↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観客のいない世界  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/440

第四十一章 減っていくもの

 会議は。


 予定より早く始まった。


 女性が会議室に入ると、すでに三人が座っていた。


 一人は娯楽系プロジェクト。


 一人は歴史再現系。


 そしてもう一人は。


 複数の小規模プロジェクトを統括している管理者だった。


 誰も。


 感情的な表情をしていない。


 この組織では。


 数字の変化を確認することと、誰かを責めることは別だった。


「先に言います」


 娯楽系の管理者が口を開いた。


「こちらの視聴時間が、三週間連続で減少しています」


 女性は頷いた。


「原因として、こちらのプロジェクトへの視聴者移動を疑っています」


「疑いではありません」


 画面に数字が表示される。


「移動履歴が一致しています」


 女性は数字を確認した。


「どの層が?」


「長時間視聴者です」


「短時間の流入ではない?」


「違います」


 管理者は続ける。


「以前なら、こちらのプロジェクトを見ていた人間が、一日に二時間ほど別の作品を見るようになっています」


「それが私のプロジェクト?」


「大部分がそうです」


 女性は。


 画面を見つめた。


「視聴者は共有資源ではありません」


「分かっています」


 相手は即答した。


「だからこそ問題なんです」


     *


 別の管理者が口を開いた。


「あなたのプロジェクトが悪いと言っているわけではありません」


「分かっています」


「現在の評価値は高い」


「はい」


「ただし、資源配分が変われば話が違ってくる」


 画面が切り替わる。


 演算資源。


 監視帯域。


 歴史資料。


 予測演算。


 補助システム。


 そして。


 運用スタッフ。


「視聴者が増えれば、必要な資源も増える」


 女性は頷いた。


「当然です」


「ところが」


 相手が指を動かす。


「あなたのプロジェクトは、従来型よりも予測演算の使用量が多い」


「予測演算?」


「対象の行動が予測しにくくなっているからです」


 女性は。


 少し黙った。


 確かにそうだった。


 青年の行動は。


 予測モデルから外れる。


 外れるたびに。


 モデルは更新される。


 更新するために。


 計算資源が必要になる。


 そして。


 予測が外れるほど。


 観客が増えている。


「妙な構造ですね」


 女性が言った。


「はい」


 管理者も頷く。


「普通は逆です」


「予測精度が上がれば、運用コストは下がる」


「その通りです」


「でも今回は」


 女性は画面を見る。


「予測精度が下がるほど、商業価値が上がっている」


 誰も。


 すぐには答えなかった。


     *


 会議の後。


 女性は一人で廊下を歩いた。


 端末には。


 今日の資源使用量が表示されている。


 確かに増えている。


 だが。


 収益も増えている。


 単純に。


「コストが高いから問題」


 とは言えない。


 しかし。


「利益が出ているから問題ない」


 とも言えない。


 組織全体には。


 限られた資源がある。


 あるプロジェクトに多く投入すれば。


 別のプロジェクトに回せる量が減る。


 これは。


 数字の問題だった。


 女性は。


 エレベーターの前で止まった。


 そこへ。


 一人の男性が来た。


 先ほどの会議にいた管理者だった。


「少し話せますか」


「はい」


 二人は。


 近くの休憩スペースへ入った。


「私は、あなたのプロジェクトを止めたいわけではありません」


「分かっています」


「ただ」


 男性は。


 少し間を置いた。


「今のまま成長すると、三か月以内に予算の再配分が必要になります」


「どれくらい?」


「現在の二倍程度」


 女性は黙った。


「二倍」


「はい」


「それだけの資源を投入する価値があると?」


「私は判断していません」


「では?」


「判断材料が不足しています」


 男性は。


 端末を閉じた。


「だから、評価方法を変える必要がある」


 女性は。


 相手を見た。


「従来の評価では足りない?」


「少なくとも、このプロジェクトについては」


     *


 その夜。


 女性は自分の部屋で資料を整理していた。


 視聴率。


 視聴時間。


 継続率。


 新規流入。


 収益。


 資源使用量。


 これらを並べる。


 数字だけなら。


 プロジェクトは成功している。


 しかし。


 資源効率だけを見ると。


 それほど突出していない。


 むしろ。


 一部の項目では悪化している。


 女性は。


 さらに別のデータを開いた。


 視聴者の行動履歴。


 コメント。


 予測ゲームへの参加。


 他プロジェクトからの移動。


 そして。


 視聴後に別の歴史作品へ移動した人間の割合。


 そこで。


 彼女は一つの変化を見つけた。


 青年のプロジェクトを見た後。


 他のプロジェクトを見る時間も。


 わずかに増えていた。


「……流出だけじゃない」


 女性は呟いた。


 視聴者が。


 他の作品を捨てているわけではない。


 観る順番が変わっている。


 娯楽系を見る。


 青年を見る。


 歴史再現を見る。


 また青年を見る。


 そういう循環が生まれていた。


「中心になってる?」


 女性は。


 その可能性を考えた。


 もしそうなら。


 このプロジェクト単体の利益だけを見てはいけない。


 プロジェクト同士の関係そのものが。


 変化している。


     *


 翌日。


 青年は。


 鍋を使っていた。


 結局。


 簡単な料理を作った。


「昨日買った鍋ですね」


 直人が言う。


「そう」


「一日遅れましたね」


「そういうこともある」


 二人は。


 料理を食べた。


 特別な味ではない。


 失敗でもない。


 ただ。


 普通の食事だった。


 未来の観客は。


 その様子を見ていた。


 コメント欄には。


 昨日とは違う言葉が並んでいた。


 ――本当に使った。


 ――昨日は使わないと思った。


 ――次は何を買うんだろう。


 ――また予測してみよう。


 そして。


 その一部は。


 別のプロジェクトの視聴者だった。


 女性は。


 そのデータを見ながら。


 小さく息を吐いた。


 プロジェクトが。


 ただ大きくなっているわけではない。


 周囲との関係まで。


 変わり始めている。


 それは。


 成功という言葉だけでは説明できない。


 女性は。


 新しい資料を開いた。


 タイトルを入力する。


 「プロジェクト間相互作用に関する暫定分析」


 そして。


 最初の一行を書いた。


 ――このプロジェクトの価値は、単独の視聴指標だけでは測定できない可能性がある。


 女性は。


 そこで手を止めた。


 まだ。


 結論ではない。


 だが。


 彼女のプロジェクトは。


 もう一つの作品ではなくなりつつあった。


 それは。


 未来の娯楽市場そのものに。


 少しずつ影響を与え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。