そうですね」
「帰らないのか?」
「まだ決めてないです」
老人は。
それ以上聞かなかった。
しばらくして。
老人が言った。
「この町は、何もないぞ」
「そうなんですか?」
「何もない」
「だから静かなんですね」
老人は。
少し笑った。
「そうかもしれんな」
二人の会話は。
そこで終わった。
*
未来。
コメントが流れる。
――何もない町。
――でも、こういう場所好きだ。
――あの老人、ずっとここにいるのかな。
――明日もいるか見たい。
――青年がいなくても、この町を見ていたい。
女性は。
最後のコメントを見た。
昨日までとは。
明らかに違う。
「青年が目的じゃなくなってきている」
分析担当が言う。
「完全にではありません」
「もちろん」
女性は頷いた。
「でも、中心ではなくなりつつある」
「はい」
*
午後。
女性は。
別の管理者から呼び出された。
小さな会議室。
相手は。
以前、青年のプロジェクトについて資源問題を指摘した人物だった。
「最近のデータを見ました」
「どうでした?」
「少し困っています」
「なぜ?」
「対象範囲が広がりすぎています」
女性は。
黙って聞いた。
「これまでなら、主要人物を管理すればよかった」
「今は?」
「誰が重要人物なのか分からない」
男性は。
画面を表示した。
青年。
直人。
老人。
店主。
駅員。
町の人々。
「この全員を観測対象として扱うなら」
一拍。
「必要な資源が増えすぎます」
「分かっています」
「さらに問題があります」
「何?」
「契約範囲です」
女性は。
少し眉を動かした。
「……契約?」
「現在のプロジェクト契約では、主要観測対象の周辺人物まで長期間追跡することを想定していません」
「つまり」
「今映っている人間の多くは、正式な出演者ではありません」
女性は。
画面を見る。
老人。
店主。
駅員。
通りを歩く人。
彼らは。
青年の物語に登場しただけだった。
だが。
今は。
彼ら自身を見たいという観客がいる。
「どうする?」
男性が聞いた。
女性は。
すぐには答えなかった。
「まず」
彼女は言った。
「何人いるか調べる」
「それから?」
「どの人間が継続的に観測されているか」
「はい」
「そして」
女性は。
少し考えてから続けた。
「観客が誰を見たいと思っているのかを確認する」
「人気投票?」
「違う」
「では?」
「視聴行動を見る」
女性は。
端末を閉じた。
「観客が選んでいるなら」
一拍。
「私たちが先に主役を決める必要はない」
*
夜。
青年は。
宿の部屋で荷物をまとめていた。
「明日、出ます?」
直人が聞いた。
「たぶん」
「どこへ?」
「まだ決めてない」
「じゃあ、なぜ荷物を?」
「出るかもしれないから」
直人は笑った。
「相変わらずですね」
青年も笑った。
荷物をまとめる。
しかし。
翌朝。
本当に出るかどうかは。
まだ決まっていない。
*
未来。
女性は。
その映像を見ていた。
画面の隅には。
今日の視聴者分布が表示されている。
青年。
直人。
老人。
店主。
町。
それぞれに。
小さな視線が集まっている。
彼女は。
その画面を閉じなかった。
これまでの番組では。
運営側が「誰を見せるか」を決めていた。
しかし。
このプロジェクトでは。
観客が。
少しずつ「誰を見るか」を決め始めている。
それは。
運営にとって。
便利な変化ではない。
管理が難しくなる。
資源計算も難しくなる。
契約も複雑になる。
評価も難しくなる。
それでも。
女性は。
その数字から目を離せなかった。
なぜなら。
そこには。
これまでの娯楽では測れなかったものが。
少しずつ現れていたからだ。
人間が、誰かに見せられるのではなく、自分の目で見る相手を選び始めている。




