第346章 接続先のない場所
翌朝、主人公は最初に、前夜の通知をもう一度確認した。
――接続が消えたのではない。接続先が、向こうから切り替わった。
文章は変わっていなかった。
送信元も、返信先も表示されない。通常の通知履歴から発信者を確認することはできず、本文にも旧管理区の名称は書かれていなかった。
それでも、送信者が何を指しているのか、主人公には一つの心当たりがあった。
以前に見つけた旧記録では、接続の閉鎖は、返却先が存在しない場合に実行されるとされていた。
ならば、返却先がなくなったのではなく、別の場所が返却先として選ばれたのだとしたら。
記録の文面だけでは、その可能性を否定できない。
しかし、可能性を思いつくことと、事実を確かめることは別だった。
主人公は通知の文章を書き写し、以前の記録と並べた。二つの文章に共通する言葉は少ない。それでも、どちらも接続の状態が変化する条件について述べているように見えた。
彼はその比較をレイヴンに送った。
返事は、しばらくして届いた。
――推測としては理解できる。ただし、現地の接続反応が本当にその記録と関係しているかは分からない。別系統の設備である可能性も残しておけ。
主人公は短く返信した。
――分かりました。現時点では、同じ仕組みだとは判断していません。
それから、彼は旧管理区に関する過去の記録を読み返した。
これまでの記録には、接続を閉鎖する条件や、権限を返却する手続きについての記述があった。
だが、接続先を切り替える手続きについては、見つかっていなかった。
記録が失われたのか。
最初から別の記録に分けられていたのか。
あるいは、接続先の変更そのものが、通常の手続きではなかったのか。
どれも、今の段階では決められない。
午後になって、旧管理区の管理窓口から追加情報が届いた。
接続反応が確認された設備は、現在の管理網から独立していた。外部との通信記録がないため、管理側も内部の状態を直接確認できていないという。
そして、反応が消失する直前、設備内部で短時間の電力変動が発生していた。
電力変動そのものは、古い設備では珍しくない。
しかし、接続反応と同じ時間帯に起きていたことから、管理側は現地の安全確認を優先することにした。
接近制限は継続。
現時点で、内部に人がいるという情報もなかった。
主人公は報告を読み終え、端末を置いた。
外部からの接続記録がなく、内部の状態も確認できない。
これだけでは、誰かが設備を操作したと判断することはできない。
それでも、内部で何らかの変化が起きた可能性は残っている。
彼は、三つの箱に関係する記録の中から、管理区の名称が記された部分をもう一度確認した。
そこには、現在の管理網に接続されていない区域が存在することを示す記述があった。
だが、その区域が今回の設備と同じ場所なのかは分からない。
主人公は、記録にある名称と今回の現場情報を並べ、共通点と相違点を整理した。
共通するのは、現在の管理網から独立していること。
相違するのは、記録にある区域の状態が不明である一方、今回の設備では実際に接続反応が確認されていることだった。
それ以上の結論は出せなかった。
夕方、カイが部屋を訪ねてきた。
「まだ調べていたのか?」
「少しだけ」
「何か分かった?」
「分かったことはある。でも、原因はまだ分からない」
主人公は画面を見せた。
カイは記録を読み、しばらく黙っていた。
「つまり、今の管理網から見えない設備があって、そこが一度だけ動いた。外から操作した記録はない。そういうことか?」
「そうだね」
「それなら、中に誰かがいた可能性もあるんじゃないか?」
「ある。ただし、電力変動だけでは人がいたとは判断できない。設備が自動で動いた可能性もある」
「結局、現地を見ないと分からないな」
「そう。でも、制限が解除されるまでは行けない」
カイは椅子に腰を下ろした。
「もどかしいな」
「そうだね。でも、分からないことを埋めるために、危険が分からない場所へ入るのは違うと思う」
カイは反論しなかった。
二人とも、今できることと、今はできないことを区別する必要があると分かっていた。
そのとき、主人公の端末が震えた。
旧管理区からの新しい通知ではなかった。
保管場所に預けてある三つの箱について、管理担当者から連絡が入ったのだ。
箱の保管状態に異常はない。
封印も、外装も、前回の確認時から変化していなかった。
ただし、保管場所の設備に、短時間の通信遅延が発生したという。
通信遅延自体は、珍しい現象ではない。
担当者も、箱との関連を疑っているわけではなかった。あくまで、同じ時間帯に起きた設備上の事象として報告しただけだった。
主人公は、旧管理区の接続反応が発生した時刻と、保管場所の通信遅延が起きた時刻を照合した。
完全には一致していない。
だが、時間の差は小さかった。
彼はすぐに関連があるとは考えなかった。
保管場所の通信設備と旧管理区の設備が、同じ仕組みを使っているという証拠はない。偶然、近い時間に不具合が起きただけかもしれない。
それでも、二つの場所で、現在の管理網から見えにくい何かが存在している可能性はある。
主人公は、担当者に一つだけ確認を依頼した。
箱を開けたり、封印に触れたりする必要はない。
通信遅延が起きた際、保管設備のどの部分に異常が記録されたのか。それだけを確認してほしいと伝えた。
依頼を送信したあと、彼は端末を閉じた。
旧管理区の設備が何をしたのか。
匿名の送信者は、なぜ接続先が切り替わったと断言したのか。
そして、保管場所の通信遅延は、本当に無関係なのか。
まだ、どれも答えは出ていない。
ただ一つ、主人公が以前より強く意識するようになったことがあった。
これまで彼は、箱に残された記録を手掛かりに、過去に何が起きたのかを調べてきた。
しかし、もし記録に残された仕組みが今も動いているのなら、過去を調べるだけでは足りない。
現在、どこで何が動いているのかも、確かめなければならない。
そのためには、まず、箱を安全に保管している場所で何が起きたのかを知らなければならなかった。




