第四章 もう一人の支援者
翌朝。
街は、何事もなかったかのように動き始めていた。
道路には通勤する人間がいる。
コンビニには客が並んでいる。
駅では電車の到着を知らせる音が流れている。
昨夜、巨大な機械が街を襲ったことなど、最初から存在しなかったかのようだった。
青年は駅前のベンチに座っていた。
右腕には包帯が巻かれている。
病院では軽い打撲と診断された。
警察にも事情を聞かれた。
しかし、説明できることはほとんどなかった。
巨大な機械。
突然の停電。
そして、見たことのない武器。
そんな話をしたところで、誰が信じるだろう。
「夢だったのかもしれないな……」
青年はそう呟いた。
だが、ポケットの中には、昨夜の箱がある。
重さもある。
触れば確かに存在している。
夢ではない。
スマートフォンを取り出した。
電源は戻っていた。
ニュースを開く。
昨夜の事件についての記事を探す。
しかし、何もない。
停電についての短い記事すら見つからない。
「……おかしい」
青年は画面を何度も更新した。
何も出てこない。
昨夜、街の一部が完全に停電した。
爆発音も聞こえた。
大きな建物の壁まで壊れている。
それなのに、ニュースには何もない。
まるで。
誰かが最初から消したように。
その時。
ポケットの中で箱が震えた。
青年は周囲を確認してから、箱を取り出した。
表面に数字が浮かぶ。
観測者数――18
「増えてる……」
昨夜は十三だった。
今は十八。
誰かが自分を見ている。
しかも、増えている。
青年は小さく息を吐いた。
「本当に番組みたいだな」
その言葉を口にした瞬間。
箱の表示が変わった。
支援値――0.8
「……何だ、この数字」
さらに文字が表示される。
戦闘補正――発動可能
「戦闘補正?」
青年が触れる。
画面に簡単な説明が出た。
――一定以上の支援を受けた対象は、一時的な能力補正を取得できます。
「……能力補正」
青年は笑った。
昨日まで、こんなものは存在しなかった。
普通の人間だった。
それが一晩で。
未来の人間から支援されるだけで、身体能力が変わった。
青年は拳を握った。
確かに力がある。
昨日より身体が軽い。
だが。
それは同時に一つの疑問を生んだ。
「俺以外にも、いるのか?」
その瞬間。
箱が警告音を鳴らした。
――警告。
――高支援対象を検出。
青年の表情が変わった。
「高支援?」
画面に一人の人物が表示された。
名前はない。
ただ、数字だけが表示されている。
支援値――42.7
青年の数字とは比べものにならない。
「……四十二?」
画面の下に短い文字が浮かぶ。
敵対可能性――高
青年は立ち上がった。
「待て」
周囲を見る。
駅前には大勢の人間がいる。
しかし、誰が敵なのか分からない。
その時。
向かい側の道路に、一人の男が現れた。
年齢は三十歳前後。
黒いジャケット。
片手にはコンビニの袋。
普通の男にしか見えない。
男もこちらを見た。
目が合った。
その瞬間。
箱が震えた。
――対象を検出。
青年の心臓が跳ねた。
「……あいつか」
男は笑った。
そして、コンビニの袋を道路脇に置いた。
「見つけた」
青年は一歩後ろへ下がった。
「お前は何者だ?」
「それを聞くのは、こっちも同じだ」
男は肩を回した。
骨が鳴る。
「昨日の夜、ずいぶん派手にやったな」
「……見てたのか?」
「見てたよ」
男は笑った。
「俺たち、似たようなものだからな」
青年は箱を握った。
「未来の人間と繋がっている?」
「その言い方は嫌いだな」
「じゃあ何だ?」
男は少し考えた。
「客がいる」
「客?」
「俺を見てる奴らだ」
青年は黙った。
男の目が変わった。
「お前にもいるんだろ?」
「……何人だ?」
「さあな」
男は笑った。
「でも、お前より多い」
その瞬間。
男の身体から圧力のようなものが広がった。
空気が震える。
青年は反射的に後退した。
「……これが支援か」
「そういうこと」
男が拳を握る。
周囲のガラスが一斉に震えた。
青年は息を呑んだ。
自分とは桁が違う。
「逃げた方がいいぞ」
「なぜ教える?」
「俺の客が、もっと面白いものを見たいと言ってる」
男は笑った。
「お前が逃げるところも見たいらしい」
青年は黙った。
怒りが湧いてきた。
自分が戦っている。
死ぬかもしれない。
なのに。
誰かにとっては、それが娯楽なのだ。
昨日、聞いた声を思い出す。
――あなたが、面白いからです。
青年は拳を握った。
「……だったら」
顔を上げる。
「見せてやるよ」
「何を?」
「俺が、どうするかを」
男の笑顔が消えた。
次の瞬間。
男が消えた。
いや。
消えたように見えただけだった。
高速で接近している。
青年は咄嗟に身体を横へ投げた。
拳が頬をかすめる。
風圧だけで髪が揺れた。
「速い……!」
青年は転がりながら立ち上がった。
男が再び迫ってくる。
今度は避けられない。
青年は箱を掲げた。
――支援補正。
発動。
身体が一瞬だけ軽くなった。
拳を受け止める。
衝撃で地面が割れた。
青年は歯を食いしばった。
腕が痺れる。
それでも倒れない。
男が驚いた。
「へえ……」
青年は息を整えた。
「俺の客も……見てるからな」
男が笑った。
「そうか」
そして。
「じゃあ、もっと増やしてやるよ」
男の背後で、巨大な光が発生した。
未来から送られた支援だった。
青年の箱が警告音を鳴らす。
敵対象――支援値上昇
42.7 → 51.3
青年は初めて理解した。
この世界では。
戦う相手だけが敵ではない。
自分を見ている者。
相手を見ている者。
そのすべてが。
戦いそのものを変えている。
そして遥か未来。
数え切れないほどの人間が、一つの画面を見つめていた。
「始まった」
「どっちが勝つ?」
「まだ分からない」
「この新しい方、面白いな」
その中で、一人の観客だけが違う言葉を口にした。
「……あの人、本当に自分の意思で戦ってるのかな?」
誰も答えなかった。
画面の中では。
二人の人間が、再び互いへ向かって走り出していた。




