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観客のいない世界  作者: 亀


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第四十二章 評価の仕方

 翌週。


 女性の端末に、一通の正式通知が届いた。


 ――プロジェクト評価方法の再検討を開始する。


 理由は簡潔だった。


 既存の指標だけでは、現在の視聴者移動と資源使用量の変化を説明できない。


 女性は通知を読み終えると、すぐに会議室へ向かった。


 今回は。


 前回より人数が多かった。


 複数のプロジェクト管理者。


 資源配分担当。


 視聴データ分析担当。


 そして。


 全体運営を監督する責任者。


「今日は結論を出す会議ではありません」


 責任者が言った。


「まず、何が変わったのかを確認します」


 画面に数字が表示される。


 青年のプロジェクト。


 視聴時間。


 新規流入。


 継続率。


 すべて上昇。


 同時に。


 予測演算量。


 監視帯域。


 運用コスト。


 こちらも上昇している。


「従来の評価式では」


 分析担当が説明する。


「収益は増えていますが、資源効率は平均値付近です」


「つまり?」


「単独では、突出した優良案件とは言い切れません」


 女性は黙って聞いていた。


「ただし」


 画面が切り替わる。


 プロジェクト間の視聴者移動。


「この数値を加えると、結果が変わります」


 青年のプロジェクトを中心に。


 複数の作品がつながっている。


「このプロジェクトを視聴した後、別の作品へ移動する人間が増えています」


「どの程度?」


「平均で十二パーセント」


 会議室が少し静かになる。


「その後、再び戻ってくる割合は?」


「二十九パーセント」


 女性が顔を上げた。


「戻ってくる?」


「はい」


「つまり、一度離れて終わるわけではない」


「そうです」


 分析担当が続ける。


「視聴者の回遊経路が変化しています」


 責任者が腕を組む。


「それは、このプロジェクト単体の成果と言えるのか?」


「現時点では断定できません」


「だろうね」


 誰も。


 簡単には結論を出さなかった。


     *


 女性は発言した。


「一つ確認したいことがあります」


「どうぞ」


「現在の評価モデルでは、視聴者が別の作品へ移動すると、それを流出として扱っています」


「基本的には」


「でも、その移動先が同じ運営組織の作品なら?」


 分析担当が答える。


「プロジェクト単位では損失です」


「組織全体では?」


 少し間があった。


「……必ずしも損失ではありません」


「そこです」


 女性は画面を見る。


「今まで私たちは、作品ごとの競争を測っていた」


 一人の管理者が口を挟む。


「競争していないわけではないでしょう」


「そうです」


 女性は否定しなかった。


「でも、競争だけでは説明できない現象が出ています」


 彼女は。


 青年の映像を表示した。


 市場。


 図書館。


 食堂。


 鍋。


 どれも。


 大きな事件ではない。


「この人間は、他の作品の主人公のように、観客を引き留めるための行動をしていません」


「本人は観客を認識していない」


「そうです」


「だから予測できない」


「はい」


 女性は続けた。


「その予測不能性を見るために、観客がここへ来る」


「結果として、他の作品を見る人も増える」


「そうです」


 彼女は。


 一枚の資料を表示した。


 そこには。


 新しい指標が並んでいた。


 ――単独収益。


 ――全体回遊率。


 ――再訪率。


 ――他作品への波及。


 ――視聴者滞在時間。


「私は」


 女性が言う。


「単独作品の評価から、ネットワーク全体の価値評価へ移す必要があると思います」


 反対側から声が出た。


「それをやれば、強い作品がさらに資源を集めることになります」


「その可能性はあります」


「小規模プロジェクトが不利になる」


「それもあります」


「では、なぜ?」


 女性は。


 少し考えた。


「現状でも資源は移動しています」


「……」


「違うのは、私たちがその移動を測れていないことです」


 会議室が静かになる。


「測れないから存在しないことにするのではなく」


 女性は画面を切り替えた。


「まず、何が起きているのかを測るべきです」


     *


 同じ頃。


 青年は。


 町の外れを歩いていた。


 直人が聞く。


「今日はどこへ?」


「知らない」


「またですか」


「うん」


「じゃあ、僕が決めても?」


「いいよ」


 直人は。


 少し考えた。


「じゃあ、あっち」


 指差した先には。


 小さな駅があった。


 二人は。


 駅へ向かった。


 列車が来る。


「乗ります?」


 青年が聞く。


「どこへ行くか分かりませんよ」


「だから乗ってみる」


 直人は笑った。


「それ、いつものやつですね」


 二人は。


 列車に乗った。


     *


 未来。


 視聴者の反応が変わった。


 ――どこへ行く?


 ――次の町?


 ――降りる駅を予測しよう。


 ――俺は三つ目。


 ――私は終点。


 予測が。


 また始まる。


 女性は。


 そのデータを確認した。


「参加率が上がっています」


 担当者が言う。


「どれくらい?」


「四十二パーセント」


「昨日より?」


「六パーセント増です」


 女性は。


 しばらく画面を見ていた。


 そこで。


 一つのことに気づく。


 観客は。


 青年の未来を知りたいわけではない。


 未来を知らない状態で。


 自分たちも一緒に待っている。


 列車が止まる。


 青年が窓の外を見る。


 まだ降りない。


 次の駅。


 また降りない。


 観客の予測が。


 次々と外れていく。


 それでも。


 視聴者は増えていく。


     *


 会議は。


 夕方まで続いた。


 最終的な結論は出なかった。


 ただ。


 一つだけ決まった。


 青年のプロジェクトを。


 従来の評価方式だけで判断しない。


 三十日間。


 新しい指標を試験的に導入する。


 追加予算は。


 まだ認められない。


 しかし。


 即時の縮小も行わない。


 女性は。


 会議室を出た。


 端末を見る。


 青年はまだ列車の中にいる。


 どこへ向かっているのか。


 本人にも分からない。


 女性は。


 その映像を見ながら。


 小さく笑った。


「三十日か……」


 それだけ言った。


 まだ。


 プロジェクトの未来は決まっていない。


 だが。


 少なくとも。


 運営側は初めて。


 「何が起きたか」ではなく、「なぜ観客が残ったのか」


 を。


 正式な評価対象として扱い始めた。

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