第350章 申請する者
――後継権限の申請待機。
主人公は、レイヴンから送られてきた状態表示を読み直した。
その言葉は、以前に確認した記録とつながっていた。
《後継者が存在する場合、権限の再申請を認める》
あの記録は、単に過去の管理者が権限を返却する手続きを説明したものだと思っていた。
しかし、今回見つかった状態表示が同じ管理体系に属するのなら、後継権限の申請は、過去に定められただけの手続きではない。現在も、どこかで待機状態にある可能性がある。
主人公はレイヴンに連絡した。
「この申請待機という表示は、誰かが申請を始めたという意味ですか?」
「そこまでは分からない。申請を受け付ける準備が整っている状態なのか、すでに申請が行われて、その後の処理を待っているのか。復元された表示だけでは区別できない」
「申請者の識別情報は?」
「残っていない」
主人公は画面を見つめた。
申請者が分からない。
申請が開始された時刻も、正確には分からない。
それでも、申請を待つ状態が記録されていたことは確かだった。
「この状態表示を、別の旧設備から探すことはできますか?」
「可能だ。ただし、現在の管理網から参照できる設備に限られる。すべての旧設備を確認できるわけではない」
「まずは、今回の三つの区域に関係する設備だけで十分です。同じ表示が残っていれば、発生した順序を比較できます」
「分かった。対象を絞って確認する」
通話を終えた主人公は、以前の記録を開いた。
《再申請には、三つの旧管理区記録を必要とする》
この一文も、今になって意味が変わって見えた。
以前は、三つの旧管理区記録を集めることが、何らかの権限を取り戻すための条件だと考えていた。
だが、今回の状態表示は、別の可能性を示している。
三つの旧管理区記録が必要なのは、権限を再申請するためなのか。
それとも、申請を受け付ける側が、三つの記録を使って申請者を確認するためなのか。
両者は似ているようで、意味が違う。
前者なら、記録を集める者が申請者になる可能性がある。
後者なら、記録を集める行為そのものは、申請の条件を満たすための準備にすぎない。
今の段階では、どちらとも判断できなかった。
主人公は、その二つを別々の仮説として残した。
昼過ぎ、レイヴンから追加の連絡が入った。
確認できた範囲では、三つの区域のうち、最初に反応した設備には申請待機の表示が残っていなかった。
二つ目の設備にも、同じ表示は見つからなかった。
しかし、三つ目の設備では、読み出された記録のほかに、もう一つの状態情報が復元されていた。
――後継者識別、未確定。
主人公は、すぐに二つの表示を並べた。
後継権限の申請待機。
後継者識別、未確定。
この二つが同じ処理に属しているのなら、後継者がまだ確定していない状態で、権限の申請だけが待機していることになる。
しかし、それは申請者がいないという意味ではない。
申請する者が存在していても、後継者として認められていない可能性がある。
あるいは、申請そのものが開始されていないのかもしれない。
主人公は、復元された状態情報を詳しく確認した。
そこには、申請待機と後継者識別の間に、処理上の関連があることを示す情報が残っていた。
ただし、処理がどのような順番で実行されるのかは、復元できなかった。
彼はレイヴンに尋ねた。
「この状態を変更する方法は分かりますか?」
「分からない。少なくとも、現在の管理設備から変更できるものではない」
「では、今は何も操作しない方がいいですね」
「そのとおりだ。状態を変更すれば、残っている情報が失われる可能性もある」
主人公は、そこで操作を止めた。
彼らが必要としているのは、状態を変えることではない。
その状態が何を意味し、何を待っているのかを知ることだった。
夕方、カイが資料を確認しに来た。
「後継者って、誰の後継者なんだ?」
「それが分からない。権限の後継者なのか、旧管理区を引き継ぐ者なのか、あるいは別の役割なのか」
「権限を引き継ぐなら、前の管理者がいるはずだろう?」
「過去に管理者がいたことは、記録から分かる。でも、その人物が今も存在するとは限らない」
「それなら、申請を待っている仕組みだけが残っている可能性もあるな」
主人公は頷いた。
「そうだね。以前の管理者がいなくなっても、申請の条件だけが残っているのかもしれない」
「逆に、今も誰かが申請できる状態なのかもしれない」
「その可能性もある」
カイは資料を返した。
「結局、後継者が誰なのかを知らないと、先へ進めないわけか」
「少なくとも、後継者という言葉が何を指しているのかは知りたい」
主人公はそう答えた。
これまで、彼は三つの箱に残された記録を手掛かりに、過去の管理者たちが何を定めていたのかを調べてきた。
しかし、今回の状態表示は、過去の管理者が不在になったあとも、何らかの手続きが終了していない可能性を示していた。
権限の返却先が存在しない場合、接続は閉鎖される。
後継者が存在する場合、権限の再申請を認める。
その二つの条件が同じ仕組みに属するのなら、接続の閉鎖と権限の引き継ぎは、別々の処理ではないのかもしれない。
だが、まだ確かなことは言えなかった。
夜、主人公は資料を保存し、調査を終えようとした。
そのとき、端末に新しい通知が届いた。
匿名の発信者からだった。
――申請する者を探しても、申請を受け付ける者がいるとは限らない。
主人公は、文章を読んだまま動かなかった。
この通知は、これまでのものより具体的だった。
後継者を探すことと、申請を受け付ける仕組みが存在することは、別の問題だと指摘している。
送信者は、申請待機の状態を知っているのか。
それとも、過去の記録を読めば誰でも考えつくことを伝えているだけなのか。
判断する材料はなかった。
主人公は、通知を保存した。
そして、三つの箱に関係する記録の中から、以前に見つけた一文をもう一度開いた。
《記録は現存しない》
これまでは、旧管理区の記録が失われたことを示す文章だと考えていた。
しかし、もし後継権限の申請に必要な記録が、現在の管理網から参照できない場所に残っているのなら。
記録が存在しないのではなく、申請を受け付ける側が、それを確認できないだけなのかもしれない。
主人公は、すぐに結論を出さなかった。
その可能性を、他の仮説と並べて保存した。
翌日、彼が最初に確認することは決まっていた。
後継者を探すことではない。
後継権限の申請を、受け付ける仕組みが現在も存在するのか。
そこが分からなければ、申請者を探す意味も、三つの旧管理区記録を集める意味も、まだ判断できなかった。




