↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観客のいない世界  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

338/470

第338章 演習の外側

翌日、管理側から返答が届いた。


 北西側の保守区画は、演習区域の拡張前から存在していた設備だった。現在の管理図には位置だけが残され、内部構造や使用状況についての記録はない。


 現地確認は認められた。ただし、確認できるのは管理担当者が立ち会う範囲に限られ、扉を開ける場合も管理側の判断を必要とする。


 レイヴンは返答を読んでから、主人公とカイを呼んだ。


「今回の演習とは別件として確認する。お前たちは現場を見たわけじゃない。余計な先入観を持たず、記録の確認に付き合ってくれ」


「分かった」


 主人公はそう答えた。


 演習の続きとして敵を追うのではない。現場に残ったものを確かめるだけだ。


 三人が管理担当者と合流したのは、午後だった。


 北西側の外周は、普段の訓練で使われる区域から少し離れていた。舗装路が途切れた先には、低い壁と古い保守設備が並んでいる。演習用の目印も、参加者向けの案内表示もなかった。


「この先です」


 管理担当者が示した場所に、例の扉があった。


 昨日の画像と同じ位置に、二本の轍が残っている。風で土が多少崩れていたが、跡そのものは消えていなかった。


 レイヴンは扉に触れず、周囲を確認した。


「車両が通れる幅はあるな」


「ただし、入口の前で切り返す余裕はありません」


 管理担当者が答えた。


 主人公は扉の脇にしゃがみ込んだ。右手を使わず、左手で地面を指し示す。


「この跡、二本とも同じ深さじゃないですね」


 片方の轍は比較的はっきりしている。もう片方は浅く、ところどころ途切れていた。


「車輪の重さが違ったのかもしれないし、地面の状態が違っただけかもしれない」


 カイが言った。


「そうだね。これだけでは車両の種類までは分からない」


 主人公は立ち上がった。


 扉の表面には古い錆が浮いている。しかし、取っ手の周囲だけは、錆が部分的に剥がれていた。


 レイヴンもそこに気づいた。


「最近、誰かが触った可能性はあるな」


「管理側で開閉した記録はありません」


 担当者が答える。


「ただ、記録がないことと、誰も開けていないことは同じではありません。記録自体が残っていない設備ですから」


 その説明に、レイヴンは頷いた。


 扉の前で話していても、これ以上は分からない。


 管理担当者が正式な手順に従って錠を確認した。外側から操作できる部分に異常はなく、扉を開けるには内部の固定を解除する必要があるという。


「中を確認できますか?」


「管理責任者の許可が必要です。今日は外側の状態確認までという指示です」


 カイが小さく息を吐いた。


「また待つのか」


「待つ必要があるなら待つしかない」


 レイヴンは淡々と言った。


「ここで勝手に開ければ、確認した内容より、手順を無視したことのほうが問題になる」


 主人公も異論はなかった。


 扉の向こうに何があるのかは気になる。しかし、確認の権限を持たない人間が無理に進めれば、その後の調査そのものが止まる可能性もある。


 管理担当者が外周の確認を続けるため、三人は扉から少し離れた。


 そのとき、主人公は地面に残った轍が、扉の前だけでなく、壁沿いにも続いていることに気づいた。


「レイヴン、こっちを見てください」


 壁沿いの草を避けると、細い跡が斜めに伸びていた。轍というより、何かを引きずったような線だった。


 それは保守区画の扉から離れ、外周の角を回り込むように続いている。


「荷物を引きずった跡か?」


 カイが尋ねた。


「その可能性はある。でも、途中で消えているから、何だったのかまでは分からない」


 レイヴンは跡の始点と終点を撮影した。


「管理側に共有しておく。これも現地確認の対象だ」


 それ以上、無理に追うことはしなかった。


 跡は舗装路の手前で消えており、その先には複数の車両が通った痕跡が重なっていた。ここから先を追跡しても、どれが関係するものなのか判断できない。


 確認を終え、三人が管理担当者と別れたのは、予定より少し早い時間だった。


 帰り道、カイが口を開いた。


「昨日の演習で見つかったものが、実際に使われていた可能性は高そうだな」


「扉が最近触られた可能性と、地面に跡が残っていたことは確認できた。でも、それが昨日の敵と関係しているかは分からない」


「敵が使っていたとしても、誰が何のために使ったのかは別問題か」


「そういうこと」


 主人公は、今回の演習記録を思い返した。


 敵は彼らの移動に合わせて守備位置を変え、いくつもの選択を迫った。その結果、こちらは車両を失いながらも任務を達成した。


 あの作戦が保守区画を守るためだったのか。それとも、まったく別の目的があったのか。


 現時点では、どちらとも言えない。


 レイヴンの端末が鳴った。


 管理側から、追加の連絡が届いたらしい。


 彼は歩きながら内容を読み、途中で足を止めた。


「どうした?」


 カイが尋ねる。


「保守区画の記録について、管理側が別の部署に照会したそうだ」


「何か分かったのか?」


「設備の管理記録は古すぎて、現状と照合できない。ただし、昨日の演習で使われた敵側の配置データにも、北西側の保守区画は登録されていなかった」


 主人公は少し考えた。


「つまり、演習を組んだ側も、あの場所を想定していなかった可能性がある?」


「その可能性はある。だが、敵役の参加者が独自に知っていた可能性も残る」


 レイヴンは連絡を閉じた。


「管理側は、演習データの作成者に確認するそうだ。返答が来るまでは、俺たちができることはない」


 三人は再び歩き始めた。


 演習区域の外に出ると、遠くで次の訓練の準備が始まっていた。車両が移動し、整備担当者が機材を運び、参加者たちがそれぞれの集合場所へ向かっている。


 主人公はその光景を見た。


 自分たちの演習は終わった。ほかの参加者にとっても、今日の訓練は今日の訓練として進んでいく。


 未確認の保守区画が見つかったからといって、すべての活動が止まるわけではない。


 彼らにできるのは、確認できたことと、まだ分からないことを分けておくことだった。


 その日の夕方、演習の正式な評価が届いた。


 任務達成。設備維持。救出対象の全員確保。


 一方、輸送車両の喪失と、初動における情報共有の遅れは改善項目として記録されていた。


 主人公は評価を読み終え、端末を閉じた。


 結果は、彼が予想していたものと大きく変わらなかった。


 ただ一つ、北西側の保守区画については、評価書に一切記載されていなかった。


 演習の達成条件とは無関係だからだろう。


 その判断自体は理解できる。


 しかし、演習の記録と、実際の区域に残っていた痕跡が一致しない以上、別の確認は必要だった。


 主人公は評価書を保存し、保守区画の写真を別の記録として整理した。


 次に確認するのは、管理側からの返答が届いてからでいい。


 今度は、演習の結果を追うのではなく、演習区域そのものに何が残されているのかを確かめることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。