第325章 指示が届かない場所
次の合同任務まで、三日あった。
主人公はレイヴンに頼み、少人数の実戦形式訓練を組んでもらった。
条件は単純だった。
四人一組で二つの拠点を確保し、指定された物資を運び出す。ただし、任務の途中で通信が遮断される。通信が回復するまで、各隊員は現場の状況に応じて行動しなければならない。
「今回は、君が指揮を執らない」
開始前、レイヴンはそう告げた。
主人公は顔を上げた。
「誰が指揮するんですか」
「決めるのは君じゃない」
レイヴンが視線を向けた先には、以前の合同任務で独断行動を取った隊員がいた。
「俺か?」
「現場で判断しろ。ただし、指示を出す役と、それに従う役を固定するつもりはない」
隊員は少し困ったように頭をかいた。
「要するに、俺たちで勝手にやれってことか」
「勝手に動くことと、自分で判断することは違う。そこを間違えるな」
開始の合図が鳴った。
四人は第一拠点へ向かった。
先頭を進んだ隊員は、最初の交差路で足を止めた。正面には敵の姿がない。右手の建物には二階へ続く階段があり、左手には狭い通路が延びている。
「右から行こう。上から見れば、第二拠点までの経路も確認できる」
彼が言った。
別の隊員が首を振る。
「上に敵がいたら、階段を上がった時点で逃げ道がなくなる。左の通路から裏へ回ったほうがいい」
「でも、裏に敵がいたらどうする?」
「それを確認するんだろ」
二人の意見は食い違った。
主人公は口を開きかけたが、やめた。
自分が判断すれば、話は早い。
だが、それでは今回の訓練にならない。
「俺は左を確認する。反対するなら、代わりの案を出してくれ」
先頭の隊員はそう言い、左の通路へ進んだ。
主人公と残る二人は、少し距離を取って後を追った。
通路の先には敵が二人いた。
先頭の隊員はすぐに後退したが、その動きを見た敵が追撃を始めた。
「建物の中へ!」
別の隊員が叫んだ。
四人は近くの建物へ入り、内部の通路を使って敵の追撃をかわした。
ここまでは大きな問題ではなかった。
問題が起きたのは、建物を抜けた直後だった。
通信機が一斉に沈黙した。
同時に、第二拠点の方向から爆発音が響いた。
主人公は通信機を確認した。信号は戻らない。
「どうする?」
先頭の隊員が尋ねた。
主人公は答えなかった。
第二拠点へ向かえば、敵の攻撃を受けている味方を助けられるかもしれない。しかし、現在地からは敵の配置がわからない。第一拠点に戻っても、すでに敵が占拠している可能性がある。
一人が第二拠点へ向かおうとした。
「待て。あの爆発だけで、救援が必要だと決めるのは早い」
主人公が言った。
「でも、味方がやられているかもしれない」
「そうだ。だから、まず見える位置まで移動する。ただし、全員で突っ込まない」
先頭の隊員は二人を連れ、建物の外壁沿いに移動した。
主人公は最後尾についた。
右手に力を入れると、まだ鈍い痛みが残っていた。無理に武器を構えて前へ出ることはできない。だからこそ、今の自分にできる範囲で周囲を見続けた。
角を曲がる直前、主人公は地面に残る車輪の跡に気づいた。
訓練用の輸送車両が、第二拠点とは反対の方向へ移動している。
「待ってくれ」
彼は先頭の隊員を止めた。
「車両が動いている。敵が物資を運び出している可能性がある」
「それなら、そっちを追うのか?」
「まだ決めない。第二拠点の状況を確認してからだ」
四人は角から少しだけ顔を出した。
第二拠点の入口では、味方の一人が遮蔽物に隠れていた。その奥では敵が二人、入口を警戒している。爆発は拠点の外壁を破壊するためのものだったらしい。少なくとも、味方が全滅したわけではない。
先頭の隊員はすぐに動こうとした。
「今なら、横から攻撃できる」
「二人だけとは限らない」
主人公は答えた。
「入口の敵が二人見えているだけだ。建物の中に何人いるかはわからない」
「じゃあ、見ているだけか?」
「いや。俺たちがここにいることを知らせれば、入口の味方が動けるかもしれない」
彼は壁を二度叩き、味方に合図を送った。
入口にいた隊員がこちらを向いた。
主人公は指で退路を示した。相手はすぐには動かなかったが、少し待つと、建物の裏側へ移動を始めた。
敵の一人がその動きに気づき、入口から離れた。
その瞬間、先頭の隊員が横から接近し、敵の注意を引きつけた。残る二人は味方の退路を確保する。
短い交戦の後、第二拠点にいた味方が合流した。
「助かった。あいつら、俺たちをここに釘づけにするつもりだったみたいだ」
味方は息を整えながら言った。
「敵の輸送車両を見たか?」
主人公が尋ねた。
「ああ。物資を積んで、北側へ向かった。追おうとしたけど、入口を塞がれて動けなかった」
主人公は北側の道路を見た。
敵は第二拠点を攻める一方で、物資を別の場所へ運んでいた。通信が切れた状況で、四人がどちらを優先するか判断する必要があったのだ。
「物資を追う。だけど、全員では行かない」
彼はそう言ってから、先頭の隊員を見た。
「君が二人を連れて追跡してくれ。無理に奪い返す必要はない。車両の行き先と、敵の人数だけ確認してくれ」
「お前は?」
「ここに残る。第二拠点の味方と一緒に、退路を確保する」
先頭の隊員は一瞬考えた後、うなずいた。
「わかった。敵を見失っても、追い続けない」
「そうしてくれ」
三人が北へ向かった。
主人公は残った隊員と第二拠点の味方を連れ、建物の裏側から離脱した。途中で敵の巡回と遭遇したが、正面から戦うことは避け、別の通路へ迂回した。
やがて通信が回復した。
追跡班から報告が入った。
敵は物資を北側の仮設拠点へ運んでいた。護衛は五人。追跡班は発見されたため、それ以上の接近を断念し、こちらへ戻っているという。
訓練終了の合図が鳴った。
結果は、第一拠点の確保に失敗。物資の奪還にも失敗した。一方、第二拠点の味方は全員離脱し、敵の物資輸送先を確認できた。
勝利とは言い難い結果だった。
それでも、レイヴンは最初に指揮を執った隊員へ尋ねた。
「通信が切れたとき、なぜ第二拠点へ向かった?」
「爆発があったからです。味方が動けなくなっている可能性が高いと思いました」
「では、なぜ途中で全員を突入させなかった?」
「敵の人数がわからなかったからです。見えている二人だけを相手にしても、建物の中から増援が来たら逃げられなくなる」
レイヴンはうなずき、今度は主人公を見た。
「お前は、なぜ追跡班と別れた?」
「物資を取り戻すことだけ考えれば、全員で追ったほうがよかったかもしれません。でも、第二拠点の味方が離脱できなければ、敵の追撃を受ける可能性がありました。それに、追跡班が敵を見失った場合、全員で移動していたら、こちらの状況もわからなくなります」
「最初から、その判断ができたか?」
主人公は少し間を置いた。
「いいえ。車両の跡に気づかなければ、第二拠点の救援だけで終わっていたと思います」
レイヴンは否定も肯定もしなかった。
「現場で見える情報は限られている。だから、判断を一つにまとめる必要はない。誰かが敵を追い、誰かが味方を守る。だが、役割を分ければ、それぞれの場所で別の危険が生まれる」
彼は訓練場を見渡した。
「次は、その危険を引き受ける側にも、判断する権限を持たせろ。指示を待たせるだけでは、通信が切れた瞬間に全員が止まる」
主人公は、追跡班が戻ってきた方向を見た。
今回、自分はすべてを指示しなかった。
それでも仲間は動き、必要な情報を持ち帰った。
ただし、物資は奪還できず、最初の目標も達成できなかった。判断を分けることは、失敗をなくす方法ではない。失敗が起きたとき、誰が何を失うかまで変える方法だった。
訓練場を出る直前、先頭を務めた隊員が主人公に声をかけた。
「次は、最初から俺が判断してもいいか?」
「もちろん。ただし、判断した理由は聞かせてほしい」
「それなら、お前も自分の考えを隠すなよ。俺たちが間違えたとき、何を見落としたのか知りたい」
主人公はうなずいた。
次の合同任務では、同じ敵指揮官が参加する予定だった。
相手がこちらの選択肢を狭めてくるなら、こちらも一人の判断に頼らない形を作る必要がある。
だが、そのためには、仲間に判断を任せるだけでは足りない。
仲間が自分とは違う判断をしたとき、その結果まで一緒に引き受けられるか。
主人公は、まだその答えを持っていなかった。




