第358章 保守組織の分岐
保守組織の情報を調べ始めてから二日後、カイはひとつの不一致を見つけた。
「この施設の保守契約、通常の更新時期と合っていない」
彼は画面に三つの契約記録を並べた。
ひとつ目は、現在の物流施設が地下設備を引き継いだ際の契約。二つ目は、保守組織が再編されたときの契約。三つ目は、その後に追加された部品供給の契約だった。
「最初の契約では、地下設備は一括管理になっている。ところが、組織再編後は、建物の保守と接続部品の供給が別の契約に分かれている」
「分ける理由は?」
「費用の都合でも説明できる。設備の専門性が違う場合にも、こういう分け方はある」
カイは三つ目の記録を指した。
「ただ、部品供給の契約だけ、途中で担当会社が二度変わっている。どちらも組織全体の再編とは関係がない」
男は記録を確認した。
担当会社が変わった時期は、どちらも通常の契約更新から外れていた。変更理由は、いずれも「供給体制の調整」とだけ記されている。
それ自体は不正の証拠ではない。
しかし、地下設備の存在が現在の図面から消えている一方で、それに関係する可能性のある部品は、契約の形を変えながら供給され続けていた。
「供給先を調べられるか」
「公開されている範囲なら。ただし、現在の契約先が実際にどこへ納品しているかまでは分からない」
カイは別の画面を開いた。
「それより、ひとつ気になることがある。最後の担当会社は、この物流施設だけを扱っているわけじゃない」
表示されたのは、複数の管理区にまたがる保守契約の一覧だった。
旧式の接続端子を扱う案件が、いくつか含まれている。
それらは同じ設備ではなかった。施設の用途も、規模も、現在の管理者も異なる。
共通しているのは、通常の交換部品ではなく、旧規格を現在の設備へ接続するための変換部品が必要とされていることだった。
男は一覧を見つめた。
「この会社が、旧設備を専門に扱っているのか」
「そこまでは言えない。旧式の設備を残している施設を、複数引き受けているだけかもしれない」
「なら、同じ会社が担当しているという理由だけで追うのは危険だな」
男は一つの案件を選んだ。
物流施設とは別の管理区にある、停止済みの搬送設備だった。保守契約には、接続部品の定期確認が含まれている。しかし、公開された施設情報では、その設備は数年前に運用を終えていた。
「停止した設備に、定期確認が必要なのか?」
カイは記録を拡大した。
「安全上の理由で、停止後も点検を続けることはある。問題は、何を点検しているかだ」
二人は、その施設の現状を調べることにした。
今度は地下へ入る必要も、設備に触れる必要もない。施設の運用記録と、現在の保守契約が一致しているかを確認すればよかった。
その日のうちに、施設の管理者が公開している更新情報が見つかった。
搬送設備そのものは撤去されていた。
だが、地下区画の一部は撤去対象から除外され、保守対象として残されていた。
除外理由は記載されていない。
「また、設備がないのに保守対象だけが残っている」
カイが言った。
男はすぐには答えなかった。
第四管理区の地下設備。物流施設の旧式端子。そして、撤去された搬送設備の保守契約。
これらが同じ技術につながっていると、まだ断言することはできない。
しかし、単独の施設を調べているだけでは見えなかった共通点が、少しずつ形になり始めていた。
「この保守会社だけを追うのはやめよう」
男は言った。
「同じ契約先を使っている施設を、もう一つ確認する。そこでも設備が撤去されているのに保守だけが残っているなら、偶然では片づけにくくなる」
「次も同じ結果になるとは限らないぞ」
「分かっている。だから、一つずつ確かめる」
男は端末を閉じた。
彼らが見つけたのは、まだ技術の所在ではない。
古い技術が現在まで残るために、誰かが維持し続けている仕組みだった。
そして、その仕組みを調べる者は、彼らだけではなかった。
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同じ頃、保守契約の変更記録を扱う事務区画で、一件の照会が処理された。
照会者は施設の現管理者ではない。問い合わせの目的も、設備の修理ではなく、過去の契約に関する一般的な確認とされていた。
担当者は公開可能な範囲だけを回答し、個別の納品記録については開示を断った。
照会はそこで終了するはずだった。
だが、回答内容は別の場所へ転送された。
「同じ経路を調べている者がいます」
報告を受けた男は、添付された照会内容を読んだ。
質問は具体的だった。地下設備の位置ではなく、撤去後に残された保守契約。部品の種類ではなく、契約先が変更された時期。
偶然にしては、見る場所が近い。
「身元は?」
「まだ確認できていません。照会に使われた経路は正規のものです」
「なら、今は触るな」
男は報告書を返した。
「こちらの仕事を止める理由にはならない。次の回収先を予定どおり進めろ。ただし、現地で余計な記録を残すな」
報告担当者が退出すると、男は机上の別の一覧を開いた。
そこには、保守契約とは関係のない複数の案件が並んでいた。
旧管理区の遺構、停止済みの設備、用途変更された施設、現在の管理者が由来を把握していない部品。
それぞれの案件は、別々の担当者が処理している。
ひとつの案件が失敗しても、ほかの案件まで止まる構造にはなっていなかった。
男は照会内容をもう一度見た。
誰が調べているのかは分からない。
しかし、相手が見ているのは、回収した技術そのものではなく、技術が運ばれたあとに残る痕跡だった。
それは、こちらの作業を追ううえで有効な方法だった。
同時に、追跡者が技術の全体像をまだつかんでいない可能性も示していた。
男は照会記録を閉じた。
相手の正体を急いで突き止める必要はない。
相手がどこまでたどり着けるのか。それを見極めてからでも遅くはなかった。




