第323章 救援の代償
補給拠点に近づくにつれ、銃撃音が大きくなった。
味方チームは倉庫の裏側に追い込まれていた。マップ上では三人の位置が重なり、その周囲を敵の反応が取り囲んでいる。
彼は足を止めた。
「まず、敵の配置を確認します。こちらから攻撃を始めるのは、そのあとです」
戦闘型の選手が倉庫の壁際に身を寄せた。
「中の三人が持ちこたえられるとは限らない。急いだ方がいい」
「急ぎます。ただ、入口から入れば、僕たちも同じ場所に閉じ込められる可能性があります」
偵察型の選手が周囲を確認した。
「北側に車両置き場がある。そこから倉庫の裏へ回れるかもしれない。ただし、敵がいるかどうかは分からない」
彼はマップに経路を表示した。
北側から進めば、倉庫の裏へ近づける。
しかし、車両置き場を通過するには、敵の射線が通る空間を横切らなければならない。
「全員で北側へ向かうのは危険です。二人で車両置き場を確認し、残り二人はこの位置から敵の動きを監視しましょう」
経験者がうなずいた。
「俺と偵察型で行く。敵を見つけても、無理には仕掛けない」
「お願いします。敵の位置と、倉庫の裏へ抜けられるかどうかを確認してください」
二人が移動を始めた。
彼と戦闘型の選手は、倉庫の入口から少し離れた遮蔽物の陰に残った。
通信を開くと、救援を求めたチームから返事が届いた。
『敵が入口を押さえている。こちらは三人。物資は確保できていない』
「脱出経路はありますか?」
『西側にあるが、敵が一人待ち構えている。今は動けない』
彼は西側の経路を確認した。
敵が一人なら、こちらが位置を知らせるだけでも、味方チームが移動できる可能性はある。
しかし、敵が待ち構えている理由が分からない。
「西側の敵は、ずっと同じ場所にいますか?」
『確認できる範囲では動いていない』
彼は少し考えた。
敵が西側を塞ぐことを優先しているなら、倉庫の入口にいる敵は、救援チームを内部に留める役割を担っているのかもしれない。
反対に、西側の敵が囮で、実際には別の部隊が脱出経路を狙っている可能性もあった。
「こちらが北側から接近します。敵の動きが変わったら、すぐに知らせてください。今は無理に脱出しないでください」
『了解した』
通信を切ると、戦闘型の選手が尋ねた。
「救援に来たことは伝わった。あとは敵を引きつければいいんじゃないか?」
「敵を引きつけるだけなら、こちらの位置を知らせればできます。でも、敵が動いたあとに、味方がどこへ逃げられるかを確認しておきたいんです」
「逃げ道を確保してから動く、ということか」
「はい。少なくとも、逃げ道がない場所へ敵を誘導するのは避けたいです」
そのとき、偵察型の選手から連絡が入った。
『車両置き場に敵はいない。倉庫の裏側へ抜けられる。ただし、裏口の近くに装甲障害物がある。通路は狭い』
彼はマップを拡大した。
狭い通路なら、敵が複数いても同時には攻め込めない。
だが、味方チームがそこへ移動する際に、敵に追われれば危険だった。
「分かりました。二人はそのまま裏口の位置を確認してください。こちらは敵の注意を引きつけます」
彼は戦闘型の選手と目を合わせた。
「敵を倒す必要はありません。倉庫の入口にいる敵をこちらへ向かせて、その間に味方が裏口へ移動できる時間を作ります」
「了解。どのくらい引きつける?」
「三十秒を目安にします。ただし、敵がこちらへ集中したら、それ以上は続けません」
二人は遮蔽物を移動し、倉庫の入口が見える位置へ進んだ。
彼は一瞬だけ姿を見せた。
敵の一人がこちらを向く。
続いて、もう一人が射撃位置を変えた。
彼はすぐに遮蔽物へ戻った。
「敵が二人、こちらを確認しました」
戦闘型の選手が反対側から短い牽制を入れる。
倉庫の入口を守っていた敵が、少しずつ外へ出てきた。
その間に、偵察型の選手から連絡が届いた。
『裏口付近の敵が移動を始めた。西側へ向かっている』
彼は眉をひそめた。
敵は倉庫の入口だけでなく、裏口も監視していた。
こちらが注意を引きつけたことで、裏口の敵が別の経路へ動いたのかもしれない。
あるいは、味方チームが移動を始めたことを察知した可能性もある。
「救援チームへ連絡してください。裏口への移動は、まだ始めないように」
偵察型の選手が返事をした。
しかし、その直後だった。
倉庫の内部から、警告音が鳴った。
『敵が内部へ侵入! こちらの位置が割れた!』
救援チームの声が通信に響いた。
彼はマップを確認した。
敵の一人が倉庫の入口を離れ、別の経路から内部へ入ったらしい。
これ以上、外側で敵を引きつけても、内部の三人が危険になるだけだった。
「作戦を変更します。戦闘型の選手は入口付近の敵を牽制してください。僕は裏口へ向かいます。偵察型の選手と合流し、味方の脱出経路を確保します」
戦闘型の選手が一瞬、彼を見た。
「一人で行くのか?」
「偵察型の選手と合流します。右手での戦闘はできませんが、経路の確認ならできます」
「分かった。だが、危険だと判断したらすぐに引き返せ」
「はい」
彼は北側の通路へ走った。
⸻
裏口へ到着すると、偵察型の選手が装甲障害物の陰で待っていた。
「内部に敵が入った。西側へ移動した敵は、まだ戻っていない」
「裏口から出られそうですか?」
「出られる。ただし、三人が同時に通るのは難しい。順番に出る必要がある」
彼は通信を開いた。
「裏口は使えます。ただし、順番に移動してください。最初の一人が外へ出たら、次の一人が続きます。全員が出たあと、こちらで合流します」
『分かった。今から移動する』
倉庫内部の通信が途切れた。
彼は障害物の向こうを確認した。
裏口の先は細い通路で、その先に車両置き場がある。
敵が戻ってくるまでに、三人が通過できるかどうか。
残り時間は五分を切っていた。
最初の味方が姿を現した。
周囲を確認し、通路へ入る。
二人目も続いた。
ところが、三人目が裏口から出ようとした瞬間、倉庫内部から敵の足音が聞こえた。
敵が追いついたのだ。
「急いでください!」
彼が声を上げた。
三人目は裏口を抜けたが、敵も同時に姿を現した。
偵察型の選手が牽制する。
彼は右手を使わず、障害物の陰から敵の位置を報告した。
「敵が一人、裏口にいます。もう一人が内部から接近中!」
味方三人は車両置き場へ走った。
しかし、敵の一人が追撃を続けている。
戦闘型の選手が入口側から合流し、追撃してきた敵の進路を遮った。
「全員、北側へ移動しろ!」
彼は戦闘型の選手の声を聞き、すぐに移動を始めた。
四人がそろった。
救援チームの三人も、ようやく車両置き場の奥まで到達した。
だが、出口まではまだ距離がある。
彼はマップを確認した。
北側の通路を抜ければ、最短で脱出できる。
しかし、その先には敵の反応が一つあった。
西側へ移動した敵が、戻ってきた可能性がある。
「北側の出口には敵がいるかもしれません。全員、少し速度を落として、角の手前で位置を確認します」
救援チームの一人が声を上げた。
「そんな余裕はない! 追いつかれる前に走った方がいい!」
彼は相手を見た。
確かに、ここで立ち止まれば、後方の敵が追いつくかもしれない。
しかし、前方に敵がいる状態で全員が突っ込めば、今度は出口の手前で挟まれる可能性がある。
「確認は短時間で済ませます。十秒だけください」
彼は偵察型の選手とともに、角の向こうを確認した。
敵が一人、通路の奥にいる。
こちらにはまだ気づいていない。
「敵は一人です。右側の遮蔽物を使えば、交戦を避けて通過できる可能性があります」
救援チームの一人が尋ねた。
「倒した方が早くないか?」
「倒せる保証はありません。こちらには負傷者もいます。通過できるなら、戦わずに進みます」
彼は全員の位置を確認した。
「先頭は偵察型の選手。次に救援チームの三人。戦闘型の選手は最後尾をお願いします。僕は救援チームの後ろにつきます」
七人が一列になり、遮蔽物の間を進んだ。
敵は一瞬、こちらの動きに気づいた。
しかし、すぐには攻撃してこなかった。
全員が通路を抜ける。
その直後、後方から銃撃音が響いた。
敵が追撃してきたのだ。
彼らは速度を上げ、脱出エリアへ向かった。
残り時間、一分四十秒。
最後の一人が脱出判定区域へ入った瞬間、任務終了の表示が出た。
救援チームの物資確保任務は失敗。
だが、三人全員が脱出に成功した。
彼ら自身の任務も、追加目標の達成には至らなかった。
それでも、誰も脱落しなかった。
⸻
訓練終了後、救援チームの一人が彼に近づいた。
「助かった。正直、途中で全滅すると思っていた」
「無事に脱出できてよかったです」
「でも、物資は取れなかった。君たちも任務を達成できなかったんだろう?」
「はい」
「それでも、助けに来てよかったと思うか?」
彼はすぐには答えなかった。
今回の救援で、彼らは自分たちの任務を達成できなかった。
救援チームも物資を確保できず、戦力を消耗した。
結果だけを見れば、誰も得をしていないようにも見える。
しかし、救援に向かわなければ、三人は敵に囲まれたまま脱出できなかったかもしれない。
一方で、救援に向かうことが常に正しいわけでもない。
助けるために別のチームが全滅すれば、損失はさらに大きくなる。
「助けに来たこと自体が正しかったかどうかは、まだ判断できません」
彼は答えた。
「ただ、今回は全員が脱出できました。次に同じ状況になったら、救援に向かうかどうかを決める前に、相手の状態と、自分たちが失うものをもう少し確認したいです」
相手は少し考えたあと、うなずいた。
「分かった。次は、こちらももっと早く状況を伝える」
彼は礼を言い、訓練記録を開いた。
通信塔を確保したことは、敵にこちらの位置を知らせる結果にもなった。
救援に向かったことで、自分たちの任務は達成できなかった。
しかし、敵の動きを知り、別のチームが脱出する時間を作ることができた。
一つの行動には、複数の結果がついてくる。
どれか一つだけを見て、成功か失敗かを決めることはできない。
そのとき、合同任務の運営画面に結果速報が表示された。
六組のうち、任務を完全に達成したのは二組だけだった。
残る四組は、目標の一部を達成したか、途中で撤退していた。
そして、敵側の指揮官の評価欄には、短い記述が表示されていた。
『敵部隊の配置変更により、三組の任務経路を制限。通信塔の一時確保を許容し、情報取得後の移動先を限定した』
彼は、その記述を何度も読み直した。
通信塔を確保させたことも、敵が最初に中央区域を空けていたことも、偶然ではなかった可能性が高い。
敵は、こちらの行動をすべて予測していたわけではない。
だが、こちらが選びそうな複数の行動を想定し、それぞれに対応できる配置を用意していた。
彼は端末を閉じた。
次に必要なのは、敵の考えを完全に読み切ることではない。
相手が複数の選択肢を用意しているなら、こちらも一つの計画に固執しないこと。
そして、計画が崩れたときに、何を守り、何を諦めるかを、味方と共有しておくことだった。
その日の夜、彼はレイヴンに訓練記録を送った。
しばらくして、返事が届いた。
『救援に向かった判断については、記録だけでは評価できない。だが、全員を脱出させたことと、自分たちの任務を失ったことは、両方とも覚えておけ』
彼は短く返信した。
『はい』
続いて、もう一通届いた。
『次は、敵がこちらの選択肢を狭めてくる前提で考えろ。逃げ道を一つ確保するだけでは足りない』
彼は画面を見つめた。
次の任務では、最初から敵に有利な状況を作らせない方法を考える必要がある。
ただし、敵の配置を崩そうとすること自体が、別の危険を生むかもしれない。
彼は次の合同任務の告知を開き、参加条件を確認した。
今度の舞台は、複数の拠点をつなぐ輸送路。
敵側には、前回と同じ指揮官が参加する予定だった。




