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観客のいない世界  作者: 亀


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第324章 退路が二つあるとは限らない

輸送路をめぐる合同任務は、開始直後から騒がしかった。


三つの拠点を結ぶ道路があり、その途中には二つの中継地点と、一つの旧市街がある。参加する六チームのうち、三チームは輸送車両の護衛、二チームは中継地点の確保、残る一チームは敵の妨害を排除する役割を与えられていた。


主人公のチームは、輸送車両の護衛だった。


「今回は、逃げ道を二つ用意すればいいのか?」


出発前、同行する一人が尋ねた。


「二つ用意するだけじゃ足りない」


主人公は地図を見ながら答えた。


「どちらも使えなくなったとき、何を捨てて、どこまで戻るか。それも決めておきたい」


「輸送車両を捨てるのか?」


「状況による。車両を守るために全員が動けなくなったら、護衛そのものが失敗する」


彼は右手をかばいながら、地図上の三つの経路を順番に指した。


正面の街道。旧市街を通る細い道。中継地点の裏側を抜ける未舗装路。


ただし、最後の道は車両が通れるかどうか、事前の情報だけでは確信できなかった。


「ここは実際に通れるか確認しておく。通れなければ、最初から別の判断をする」


「つまり、三つ目は逃げ道じゃなくて、確認待ちってことか」


「そういうこと」


主人公はうなずいた。


レイヴンは少し離れた場所で、そのやり取りを聞いていたが、何も言わなかった。


開始の合図が鳴った。


輸送車両が動き出すと、主人公たちは左右に分かれ、街道の前後を警戒した。最初の中継地点までは、敵の姿は見えなかった。


静かすぎる。


そう感じたのは、旧市街の入口に差しかかったときだった。


「前方、道路に障害物!」


先頭の隊員が叫んだ。


倒れた輸送用コンテナが道を塞いでいた。車両は急停止し、後方から来ていた別チームの護衛も動きを止める。


その直後、建物の二階から射撃が始まった。


主人公は近くの壁に身を寄せた。


敵は正面から車両を破壊しようとしているのではない。道路を塞ぎ、護衛を足止めし、隊列をまとめて撃ちやすい場所に集めようとしていた。


「車両を後退させる。中継地点の裏道へ!」


彼が指示を出すと、隊員の一人がすぐに反対した。


「裏道は狭い。そこに敵がいたら、今度は前後から挟まれるぞ」


「だから先に確認する。二人は裏道の入口まで行って、通行できるかだけ見てくれ。敵と交戦する必要はない」


二人が移動した。


残る隊員は車両の周囲を守り、主人公は別チームへ連絡を試みた。だが、通信には短いノイズが混じり、返答が途切れた。


その瞬間、旧市街の奥から敵が現れた。


「裏道の確認を急がせろ!」


「確認班から連絡! 道は通れる。ただし、出口側に敵が二人いる!」


主人公は地図を見た。


裏道を進めば、出口の敵と戦うことになる。正面へ戻れば、建物の上から撃たれ続ける。さらに、輸送車両の後方には別チームの車両がいる。自分たちだけが後退すれば、後続の隊列まで混乱する。


逃げ道は二つある。


しかし、二つとも自分たちの都合だけでは使えない。


「後続チームに伝えてくれ。車両をその場で止めて、道路の右側に寄せる。こちらは裏道の出口を確保する。通路が開いたら、車両を一台ずつ通す」


「出口の敵を排除するのか?」


「排除できるなら。無理なら、引きつけて車両を通す」


主人公は一度言葉を切った。


「ただし、出口が開かない場合は車両を通さない。こちらが先に引く」


指示を受けた隊員たちは動き出した。


主人公自身は前に出なかった。右手はまだ強く握り込むと痛みが走る。武器を持って敵を押し切る役割は、今の自分には務まらない。


その代わり、彼は隊員の位置と車両の間隔を見ていた。


出口側の敵は二人だけだったが、無理に突破しようとすれば、車両が狭い道の途中で止まる。そうなれば、後続の車両も動けなくなる。


味方の一人が遮蔽物を使って敵の注意を引き、もう一人が側面から距離を詰めた。


短い交戦の末、出口の敵は後退した。


「通れる!」


連絡が入った。


先頭の車両が裏道へ進む。車体が道幅ぎりぎりを通過し、出口を抜けた。


だが、二台目が入ろうとしたところで、背後から爆発音が響いた。


正面の街道に、新たな障害物が投げ込まれたのだ。


敵は裏道を完全に塞ぐつもりではなかった。最初の車両を通してから、残りの隊列を分断しようとしていた。


「二台目を止めろ!」


主人公が叫んだ。


車両が急停止する。


その直後、裏道の出口側からも敵の増援が現れた。


先に通過した一台は安全圏に近づいていたが、残りの車両はまだ狭い道の中にいる。後方へ戻れば正面の敵に狙われ、前へ進めば出口の敵に接近することになる。


「先に通った車両を戻すか?」


隊員が尋ねた。


「戻さない。あの車両まで止めたら、全員が動けなくなる」


主人公は通信機を握った。


「先行車両は中継地点まで進め。そこで待機して、後続のための援護位置を取ってくれ。こっちは二台目をいったん後退させる」


「後ろは塞がれてるぞ!」


「完全には塞がれていない。最初の角まで戻れる。そこから車両を降りて、徒歩で脇道を抜ける」


「輸送物資は?」


「車両に残す。持ち出そうとして時間を使うな」


その判断に、隊員の一人は不満を隠さなかった。


「ここまで守ってきたのに、物資を置いていくのか」


「ここで全員が捕まったら、物資も車両も失う。今は人員を残す」


主人公は言い切った。


二台目の車両は角まで後退し、隊員たちは徒歩で脇道へ移動した。敵の射撃が近づく中、先行車両から援護が入る。全員が中継地点へ到着したとき、輸送任務の制限時間は残りわずかになっていた。


結果は、部分的な成功だった。


一台は中継地点に到着した。もう一台は車両ごと放棄され、輸送物資の一部も失われた。護衛チームの損耗は避けられたが、任務の達成条件は満たせなかった。


戦闘終了後、主人公は地図を閉じた。


「今回は、何が悪かったと思う?」


レイヴンが尋ねた。


「道を二つ確保しても、敵が両方に同時に圧力をかければ、どちらも使えなくなる。経路の数だけでは足りませんでした」


「それだけか」


主人公は少し考えた。


「最初に車両を一台ずつ通すと決めた時点で、敵が隊列を分断しようとする可能性を考えるべきでした。先行車両が通過した後、残りの車両をどう守るかまで決めていなかった」


「では、最初から全車両を同時に動かせばよかったのか?」


「それも違います。道幅が足りないから、同時には通せない。必要だったのは、通過の順番だけじゃなくて、途中で隊列が分かれた場合の指示です」


レイヴンは地図に目を落とした。


「敵は、お前たちの退路を塞いだんじゃない」


主人公は顔を上げた。


「お前たちが、何を守るためにどこまで進むのか。それを利用して、選べる行動を減らした」


「……はい」


「次は、守る対象が分かれたときに、誰が何を判断するのか決めろ。お前一人が全部を見ていたら、通信が途切れた瞬間に指揮が止まる」


主人公は返事をしなかった。


自分は、全員を生きて帰すために判断していた。


けれど、その判断を自分一人で抱えている限り、仲間が自分の見ていない場所で何をすべきかは曖昧なままだ。


次に同じ状況が起きたら、今度は誰かが自分の指示を待たずに決めなければならない。


そして、その判断が自分の考えと違っていたとしても、現場の情報が正しければ、受け入れなければならない。


彼は地図をもう一度開いた。


失った車両の位置を確認し、それから、先行車両が到着した中継地点に印をつける。


今回の任務は失敗だった。


だが、失敗した場所は、次に考えるべき場所として残った。


その夜、彼の端末に短いメッセージが届いた。


送り主の表示はなかった。


『次は、君が指示を出せない状況になるかもしれない』


それだけだった。


主人公はしばらく画面を見つめた後、返信せずに端末を伏せた。


今は、誰が送ったのかを考えるより、次の任務で自分が何を変えるべきかを考えたかった。

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