第339章 記録にない参加者
保守区画の確認を申請してから二日後、レイヴンは演習管理側に呼び出された。
主人公とカイも同行したが、会議室に入ると、机の上には演習記録と参加者一覧だけが置かれていた。保守区画の写真はない。
「現地の件は、まだ確認中だ」
管理担当者は最初にそう断った。
「今日話したいのは、演習の参加者についてだ」
画面に、敵側の班ごとの行動記録が表示された。
レイヴンは腕を組んだまま、説明を聞いた。
「北西側の敵役を担当した班について、配置データの作成者に確認しました。予定されていた行動は、中央設備への接近を牽制し、必要に応じて外周へ退くこと。それ以上の独自任務は設定されていません」
「保守区画については?」
「設定されていません。少なくとも、正式な演習データにはありませんでした」
主人公は画面の隅にある時刻を見た。
敵が北西側に残っていた時間と、味方の班が経路変更を申請した時間。その間隔は短い。
「その班の参加者は、予定どおりに動いていたんですか?」
管理担当者は一度、別の記録を開いた。
「大半は予定された区域内で行動しています。ただ、一名だけ、最後の数分間に位置情報が途切れていました」
「通信障害ですか?」
「断定できません。端末側の記録は残っていますが、演習管理側の位置表示には反映されていませんでした」
レイヴンの表情が変わった。
「その参加者は、演習終了後に確認できたのか?」
「集合時にはいました。装備も返却されています。本人は通信機器の不調だと説明しており、現時点で規則違反と判断できる材料はありません」
カイが画面を見た。
「その人が保守区画に行った可能性は?」
「あります。ただし、現場で目撃されたわけではありません」
管理担当者は慎重に言葉を選んだ。
「今回の情報だけで、その参加者が何かをしたと判断することはできません。こちらも、確認できる記録を照合している段階です」
主人公は頷いた。
位置情報が途切れたことと、保守区画の存在。二つが同時に見つかったからといって、すぐに結びつけることはできない。
それでも、演習データにない行動があった可能性は残った。
「その参加者の記録を、こちらでも確認できますか?」
「個人情報に関わる部分は共有できません。ただし、演習の進行に関係する範囲であれば、管理側が確認結果を伝えることはできます」
「分かりました」
レイヴンはそれ以上、踏み込まなかった。
会議はそこで終わった。
廊下へ出ると、カイが小声で尋ねた。
「どう思う?」
「今の話だけじゃ、何も決められない」
「位置情報が途切れたのは偶然かもしれない。保守区画とは関係ないかもしれない。でも、関係がある可能性も残る」
「そうだね」
主人公は歩きながら考えた。
今回の演習では、敵の動きに合わせて何度も判断を変えた。敵の配置を見て、通路を選び、救出する順番を決めた。
だが、彼らが見ていたのは、演習のルールが想定した範囲内の情報だった。
もし、その外側で誰かが別の行動を取っていたのなら、どれだけ正確に地図を読んでも、最初から地図にないものを見つけることは難しい。
「次の演習では、何を変える?」
カイが尋ねた。
「位置情報が途切れたとき、すぐに異常だと決めつけるのは違うと思う。でも、位置情報がない時間を、相手が何もしていない時間として扱うのも危ない」
「つまり、情報がないこと自体を考慮する?」
「情報がない理由を確認する。通信障害なら、その範囲で判断する。意図的に情報が失われているなら、別の方法で確認する。最初から答えを決めないことが大事だと思う」
カイは少し考えた。
「簡単そうで、実際には面倒だな」
「だから、今回みたいに任務中に全部やろうとすると、間に合わなくなる」
主人公は端末を開き、今回の演習評価に短い補足を加えた。
――位置情報が欠落した場合、欠落時間を行動なしと見なさない。任務への影響に応じて、確認方法と対応を分ける。
それは今回の敵の正体を解くための答えではなかった。
次に似た状況に直面したとき、自分たちが見落とす可能性を減らすための記録だった。
その日の夜、レイヴンから連絡が届いた。
管理側が、北西側の参加者に追加確認を行ったという。
本人の説明は変わらなかった。通信機器の不調によって位置情報が欠落しただけで、保守区画には近づいていないという。
現時点で、その説明を否定する証拠はない。
保守区画の現地確認も、まだ許可待ちだった。
主人公は連絡を読み終えると、端末を机に置いた。
結局、今回の演習から分かったのは、予定外の痕跡が残っていたということだけだ。
誰が残したのか。
何のために使ったのか。
演習中の敵の行動と関係があったのか。
どれも、まだ答えは出ていない。
翌朝、レイヴンはいつもどおり訓練場に現れた。
「次の訓練が決まった。今度は少人数だ。指示役を固定せず、各自が持っている情報だけで判断する形式になる」
主人公は顔を上げた。
「全員が別々の情報を持つんですか?」
「そうだ。誰か一人が全体を把握しているとは限らない。通信も使えるが、すべての情報が共有される保証はない」
レイヴンは参加者の配置表を渡した。
「今回の演習で学んだことを、そのまま使えるとは思うな。条件が変われば、正しい判断も変わる」
主人公は配置表に目を落とした。
今度は、誰かの指示を待っていれば解決する状況ではないらしい。
自分が持っている情報は限られている。
仲間の情報も、最初からすべて知ることはできない。
必要なのは、足りない情報を勝手に補うことではなく、何が分かっていて、何が分かっていないのかを見失わないことだった。
主人公は配置表を折り、ポケットにしまった。
右手はまだ完全には戻っていない。
次の訓練でも、力任せに状況を変えることはできないだろう。
だからこそ、判断を誤ったときに何が起きるのか、仲間の判断をどこまで信頼できるのかを、自分の目で確かめる必要があった。




