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観客のいない世界  作者: 亀


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第三十九章 予測できない選択

 朝。


 青年は、昨日と同じ時間に目を覚ました。


 窓の外を見る。


 天気は曇っている。


 雨が降るかもしれない。


 青年は。


 しばらく考えてから、傘を持った。


 それだけだった。


 直人から連絡が来た。


 ――今日はどうしますか?


 青年は。


 画面を見ながら返信する。


 ――分からない。


 少しして。


 返事が来た。


 ――またですか。


 青年は笑った。


 ――今日は特に予定がない。


 ――じゃあ、どこか行きます?


 ――それも決めてない。


 直人から。


 短い返信。


 ――分かりました。


 二人は。


 宿の前で会うことにした。


     *


 未来の管理室。


 女性は。


 昨日から作られた予測モデルを確認していた。


 青年の行動履歴。


 移動範囲。


 過去の接触。


 危険度。


 同行者。


 天候。


 街の情報。


 あらゆるデータが。


 画面に並んでいる。


「今日の予測は?」


 部下が聞く。


「三つあります」


「どれ?」


「第一候補。昨日と同じ市場周辺」


「第二」


「市街地の北側」


「第三」


「以前接触した人物がいる地域」


 女性は。


 数字を見た。


「確率は?」


「第一候補が四十一パーセント」


「低いね」


「対象の行動が安定していません」


「最近ずっとそう」


 女性は。


 予測結果を閉じた。


「今日は、結果だけを見る」


「予測を使わない?」


「使う」


「でも?」


「予測と現実を比較する」


 女性は。


 少し考えた。


「予測を当てるためじゃなく」


「外れ方を見る」


     *


 青年と直人は。


 宿を出た。


「どっちへ行きます?」


「右」


「理由は?」


「なんとなく」


「昨日は左でしたよ」


「今日は右にした」


 直人は。


 笑った。


「本当に適当ですね」


「予定がないからな」


 二人は。


 右へ進んだ。


 交差点。


 青年は。


 一度止まる。


 直人が聞く。


「次は?」


「……左」


「さっき右でしたよ」


「気が変わった」


 二人は左へ曲がった。


 そこには。


 小さな図書館があった。


「入ります?」


 直人が聞く。


「いいな」


 二人は。


 中へ入った。


     *


 未来の画面。


 予測モデル。


 第一候補――市場。


 実際の行動――図書館。


 予測誤差。


 大きい。


「外れました」


 部下が言う。


「うん」


「しかも、かなり早い段階で」


「そうね」


 女性は。


 しかし。


 数字ではなく。


 映像を見ていた。


 青年は。


 本棚の前に立っている。


 直人は。


 別の棚を見ている。


 何も起きない。


 数分。


 何も起きない。


 それでも。


 視聴者が増えている。


 女性は。


 小さく息を吐いた。


「まただ」


「はい」


「予測が外れるほど」


 一拍。


「観客が残っている」


     *


 図書館を出た。


 青年は。


 一冊の古い本を借りていた。


「何の本です?」


 直人が聞く。


「歴史」


「珍しいですね」


「観測所に行ってから、少し興味が出た」


「未来のことじゃなくて?」


「過去のほうがいい」


「どうして?」


「未来は、まだ起きてないから」


 直人は。


 少し考えた。


「確かに」


 二人は。


 歩き始めた。


 しばらくすると。


 青年が立ち止まった。


「どうしたんです?」


「腹が減った」


「食べます?」


「うん」


 近くの食堂に入る。


 昼食を取る。


 それだけ。


 しかし。


 未来では。


 視聴者が増え続けていた。


     *


 女性は。


 データを確認する。


 平均視聴時間。


 さらに上昇。


 新規視聴者。


 増加。


 離脱率。


 低下。


 しかし。


 最も奇妙なのは。


 視聴者が。


 青年の行動を予測するために。


 コメントを投稿し始めたことだった。


 ――今日は市場に行く。


 ――いや、昨日と違う場所だと思う。


 ――たぶん誰かと会う。


 ――何も起きない気がする。


 ――でも、それを見たい。


 女性は。


 最後のコメントで。


 手を止めた。


「これ」


 部下を見る。


「はい」


「観客自身が」


 一拍。


「予測を始めている」


「対象の行動を?」


「そう」


 女性は。


 コメントを閉じた。


 そして。


 新しい項目を作る。


 ――視聴者予測行動。


 入力された予測数。


 増加。


 予測一致率。


 低下。


 つまり。


 観客は。


 当てられなくなっている。


 それでも。


 見続けている。


「面白い」


 女性が呟いた。


「当たらないのに、離れない」


     *


 その日の夕方。


 青年は。


 昨日会った男を思い出した。


「そういえば」


「何です?」


「昨日の男」


「はい」


「今日、連絡が来てないな」


「来てほしいんですか?」


「いや」


 青年は。


 少し考える。


「ただ、どうしてるのかなと思っただけ」


「連絡します?」


「しない」


「どうして?」


「向こうが話したくなったら来るだろ」


 直人は。


 頷いた。


「そうですね」


 その会話も。


 未来では記録されていた。


 そして。


 女性は。


 それを見ていた。


 昨日の男との関係は。


 まだ終わっていない。


 だが。


 青年は。


 無理に続きを作ろうとしていない。


 敵に戻るかもしれない。


 味方になるかもしれない。


 二度と会わないかもしれない。


 そのどれも。


 今は決まっていない。


 女性は。


 その状態を。


 しばらく見つめていた。


     *


 夜。


 女性は。


 自分の端末に一つの資料を開いた。


 プロジェクト評価指標。


 視聴率。


 新規流入。


 継続率。


 視聴時間。


 課金率。


 資源投入量。


 予測精度。


 これまで。


 すべての指標は。


 「管理できること」を前提に作られていた。


 女性は。


 そこに一つ。


 新しい項目を書き加えた。


 予測不能性。


 しばらく。


 その文字を見る。


 だが。


 すぐに削除した。


 まだ早い。


 数日程度の変化で。


 新しい指標を作ることはできない。


 彼女は。


 資料を閉じた。


 しかし。


 最後に。


 今日の記録だけを残した。


 ――予測誤差:上昇。


 ――視聴時間:上昇。


 ――新規流入:上昇。


 ――視聴者離脱率:低下。


 そして。


 最後の一行。


 「予測できないことが、価値になる可能性。」


 女性は。


 保存ボタンを押した。


 まだ。


 結論ではない。


 ただの仮説。


 それでも。


 その仮説は。


 やがて。


 彼女自身のプロジェクトを変えることになる。

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