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観客のいない世界  作者: 亀


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第352章 指定されていない名前

 ――申請者を指定してください。


 現地から送られてきた画像には、古びた操作部が写っていた。


 設備に電力が供給されていないという報告とは対照的に、表示部分だけは文字を読み取れる状態だった。


 主人公は画像を拡大した。


「これ、本当に動いているのか?」


 カイが尋ねた。


「分からない。表示が残っていることと、設備が動作していることは別だから」


「電源がないのに表示が消えていないのは?」


「残留電力かもしれないし、表示部分だけ別の仕組みで動いている可能性もある。画像だけでは判断できないよ」


 主人公は現地の担当者が送ってきた説明を読み直した。


 設備の外装は古く、操作部にも劣化が見られた。通常の起動操作は行われていない。表示が変化したかどうかについても、まだ確認できていなかった。


 つまり、設備が現在も申請を受け付けられる状態なのかは、依然として不明だった。


 それでも、表示された文章は、これまで見つけた記録と明確につながっていた。


 後継権限の申請待機。


 受付機能、待機。


 そして、申請者を指定するよう求める表示。


 主人公は、レイヴンに連絡した。


「この設備に、申請者を指定する機能があることは確認できました。ただ、誰を指定すればいいのか、条件が分かりません」


「こちらも同じ判断だ。現地の担当者には、操作を行わず、設備の状態を記録するよう伝えてある」


「表示が現在も更新されているか、確認できますか?」


「安全に確認できる範囲で調べる。ただし、設備を起動して試すことはしない」


 主人公は了承した。


 申請者を指定するよう求めているからといって、誰かの名前を入力すればよいわけではない。


 もし申請者の指定が、権限の引き継ぎを開始する操作なら、誤った入力が何を引き起こすのかも分からない。


 彼は、まず過去の記録に申請者の条件が記載されていないかを調べた。


 しかし、見つかった記録には、後継者が存在する場合に再申請を認めるという条件があるだけだった。


 後継者がどのように選ばれるのか。


 誰がその人物を指定できるのか。


 指定された人物が、何をもって後継者として認められるのか。


 いずれも記録されていなかった。


 午後になり、現地から追加の画像が届いた。


 操作部の表示は、前回と同じだった。


 設備の電源状態にも変化はない。


 ただし、操作部の下部には、文字の消えかかった小さな区画があった。そこには、申請者の指定とは別に、もう一つの項目が残されていた。


 ――受付権限。


 その項目の隣には、値が表示されていなかった。


 主人公は画像を拡大した。


 受付機能が存在することと、受付権限が設定されていることは、同じではない。


 仮に設備が申請を受け付ける機能を保持していたとしても、その機能を実行する権限がなければ、実際の申請処理は始まらない可能性がある。


 彼はレイヴンに画像を送り、受付権限の項目について確認を依頼した。


 返事が来るまでの間、主人公は考えを整理した。


 今のところ、分かっているのは四つだ。


 過去の管理体系には、後継権限を再申請する仕組みがあった。


 その仕組みに関連する設備が、現在の管理網から外れた場所に残っていた。


 設備の操作部には、申請者の指定を求める表示が残っていた。


 そして、受付権限の項目には、値が確認できなかった。


 この四つをつなげれば、申請を受け付ける設備だけが残り、実際に申請を受理するための権限は失われている、という仮説が考えられる。


 だが、受付権限が空欄なのか、画像では読み取れない形式で保存されているのかは分からない。


 主人公は、仮説を事実として扱わないようにした。


 夕方、レイヴンから回答が届いた。


「古い管理記録を照合した。受付権限は、通常の管理者識別情報とは別の形式で設定されていた可能性がある」


「現在の管理者が、そのまま代わりになるわけではないんですね」


「そう考えるのが自然だ。ただし、過去の記録が完全ではないから、断定はできない」


「では、後継者を指定する前に、受付権限がどこにあるのかを確認する必要があります」


「そのとおりだ」


 主人公は、少しだけ考え込んだ。


 申請者を指定することと、申請を受け付ける権限を持つこと。


 この二つが別々の条件なら、後継者が見つかっただけでは、手続きは進まない。


 反対に、受付権限が失われているからといって、後継者が存在しないことにもならない。


 申請する側と受け付ける側。


 その両方がそろわなければ、権限の引き継ぎは成立しないのかもしれなかった。


 その夜、主人公の端末に匿名の通知が届いた。


 ――名前を入力しても、受付権限がなければ何も始まらない。


 主人公は文章を読み、すぐにレイヴンへ転送した。


 今回の通知は、現地で確認された表示内容を知っているだけでは説明しにくかった。


 受付権限が現在の管理者とは別の形式で設定されていた可能性。


 その情報は、まだ広く共有されていないはずだった。


 送信者がどこから情報を得たのかは分からない。


 ただ、送信者は申請者の指定だけでは足りないことを知っているようだった。


 主人公は、匿名の通知と現地の画像を並べた。


 どちらも、申請を始めるために必要な条件が一つではないことを示している。


 だが、申請を受け付けるための権限が、今どこに存在しているのかは、まだ分からなかった。


 翌朝、現地の担当者から新たな報告が届いた。


 設備の外装を確認したところ、操作部の裏側に、通常の管理記録には登録されていない識別番号が刻まれていた。


 その番号は、これまで見つかった旧管理区の番号とは異なっていた。


 現地の担当者は、番号の意味を判断できなかったため、画像だけを送ってきた。


 主人公は、その番号を過去の記録と照合した。


 最初は一致するものが見つからなかった。


 しかし、以前に復元された古い記録の一部を確認したとき、彼は手を止めた。


 そこには、設備の名称も、管理区の番号も書かれていなかった。


 ただ、権限を返却する処理の最後に、短い識別情報が残されていた。


 それは、現地の操作部に刻まれた番号と一致していた。


 主人公は、画面を見つめた。


 この番号が示しているのは、申請者ではない。


 管理区でもない。


 過去の記録に残されていたのは、権限を返却する処理の末尾だった。


 もし、その番号が現在も同じ意味を持つのなら、現地の設備は、単に後継者を指定するためのものではない可能性がある。


 権限を返却したあと、その権限をどこへ引き渡すのか。


 その行き先を示す識別情報なのかもしれなかった。


 主人公は、まだ確証がないことを理解していた。


 それでも、初めて一つの手掛かりが、受付権限の所在につながる可能性を示した。


 彼はレイヴンに番号と記録を送り、照合を依頼した。


 返事は、すぐには来なかった。


 その間、主人公は一つの問いを考え続けていた。


 後継者を指定する設備が残っている。


 申請を受け付ける機能も、記録上は存在している。


 だが、受付権限が現在の管理者に属していないのなら、それを持つ者はどこにいるのか。


 そして、その権限は、過去の管理者が返却したあと、誰にも引き継がれないまま残されているのだろうか。


 レイヴンから連絡が届いたのは、夕方だった。


「識別番号の意味が分かった」


 主人公は画面を開いた。


「何を示しているんですか?」


 レイヴンは、短く答えた。


「受付権限の保管先だ。だが、記録上、その保管先は――第四管理区になっている」

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