第348章 応答先
レイヴンから届いた記録には、接続先を示す欄が残されていた。
空欄ではない。
しかし、そこに記載されている識別形式は、現在の管理網では使用されていなかった。
主人公は記録を拡大し、識別情報の構造を確認した。
「この形式は、以前の記録にもありましたか?」
「確認できる範囲では見つかっていない。ただし、古い設備の記録はすべて保存されているわけじゃない」
レイヴンの返答は慎重だった。
「現時点で分かっているのは、旧管理区と保管場所の双方で、同じ形式の応答が確認されたこと。それだけだ」
「接続先の識別情報を使って、場所を特定することはできますか?」
「現在の管理網に登録されていない以上、通常の検索では難しい。照合できる旧記録があれば別だが、今のところ該当するものはない」
主人公は画面から目を離した。
場所が分からないのなら、別の方向から考える必要がある。
接続先の識別情報が示すのは、必ずしも物理的な所在地とは限らない。設備の種類や、管理権限の区分を表している可能性もある。
その場合、番号や名称を検索するだけでは、何も見つからないだろう。
「応答の処理形式について、もう少し詳しく確認できますか?」
「できる。ただし、記録に残っている情報は限られている」
「それで十分です。今の設備で使われている形式と、どこが違うのかを知りたいんです」
レイヴンは了解した。
通話が終わると、主人公は手元の資料を整理した。
旧管理区の接続反応。
三つの箱を保管している場所で発生した通信遅延。
そして、どちらにも残された、現在の管理網には登録されていない識別形式。
この三つが同じ仕組みに関係しているのなら、今回の異常は単なる設備故障ではないかもしれない。
しかし、共通する形式が一つ見つかっただけで、すべてを一つの原因に結びつけるのは早すぎた。
主人公は、確認できた事実と推測を分けて記録した。
その日の午後、レイヴンから追加資料が届いた。
現在の管理設備では、接続先を指定する際、必ず管理者の識別情報と権限の確認が行われる。
一方、今回の記録に残された処理では、その確認に相当する手順が見当たらなかった。
権限を確認せずに接続を受け入れたのか。
それとも、確認そのものが不要な接続だったのか。
記録だけでは分からない。
ただし、通常の管理設備が誤作動しただけでは説明しにくい違いだった。
主人公は、レイヴンに一つ質問を送った。
――現在の管理網に登録されていない設備同士が、直接接続することは可能ですか。
返答はすぐには来なかった。
しばらくして、レイヴンから通話が入った。
「理論上は、管理網を経由しない独立した接続方式が存在するなら可能だ。ただし、現在の設備では使われていない。少なくとも、我々が管理している範囲ではな」
「旧管理区の設備なら、その方式が残っている可能性はありますか?」
「可能性はある。ただ、旧式の接続方式が残っていることと、それが今回の現象を引き起こしたことは別の話だ」
「分かっています」
主人公は答えた。
彼が知りたいのは、可能性の一覧ではなかった。
どの可能性なら、実際に確認できるのかということだった。
「旧管理区の接続制限は、まだ解除されていませんか?」
「まだだ。安全確認が終わるまでは変更しない」
「分かりました」
主人公はそれ以上、現地への立ち入りを求めなかった。
今は、管理側が取得できる記録を確認する方が先だった。
夕方、カイが戻ってきたとき、主人公は机の上に資料を広げていた。
「今度は何を調べている?」
「接続先の識別形式」
「場所が分かったのか?」
「まだ。現在の管理網に登録されていない形式だということは分かった」
カイは資料に目を落とした。
「登録されていないなら、使えないんじゃないのか?」
「現在の管理網を経由するなら、そうかもしれない。でも、別の方式で接続しているのなら、管理網に登録されている必要がない可能性もある」
「つまり、管理網の外に別の仕組みがあるかもしれない?」
「そう。ただし、まだ推測だよ」
カイは椅子を引いた。
「もし本当に別の仕組みがあるなら、どうして今まで誰も気づかなかったんだ?」
主人公はすぐには答えなかった。
気づかなかったのか。
知っていて、記録に残さなかったのか。
あるいは、過去には使われていたが、現在は誰も使えないと思っていたのか。
どれも考えられる。
だが、今の情報では、どれが正しいのか判断できなかった。
「分からない。だから、まずは今回の記録で確認できる範囲を調べている」
カイは頷いた。
そのとき、主人公の端末にレイヴンから新しい資料が届いた。
旧管理区の設備について、管理側が過去の記録を追加で照合した結果だった。
接続反応が発生した設備は、以前から完全に停止していたわけではなかった。
定期的な保守記録は残っていない。
しかし、外部からの接続を受け付ける機能だけは、停止したことを示す記録が見つからなかった。
つまり、設備がいつから使用不能になっていたのか、そもそも使用不能だったのかさえ、確認できないのだ。
主人公は資料を読み終え、画面を閉じた。
これまで彼らは、旧管理区を過去の仕組みが残された場所として扱っていた。
だが、今回の記録は、その前提を少しだけ変えた。
設備は古い。
現在の管理網にも登録されていない。
それでも、接続を受け付ける機能が残っている可能性がある。
そして、その接続先は、保管場所の設備にも応答していた。
主人公は、三つの箱のことを思い出した。
箱は、まだ封印されたままだ。
その中に何があるのかは分からない。
しかし、箱に残された記録が示す仕組みは、過去の出来事だけを説明するためのものではないのかもしれない。
もし現在も機能しているのなら、過去の管理者が定めた条件は、今もどこかで使われている可能性がある。
その夜、レイヴンから最後の連絡が届いた。
旧管理区の接続反応が再び確認されたという。
今度は、前回と同じ場所ではなかった。
別の旧管理区にある設備だった。
反応は短時間で消失したが、接続先の識別形式は前回と一致していた。
主人公は、画面に表示された二つの記録を見比べた。
一つの設備が誤作動しただけなら、偶然という説明もできた。
しかし、離れた二つの区域で、同じ形式の接続反応が確認されたのなら、単独の設備故障だけでは説明しにくくなる。
彼はレイヴンに返信した。
――二つの設備は、同じ時間帯に反応しましたか。
返答には、正確な時刻が添えられていた。
反応が発生した時刻には、わずかな差があった。
だが、先に反応した設備が沈黙したあと、もう一方の設備で反応が始まっていた。
主人公は、その時刻を何度も確認した。
偶然、別々の設備が動いたのか。
それとも、最初の接続が終了したあと、別の設備へ接続先が切り替わったのか。
まだ、断定することはできない。
ただ、今回の二つの記録は、前夜に届いた匿名の通知を思い起こさせた。
――接続が消えたのではない。接続先が、向こうから切り替わった。
主人公は、二つの旧管理区の位置を地図上に表示した。
距離は離れている。
その間には、現在の管理網に登録された設備も存在していた。
それでも、記録された反応の順序は、一つの接続が移動したようにも見えた。
主人公は地図を保存した。
次に調べるべきことは、接続先の所在地を無理に推測することではない。
二つの設備が、なぜ同じ順序で反応したのか。
その関係を確かめることだった。




