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観客のいない世界  作者: 亀


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第326章 勝手に決めた代償

合同任務の前日、主人公たちはレイヴンから新しい訓練を言い渡された。


内容は、輸送車両を二台、指定された拠点まで護衛すること。


ただし、今回は隊長を一人に固定しない。


最初の拠点までは主人公が判断する。その後は、別の隊員が指揮を引き継ぐ。通信が遮断された場合には、現場にいる者がそれぞれの状況に応じて行動する。


「途中で指揮を引き継ぐ意味は?」


同行する隊員が尋ねた。


「最初に判断した人間が、最後まで正しいとは限らないからだ」


レイヴンはそれだけ答えた。


訓練が始まった。


主人公たちは車両の前後に分かれ、予定された街道を進んだ。最初の拠点までは順調だったが、到着直前、敵の小隊が右側の丘から現れた。


敵は車両を直接攻撃せず、護衛の一部を丘へ引きつけようとした。


主人公はすぐに隊員の一人へ指示を出した。


「二人で丘の下を警戒してくれ。追いかける必要はない。残りは車両を拠点まで進める」


「了解」


隊員たちは動いた。


敵の狙いは、護衛を車両から引き離すことだったらしい。こちらが深追いしなかったため、敵はしばらく射撃を続けた後、丘の向こうへ退いた。


第一拠点に到着すると、主人公は指揮を次の隊員へ引き継いだ。


「ここから先は君が決めてくれ。俺は護衛の一人として動く」


「わかった」


新しい指揮役は地図を確認し、第二拠点へ向かう経路を選んだ。


正面の道路は距離が短い。一方、東側の経路は遠回りだが、遮蔽物が多い。


「東側を通る。敵が待ち伏せしていても、車両を隠せる場所がある」


その判断に、別の隊員が異議を唱えた。


「遠回りしすぎる。制限時間に間に合わない可能性がある」


「正面に敵がいたら、もっと時間を失う」


「東側だって安全とは限らないだろ」


主人公は二人のやり取りを聞いていた。


以前なら、自分が間に入って判断をまとめていただろう。


だが、今は指揮を引き継いだばかりだった。現場の情報を持っているのは彼らであり、自分が口を出せば、結局は元の指揮役に判断が戻ってしまう。


「東側を進む。時間が厳しくなったら、途中で判断し直す」


指揮役はそう決めた。


車両は東側の経路へ入った。


しばらく進むと、道路の先に敵の姿が見えた。敵は遮蔽物を利用して待ち伏せしており、車両が近づくのを待っていた。


「停止!」


指揮役が叫んだ。


車両は急停止した。


敵の攻撃が始まる。護衛は左右へ散り、車両を遮蔽物の陰へ移動させようとした。


そのとき、指揮役が予想外の判断を下した。


「前方の敵を引きつける。二人は右側から回り込んでくれ。残りは車両を動かす」


「待ってくれ。右側の地形がわからない」


主人公が言った。


「ここで止まっていたら、車両が撃たれる」


「だからといって、確認せずに回り込ませるのは危険だ」


「確認している時間がない!」


指揮役は強い口調で返した。


その間にも敵の射撃は続いていた。


指揮役の判断には理由があった。車両を動かさなければ、敵の攻撃を受け続ける。正面から突破するのも難しい。


しかし、右側の地形が不明なまま、二人を送り込む危険もあった。


主人公は一度だけ、右側の隊員を見た。


彼らは指揮役の命令を待っていた。


「右側へ行く前に、入口だけ確認しよう。二人とも、敵を見つけても交戦せずに戻る。それなら時間はかからない」


指揮役は数秒間、主人公を見た。


そして、うなずいた。


「入口の確認を優先する。二人、行ってくれ」


二人が移動した。


数十秒後、報告が入った。


右側の道は途中で崩れており、車両は通過できない。さらに、奥には敵が一人待機していた。


もし先ほどの命令どおりに進んでいれば、二人は敵と遭遇し、車両も進めなくなっていた可能性が高い。


指揮役は短く息を吐いた。


「正面を突破するしかないか」


「いや」


主人公は地図を確認した。


「車両を通すことだけを考えるなら、ここで敵を排除する必要はない。後方にある分岐路まで戻って、北側の道路へ出よう。遠回りになるけど、車両が通れる」


「時間が足りなくなる」


「そうかもしれない。だが、ここで無理に突破して車両を失えば、時間以前の問題になる」


指揮役は地図を見た。


数秒後、彼は後退を命じた。


車両は分岐路まで戻り、北側の道路へ進んだ。敵は追撃してきたが、護衛が距離を保って対応したため、大きな損害は出なかった。


第二拠点に到着したとき、制限時間は残りわずかだった。


二台の車両は無事に到着した。


しかし、任務終了の直前、別のチームから連絡が入った。


彼らは東側の道路を進んでおり、待ち伏せしていた敵に進路を塞がれたという。こちらが北側へ迂回したため、予定していた援護も間に合わなかった。


結果として、主人公たちの輸送任務は成功したものの、合同任務全体では一チームが脱落した。


訓練終了後、レイヴンは指揮役の隊員を呼び止めた。


「右側の道を確認せずに進ませようとした理由は?」


「車両を止めておけなかったからです。あのままでは、正面の敵に攻撃され続けると思いました」


「それは事実だ。では、なぜ命令を変えた?」


「右側が通れないとわかったからです。最初の判断にこだわっても、状況はよくならない」


「最初の判断が間違っていたと認めたわけか」


「はい」


指揮役は少し不満そうに続けた。


「ただ、あの場で主人公が言わなかったら、俺は二人を進ませていたと思います」


レイヴンは主人公を見た。


「お前は、なぜ止めた?」


「右側の道が通れないと確信していたわけではありません。通れるかどうかわからない状態で、二人を進ませる危険が大きいと思っただけです」


「なら、あの指揮役が命令を変えなかったら?」


主人公は答えるまでに少し時間をかけた。


「二人に確認を頼むつもりでした。命令を無視して、勝手に別の行動を取るつもりはありません」


「その二人が命令どおりに進んでいたら?」


「……結果を見てから、指揮役と話し合います」


レイヴンは小さくうなずいた。


「それでいい。だが、忘れるな。お前が正しいと思う判断と、現場で採用された判断は、必ずしも一致しない。指揮を任せるというのは、相手が失敗する可能性も受け入れることだ」


主人公は黙って聞いていた。


自分が判断を任せた結果、仲間が危険な命令を出すこともある。


それを止めるべきか、従うべきか、どこまで介入するべきか。


簡単な答えはなかった。


レイヴンは続けた。


「ただし、指揮を任せたからといって、何も言わずに失敗を見届けろという意味でもない。必要な情報があるなら伝えろ。判断する権限を奪わずに、判断材料を増やす方法を考えろ」


主人公は、先ほどの場面を思い返した。


彼は指揮役の判断を否定したかったわけではない。


ただ、右側の道が通れない可能性を、相手が十分に考慮していないと感じたのだ。


もし自分が「その判断は危険だ」と言うだけで終わっていたら、指揮役は反発したかもしれない。


入口を確認するという、別の選択肢を示したからこそ、命令を変える余地が生まれた。


訓練場を出ると、先ほど指揮を執った隊員が追いついてきた。


「一つ聞いていいか」


「何?」


「お前は、俺が失敗すると思っていたのか?」


主人公は少し考えた。


「可能性はあると思っていた。でも、俺の判断がいつも正しいわけじゃない」


「それでも、さっきは止めた」


「止めたかったのは、お前じゃない。確認できていない危険を、そのまま通すことだ」


隊員はしばらく黙っていた。


やがて、納得したようにうなずいた。


「次は、俺も確認してから決める。ただし、時間がないときは、危険を承知で動くこともある」


「そのときは、何を優先したのか教えてくれ。俺も、自分の考えを伝える」


二人はそこで別れた。


主人公は端末を取り出し、次の合同任務の予定を確認した。


同じ敵指揮官が参加する。


相手がこちらの選択肢を狭めることを前提に動くなら、今度は味方の判断そのものを利用してくるかもしれない。


彼は、右手を軽く開閉した。


まだ痛みは残っている。


今の自分は、前線で敵を押し返すことも、仲間を力ずくで救い出すこともできない。


それでも、戦場でできることは一つではなかった。


誰かが動く前に危険を見つけること。


誰かが迷ったときに、別の選択肢を示すこと。


そして、自分の判断が採用されなかったときにも、仲間と一緒に結果を引き受けること。


次の任務では、それらすべてを同時に求められるかもしれない。


主人公は端末をしまい、訓練場を後にした。

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