第328章 先に動いた者
「裏口から離脱できるなら、俺たちが行かなくてもいい」
主人公は地図を見たまま言った。
「ただし、敵が裏口まで回り込んでいるなら話は別だ。もう一度、向こうに確認してくれ」
通信担当が呼びかけたが、返答はなかった。
その直後、中央基地から新たな連絡が入った。
別チームが、中央基地の西側で敵と交戦しているという。敵の数は多くない。しかし、前進するたびに別の方向から攻撃を受け、思うように進めないらしい。
主人公は眉を寄せた。
第二拠点の敵は北側と東側から接近している。中央基地の西側にも敵がいる。
別々の部隊が、それぞれ独立して行動しているのだろうか。
それとも、こちらが複数の場所へ戦力を振り分けるよう、何者かが誘導しているのか。
「中央基地へ向かう予定は変更しない。ただし、第二拠点のチームには、裏口からの離脱を優先するよう伝えてくれ」
「救援は?」
「まだ送らない。向こうが自力で動けるなら、そのほうが早い。無理だとわかった時点で、改めて判断する」
主人公は二人を後方に残し、残る隊員とともに中央基地へ向かった。
途中、予定していた街道を避け、低い建物が並ぶ区域を通過した。
その選択が正しかったかどうかは、すぐにわかった。
街道の先で、別チームが敵の攻撃を受けていた。
敵は道路の両側に配置され、車両が通過できる幅だけを残している。進めば正面から撃たれ、引き返せば後続の敵に追いつかれる。
主人公たちは建物の陰から状況を確認した。
「助けに行くか?」
仲間が小声で尋ねた。
「いや。今、正面から入ったら、俺たちも同じ場所に閉じ込められる」
主人公は道路の反対側を見た。
そこには、崩れた塀の隙間があった。人間なら通れるが、車両は通れない。
「二人は向こう側へ回って、敵の後方を確認してくれ。攻撃する必要はない。相手の人数と、道路の外へ出られる場所があるかだけ見てほしい」
二人が移動した。
残った主人公たちは、別チームに合図を送った。
こちらの存在に気づいた隊員が顔を出す。
主人公は塀の隙間を指し示した。
相手はすぐには動かなかった。
やがて、敵の攻撃が一瞬弱まったところで、別チームの隊員が二人ずつ道路から離れ始めた。
全員が一斉に逃げるのではない。
先に移動した者が次の遮蔽物を確保し、後続がそれを利用する。最後の二人が道路を離れると、敵はようやく異変に気づいた。
だが、追撃を始めたときには、別チームの全員が塀の向こうへ抜けていた。
「助かった。こっちは六人いる。中央基地まで行くつもりだったが、これ以上は厳しい」
別チームの隊長が言った。
「今、中央基地へ向かうのは危険だと思います。東側の経路を使ってください。途中に敵がいる可能性はありますが、少なくとも、さっきの道路で足止めされることはありません」
「お前たちは?」
「俺たちは西側から中央基地へ向かいます」
隊長は少し考えた後、うなずいた。
「了解した。そっちも気をつけろ」
彼らは別々の経路へ進んだ。
その数分後、主人公たちは中央基地の近くまで到着した。
そこで、見慣れないプレイヤーが一人、建物の屋上から飛び降りてきた。
着地と同時に姿勢を低くし、主人公たちの進路を塞ぐように立つ。
武器の扱いも、周囲の確認も、無駄がなかった。
「そこから先は通さない」
相手が言った。
主人公は足を止めた。
「中央基地を守っているのか?」
「そう見えるなら、そう思っていればいい」
相手は短く答えた。
主人公の仲間が武器を構える。
だが、相手は攻撃を仕掛けてこなかった。代わりに、後方の建物へ視線を向けた。
その一瞬、主人公は気づいた。
相手は自分たちを足止めしている。
中央基地を守ることが目的なら、攻撃して人数を減らすか、増援を呼ぶはずだった。ところが、このプレイヤーは一人で進路を塞ぎ、こちらの出方を見ている。
「君一人で、俺たち全員を止めるつもりか?」
「止められるかどうかは、やってみればわかる」
相手は笑わなかった。
主人公は周囲を確認した。
右側には建物の入口がある。左側には細い階段。正面へ進めば相手と交戦することになるが、別の道を使えば中央基地の外周へ回れるかもしれない。
「二人は右側から回ってくれ。残る一人は俺とここにいる。相手を倒す必要はない。中央基地へ進める経路があるか、確認する」
指示を受けた仲間が動いた。
相手は追わなかった。
むしろ、主人公の動きを見ながら、わずかに位置を変えた。
その移動によって、右側の入口が見えにくくなる。
主人公は思わず足を止めた。
この相手は、ただ強いだけではない。
こちらが別の経路を選ぼうとするたびに、その選択を難しくしている。
しかも、無理に戦おうとはしていない。
「……君が、ここの指揮を執っているのか?」
主人公が尋ねた。
「さあな」
相手は答えた。
「ただ、君が何を優先するのかには興味がある」
その言葉の意味を考える間もなく、通信機が鳴った。
第二拠点からだった。
離脱を試みたチームが、裏口の先で敵と遭遇したという。退路は残っているが、負傷者が一人いて、移動が遅れているらしい。
主人公は通信機を握り直した。
中央基地へ進めば、任務達成に近づける。
ここで足止めされ続ければ、時間を失う。
しかし、第二拠点のチームを放置すれば、退路を失う可能性がある。
目の前のプレイヤーは、こちらの返答を待っていた。
「行くのか?」
相手が尋ねた。
主人公は答えなかった。
代わりに、仲間へ指示を出した。
「一人は中央基地への経路を探してくれ。もう一人は第二拠点へ戻る。負傷者を移動させられる場所まで案内してほしい。俺はここで時間を稼ぐ」
「お前一人で?」
「倒す必要はない。こいつが動かないなら、俺も無理に前へ出ない」
仲間たちはすぐに動いた。
相手はその様子を見ていたが、やはり追撃しなかった。
しばらくして、彼は武器を下ろした。
「面白い判断だな」
「何が?」
「中央基地を取ることだけを考えているなら、仲間を戻す必要はない。だが、君は任務を捨てたわけでもない」
相手は一歩、後ろへ下がった。
「次に会うときは、もう少し違う状況でやろう」
そう言い残し、彼は建物の陰へ消えた。
主人公はすぐに追わなかった。
相手を追えば、中央基地へ向かう仲間との連絡が途切れる。第二拠点へ戻った仲間の状況も確認できなくなる。
今は、目の前の相手を倒すことより、残った仕事を終わらせる必要があった。
やがて、二つの報告が届いた。
中央基地への経路は確保できた。ただし、敵の増援が接近している。
第二拠点のチームは負傷者を連れて移動を始めた。速度は遅いが、全員が動けているという。
主人公は、最後にもう一度、相手が消えた建物を見た。
あのプレイヤーは、中央基地を守るだけなら、もっと直接的な行動を取れたはずだ。
それでも、彼は戦闘を避け、主人公たちの判断を見ていた。
偶然、そこに居合わせただけの相手ではない。
そう感じたが、今の時点では確かなことは何もなかった。
主人公は中央基地へ向かった。
任務の制限時間は、まだ残っている。
そして、今回の戦場には、これまでとは違う種類の敵がいる。
ただ戦って勝つだけでは、相手の意図に届かない。
それでも、相手の意図を知ることだけに時間を使えば、目の前の任務を失う。
主人公は、その両方を抱えたまま、仲間の待つ場所へ走った。




