第349章 先に動いたもの
二つの旧管理区の位置を地図上に表示したまま、主人公はレイヴンから届いた時刻記録を確認していた。
一つ目の設備が反応し、その反応が消えたあと、二つ目の設備が反応した。
時間差は短い。
だが、同時に発生したわけではなかった。
「移動したように見えるな」
隣で画面を見ていたカイが言った。
「見えるだけだよ。二つの設備が順番に反応したことは確認できるけれど、一つ目から二つ目へ何かが移動した証拠はない」
「それなら、どうやって確かめる?」
「まず、二つの設備で記録された反応が、同じ処理を示しているかどうかを確認する」
主人公は地図を閉じ、二つの記録を並べた。
接続先の識別形式は一致している。
反応が始まったときの処理も似ていた。
しかし、二つ目の設備では、最初の設備にはなかった短い応答が記録されていた。
その応答が何を意味するのかは分からない。
主人公はレイヴンに連絡し、二つの記録の比較を依頼した。今度は、単に識別形式が一致しているかを見るのではなく、反応の開始から終了までに発生した処理の順序を確認してもらう。
返事を待つ間、主人公は別の可能性を考えた。
もし二つの設備が同じ接続先を参照しているのなら、片方の反応が終わったあとに、もう片方が反応することもあり得る。
だが、それは二つの設備が直接つながっていることを意味しない。
共通の接続先が、それぞれに応答しただけかもしれない。
あるいは、二つの設備が独立して動作し、似た記録を残した可能性もある。
今の情報では、どの説明も成立する。
しばらくして、レイヴンから通話が入った。
「比較結果が出た。二つの記録は、単に同じ形式を使っているだけではなかった」
「処理の順序も一致したんですか?」
「一部はな。ただし、完全には一致していない。二つ目の設備では、一つ目の設備が反応を終了したあとに、追加の応答を受け取っている」
「その応答の発信元は?」
「識別できていない。現在の管理網に登録された設備から送られた記録もない」
主人公は、二つ目の記録を見直した。
追加の応答。
一つ目の反応が終了したあとに届いたもの。
それだけでは、何が起きたのか分からない。
「二つ目の設備が、最初の設備から直接応答を受け取った可能性はありますか?」
「否定できない。ただし、二つの設備の間に直接通信があったことを示す記録は残っていない」
「分かりました」
通話が終わると、主人公は椅子から立ち上がった。
長く画面を見続けていたせいか、目が疲れていた。右手も、端末を持つ時間が長くなると違和感が出る。
彼は無理に作業を続けず、資料を保存した。
その日のうちに、三つ目の旧管理区でも異常が見つかった。
ただし、今度は接続反応ではなかった。
設備の内部時計に、短い時刻のずれが記録されていた。
ずれはわずかで、通常の機器故障でも起こり得る程度だった。管理側も、単独の異常としては重大な問題と判断していなかった。
しかし、その時刻は、二つ目の設備が反応を終了した直後にあたっていた。
主人公は三つの記録を並べた。
一つ目の設備が反応する。
その反応が終わったあと、二つ目の設備が反応する。
さらにそのあと、三つ目の設備で時刻のずれが発生する。
これだけで、三つの設備が一つの仕組みによって動かされたとは言えない。
ただ、現象が発生した順番には、何らかの関係がある可能性があった。
主人公はレイヴンに三つ目の記録を送った。
返事は、数分後に届いた。
「三つ目の設備は、接続反応を記録していない。時刻のずれも、接続とは無関係かもしれない」
「はい。ただ、発生した時刻が二つ目の反応の終了直後だったので、比較対象に加えたいと思いました」
「それは構わない。ただし、三つ目まで一つの現象だと決めつけるな」
「分かっています」
主人公は三つ目の記録に、未確認という印をつけた。
証拠が足りないものを、都合のよい説明に組み込んではいけない。
それでも、今回の記録は、これまでとは少し違っていた。
以前は、一つの設備で起きた現象を、その設備の中だけで説明しようとしていた。
今は、複数の設備で起きたことを、時刻と処理の順序から比較できる。
原因は分からなくても、調べる範囲は変わり始めていた。
夜になり、主人公の端末に新しい通知が届いた。
匿名の発信者からだった。
――三つ目は、まだ動いていない。
主人公は、その文章を読んだまま動かなかった。
送信者は、三つ目の設備で何が起きたのかを知っている。
しかも、管理側が接続反応を確認していないことも知っているようだった。
主人公はすぐに返信を試みた。
しかし、送信先を指定することはできなかった。
通知には、いつものように本文しか残っていない。
主人公は、文章の意味を考えた。
三つ目は、まだ動いていない。
それは、三つ目の設備で今後何かが起きるという予告なのか。
それとも、三つ目の設備が何らかの処理に関わっていることを、送信者が知っているという意味なのか。
どちらとも決められない。
ただし、匿名の発信者が、管理側とは別の情報を持っていることは確かだった。
主人公は通知をレイヴンに転送した。
そのうえで、三つ目の設備について、独自の操作や接続試験を行わないように依頼した。何かが起きると予告されているのなら、原因が分からないまま設備を動かすべきではない。
レイヴンも、その判断に同意した。
翌朝、三つ目の旧管理区から新たな報告が届いた。
設備の時刻は、正常な状態に戻っていた。
接続反応は確認されていない。
だが、時刻のずれが発生した直前、設備の内部に保存されていた古い記録の一部が読み出されていた。
その記録は、現在の管理網から参照できない形式で保存されていたものだった。
読み出しは一度だけ。
操作した人物も、外部からの要求も確認されていない。
そして、読み出された記録の識別情報は、三つの箱に関係する旧記録と同じ管理体系に属していた。
主人公は、その報告を何度も読み返した。
三つ目の設備は、まだ動いていない。
匿名の発信者は、そう書いていた。
しかし、実際には、設備は完全に停止していたわけではなかった。
誰かが接続を行ったのか。
設備に残された仕組みが自動的に動いたのか。
それとも、別の場所で起きた処理の結果として、記録が読み出されたのか。
まだ分からない。
ただ、今回読み出された記録は、これまでの三つの箱とは別の場所に保存されていた。
箱を開けなくても、過去の管理体系に属する記録が、現在の設備から取り出されることがある。
その事実は、主人公の調査を次の段階へ進めるものだった。
彼はレイヴンに、読み出された記録の内容を確認できるか尋ねた。
返ってきた答えは、短かった。
「内容の一部は復元できた。ただし、通常の文字列としては表示されない」
「何が記録されていたんですか?」
レイヴンは、復元された情報の一部を送信した。
そこに残されていたのは、設備の名称でも、管理者の識別情報でもなかった。
短い状態表示だった。
――後継権限の申請待機。




