第338章 演習の外側
翌日、管理側から返答が届いた。
北西側の保守区画は、演習区域の拡張前から存在していた設備だった。現在の管理図には位置だけが残され、内部構造や使用状況についての記録はない。
現地確認は認められた。ただし、確認できるのは管理担当者が立ち会う範囲に限られ、扉を開ける場合も管理側の判断を必要とする。
レイヴンは返答を読んでから、主人公とカイを呼んだ。
「今回の演習とは別件として確認する。お前たちは現場を見たわけじゃない。余計な先入観を持たず、記録の確認に付き合ってくれ」
「分かった」
主人公はそう答えた。
演習の続きとして敵を追うのではない。現場に残ったものを確かめるだけだ。
三人が管理担当者と合流したのは、午後だった。
北西側の外周は、普段の訓練で使われる区域から少し離れていた。舗装路が途切れた先には、低い壁と古い保守設備が並んでいる。演習用の目印も、参加者向けの案内表示もなかった。
「この先です」
管理担当者が示した場所に、例の扉があった。
昨日の画像と同じ位置に、二本の轍が残っている。風で土が多少崩れていたが、跡そのものは消えていなかった。
レイヴンは扉に触れず、周囲を確認した。
「車両が通れる幅はあるな」
「ただし、入口の前で切り返す余裕はありません」
管理担当者が答えた。
主人公は扉の脇にしゃがみ込んだ。右手を使わず、左手で地面を指し示す。
「この跡、二本とも同じ深さじゃないですね」
片方の轍は比較的はっきりしている。もう片方は浅く、ところどころ途切れていた。
「車輪の重さが違ったのかもしれないし、地面の状態が違っただけかもしれない」
カイが言った。
「そうだね。これだけでは車両の種類までは分からない」
主人公は立ち上がった。
扉の表面には古い錆が浮いている。しかし、取っ手の周囲だけは、錆が部分的に剥がれていた。
レイヴンもそこに気づいた。
「最近、誰かが触った可能性はあるな」
「管理側で開閉した記録はありません」
担当者が答える。
「ただ、記録がないことと、誰も開けていないことは同じではありません。記録自体が残っていない設備ですから」
その説明に、レイヴンは頷いた。
扉の前で話していても、これ以上は分からない。
管理担当者が正式な手順に従って錠を確認した。外側から操作できる部分に異常はなく、扉を開けるには内部の固定を解除する必要があるという。
「中を確認できますか?」
「管理責任者の許可が必要です。今日は外側の状態確認までという指示です」
カイが小さく息を吐いた。
「また待つのか」
「待つ必要があるなら待つしかない」
レイヴンは淡々と言った。
「ここで勝手に開ければ、確認した内容より、手順を無視したことのほうが問題になる」
主人公も異論はなかった。
扉の向こうに何があるのかは気になる。しかし、確認の権限を持たない人間が無理に進めれば、その後の調査そのものが止まる可能性もある。
管理担当者が外周の確認を続けるため、三人は扉から少し離れた。
そのとき、主人公は地面に残った轍が、扉の前だけでなく、壁沿いにも続いていることに気づいた。
「レイヴン、こっちを見てください」
壁沿いの草を避けると、細い跡が斜めに伸びていた。轍というより、何かを引きずったような線だった。
それは保守区画の扉から離れ、外周の角を回り込むように続いている。
「荷物を引きずった跡か?」
カイが尋ねた。
「その可能性はある。でも、途中で消えているから、何だったのかまでは分からない」
レイヴンは跡の始点と終点を撮影した。
「管理側に共有しておく。これも現地確認の対象だ」
それ以上、無理に追うことはしなかった。
跡は舗装路の手前で消えており、その先には複数の車両が通った痕跡が重なっていた。ここから先を追跡しても、どれが関係するものなのか判断できない。
確認を終え、三人が管理担当者と別れたのは、予定より少し早い時間だった。
帰り道、カイが口を開いた。
「昨日の演習で見つかったものが、実際に使われていた可能性は高そうだな」
「扉が最近触られた可能性と、地面に跡が残っていたことは確認できた。でも、それが昨日の敵と関係しているかは分からない」
「敵が使っていたとしても、誰が何のために使ったのかは別問題か」
「そういうこと」
主人公は、今回の演習記録を思い返した。
敵は彼らの移動に合わせて守備位置を変え、いくつもの選択を迫った。その結果、こちらは車両を失いながらも任務を達成した。
あの作戦が保守区画を守るためだったのか。それとも、まったく別の目的があったのか。
現時点では、どちらとも言えない。
レイヴンの端末が鳴った。
管理側から、追加の連絡が届いたらしい。
彼は歩きながら内容を読み、途中で足を止めた。
「どうした?」
カイが尋ねる。
「保守区画の記録について、管理側が別の部署に照会したそうだ」
「何か分かったのか?」
「設備の管理記録は古すぎて、現状と照合できない。ただし、昨日の演習で使われた敵側の配置データにも、北西側の保守区画は登録されていなかった」
主人公は少し考えた。
「つまり、演習を組んだ側も、あの場所を想定していなかった可能性がある?」
「その可能性はある。だが、敵役の参加者が独自に知っていた可能性も残る」
レイヴンは連絡を閉じた。
「管理側は、演習データの作成者に確認するそうだ。返答が来るまでは、俺たちができることはない」
三人は再び歩き始めた。
演習区域の外に出ると、遠くで次の訓練の準備が始まっていた。車両が移動し、整備担当者が機材を運び、参加者たちがそれぞれの集合場所へ向かっている。
主人公はその光景を見た。
自分たちの演習は終わった。ほかの参加者にとっても、今日の訓練は今日の訓練として進んでいく。
未確認の保守区画が見つかったからといって、すべての活動が止まるわけではない。
彼らにできるのは、確認できたことと、まだ分からないことを分けておくことだった。
その日の夕方、演習の正式な評価が届いた。
任務達成。設備維持。救出対象の全員確保。
一方、輸送車両の喪失と、初動における情報共有の遅れは改善項目として記録されていた。
主人公は評価を読み終え、端末を閉じた。
結果は、彼が予想していたものと大きく変わらなかった。
ただ一つ、北西側の保守区画については、評価書に一切記載されていなかった。
演習の達成条件とは無関係だからだろう。
その判断自体は理解できる。
しかし、演習の記録と、実際の区域に残っていた痕跡が一致しない以上、別の確認は必要だった。
主人公は評価書を保存し、保守区画の写真を別の記録として整理した。
次に確認するのは、管理側からの返答が届いてからでいい。
今度は、演習の結果を追うのではなく、演習区域そのものに何が残されているのかを確かめることになる。




