第322章 従わない味方
次の訓練は、彼が指揮を執ることを条件に、四人の参加者で行うことになった。
任務は、敵の占領区域からデータ端末を回収し、制限時間内に脱出すること。
参加者の一人は、以前から単独行動を好んでいた戦闘型の選手。もう一人は、敵の配置を読むことに長けた偵察型の選手。そして最後の一人は、複数の上位チームで活動した経験がある選手だった。
問題は、その最後の一人だった。
訓練開始前の打ち合わせで、彼はマップを表示し、作戦を説明した。
「最初は二人ずつに分かれます。偵察型の選手と僕が東側から接近し、残る二人は西側の通路を確認してください。敵の配置が分かったら、回収経路を決めます」
上位チームの経験者が首を横に振った。
「二手に分かれるのは反対だ」
「理由を聞かせてください」
「敵の配置が分からない状態で人数を分ければ、各個撃破される危険がある。最初から四人で進み、敵の動きを見てから分かれればいい」
戦闘型の選手が口を挟んだ。
「四人で進んだら、敵に見つかったときに全員が巻き込まれる」
「見つからないように進めばいい」
「それができるなら苦労しない」
二人の声に、少しずつ緊張が混じり始めた。
彼はマップを確認した。
四人で進む方法にも利点はある。敵と遭遇した際、人数を維持できる。
一方、二手に分かれれば、敵の位置を広い範囲で確認できる。
どちらが正しいかは、開始前の情報だけでは決められなかった。
「では、最初の二分間は四人で進みましょう」
彼は提案した。
「ただし、敵を発見した場合は、その位置と人数を確認してから分かれます。二分経過しても敵を見つけられなければ、東西に分かれて捜索します」
上位チームの経験者は、まだ不満を残している様子だった。
「二分で区切る意味があるのか?」
「いつまでも四人で進むわけにはいかないからです。時間を決めなければ、判断を先送りにする可能性があります」
相手は彼を見たあと、短く答えた。
「分かった。ただし、状況が変わったら俺も意見を言う」
「お願いします」
開始の合図が鳴った。
⸻
四人は東側の通路を進んだ。
最初の一分間、敵の姿は見えなかった。
偵察型の選手が前方を確認し、戦闘型の選手は後方からの接近に備えた。
上位チームの経験者は、移動しながらマップの構造を確認していた。
やがて、通路の先に敵の影が現れた。
一人。
その後ろに、もう一人。
「敵を二人確認しました」
偵察型の選手が報告した。
彼はすぐに進行を止めた。
敵はこちらに気づいていない。
このまま四人で進めば、敵と交戦する可能性が高い。
「西側へ回ります。二人ずつに分かれて、別の経路から端末へ向かいましょう」
上位チームの経験者が反対した。
「待て。敵が二人しかいないなら、ここで突破できる」
「残り二人の位置が分かりません」
「端末を守っているとは限らない。目の前の二人を排除すれば、移動できる範囲が広がる」
戦闘型の選手も、今回は同意した。
「俺も突破に賛成だ。相手が二人なら、こちらが有利だ」
意見が分かれた。
彼は敵の位置を確認した。
敵二人は通路の奥を警戒している。こちらの存在には気づいていない。
確かに、今なら奇襲できるかもしれない。
しかし、戦闘に入れば音や移動によって、ほかの敵に位置を知られる可能性がある。
「交戦は避けます。西側へ移動してください」
彼は命令した。
戦闘型の選手はすぐに動いた。
偵察型の選手も続いた。
しかし、上位チームの経験者は、その場から動かなかった。
「俺は正面から進む」
彼は思わず振り返った。
「作戦を変更するつもりですか?」
「変更するのは君だ。俺は、今の状況なら突破できると判断している」
「一人で進めば、残りの敵に遭遇したときに危険です」
「そのときは自分で判断する」
相手はそう言って、通路の先へ進み始めた。
彼は一瞬、追いかけようとした。
だが、右手はまだ完全には回復していない。ここで無理に接近し、戦闘になれば、自分も相手も十分に支援できない。
「待ってください!」
通信を入れたが、相手は止まらなかった。
数秒後、敵が反応した。
銃撃音が響く。
上位チームの経験者は遮蔽物に身を隠し、敵の一人を押し戻した。しかし、その直後、別の方向から敵が現れた。
「敵、追加二人!」
通信が入った。
彼はマップを確認した。
予想していたとおり、残る敵が近くにいた。
単独で進んだ味方は、四人に囲まれかけていた。
「西側の二人は移動を継続してください。僕は東側へ戻ります。偵察型の選手は敵の増援が来た経路を確認し、戦闘型の選手は出口へ続く通路を確保してください」
彼は指示を出した。
戦闘型の選手から反論が来た。
「戻るのか? あいつが勝手に動いたんだぞ」
「分かっています。でも、ここで見捨てたら、敵の配置が分からないまま三人で任務を続けることになります」
「助けに行けば、君も危険になる」
「だから、正面から救出するのではなく、敵を分散させます」
彼はマップを見た。
東側の通路には、敵が四人。
西側には、まだ敵の姿がない。
敵が全員、東側に集まったのなら、別の経路から接近できる可能性がある。
彼は偵察型の選手に確認した。
「敵の増援が来た経路は?」
「南側の通路です。そこから二人が来ました」
「南側の通路は出口につながっていますか?」
「はい。ただし、途中に遮蔽物が少ない区間があります」
彼は考えた。
南側から敵の注意を引きつければ、単独で進んだ味方が退く時間を作れるかもしれない。
だが、南側から接近する者も、敵の射線に入る危険がある。
「戦闘型の選手は、南側の入口から敵の位置を確認してください。攻撃する必要はありません。敵がこちらへ向かったら、すぐに西へ下がってください」
「了解」
「偵察型の選手は、西側から端末への経路を探してください。僕は東側の状況を確認します」
三人はそれぞれ動いた。
⸻
東側では、上位チームの経験者が苦戦していた。
敵の一人を引き離したものの、残る三人が通路を塞いでいる。
「そっちはどうなっている?」
通信が入った。
「敵の注意を分散させています。今すぐ突破しようとせず、遮蔽物を維持してください」
「それでは動けない」
「動けば、さらに奥へ追い込まれる可能性があります」
「君は、いつも危険を避けることばかり考えているな」
彼は返答に迷った。
確かに、これまでの訓練では交戦を避ける判断を重視してきた。
しかし、危険を避けること自体が目的になってしまえば、任務は進まない。
今回も、味方を救出するためには、誰かが危険を引き受ける必要があった。
「今は、あなたが退く時間を作っています。南側から敵が動いたら、北側の通路へ移動してください」
「……分かった」
その直後、南側から戦闘型の選手が姿を見せた。
敵の一人がそちらを向く。
さらにもう一人が、南側の入口へ移動した。
東側の圧力が少し弱まった。
「今です。北側へ移動してください」
上位チームの経験者は遮蔽物を離れ、北側の通路へ走った。
敵の一人が追いかける。
しかし、彼は角の向こうから相手の位置を確認し、追跡してきた敵の進路を遮った。
正面から戦うことはできない。
それでも、敵がどちらへ移動するかを確認し、味方が通り抜ける時間を作ることはできた。
上位チームの経験者が合流地点へ到着した。
四人が再びそろう。
「助かった」
相手は短く言った。
彼はうなずいた。
「次からは、作戦を変える前に連絡してください」
「俺の判断が間違っていたと言いたいのか?」
「いいえ。正面突破が成功する可能性はありました。ただ、あなたが単独で動いたことで、残りの三人が対応を変える必要が生じました」
相手は黙った。
彼は続けた。
「あなたが正面から突破するなら、こちらもその判断を前提に動けます。でも、何も分からないまま一人で進まれると、どこまで支援すればいいのか判断できません」
「……なるほど」
相手はようやくうなずいた。
「俺は、自分で判断した方が早いと思っていた」
「そういう場面もあると思います。でも、チームで任務を受けている以上、ほかの人の判断にも影響します」
相手はマップを見た。
「次は、動く前に伝える。それでいいか?」
「はい」
⸻
再び任務を進める時間は、残り四分だった。
端末の位置はまだ分からない。
敵は東側に集まっているが、南側から移動した二人の位置も確定していなかった。
偵察型の選手が報告した。
「西側の通路の先に端末がある。敵は見えない。ただし、出口へ戻る経路には一人いる可能性が高い」
彼はすぐに判断した。
「西側から端末へ向かいます。端末を回収したら、南側ではなく北側の経路から脱出します」
上位チームの経験者が尋ねた。
「敵が北側にいたら?」
「その場合は、端末を回収したあと、位置を確認してから経路を変更します。残り二分を切ったら、敵と交戦してでも突破するのではなく、最も近い出口へ向かいます」
戦闘型の選手が口を開いた。
「端末を回収できなかった場合は?」
「残り時間が二分を切る前に回収の見込みがないと判断したら、撤退します。全員が戻ることを優先します」
三人は異論を出さなかった。
西側の通路を進み、端末を回収する。
敵の姿は見えなかった。
脱出経路へ向かう途中、通路の角で敵一人を発見した。
戦闘型の選手が反射的に前へ出かけたが、すぐに足を止めた。
「どうする?」
彼は敵の位置と残り時間を確認した。
二分三十秒。
敵は通路を塞いでいるものの、こちらの存在にはまだ気づいていない。
「別の経路へ移動します。敵を倒す必要はありません」
四人は引き返し、北側の通路へ向かった。
そこにも敵が一人いた。
今度は、こちらに気づいている。
「残り時間、二分!」
通信が入る。
彼は決断した。
「全員、最短の出口へ向かいます。端末は持ったまま、敵の攻撃を避けて進んでください。僕が最後尾につきます」
「君は右手がまだ治っていないだろう」
上位チームの経験者が言った。
「分かっています。だから、敵と戦うつもりはありません。全員が通過したことを確認したら、僕もすぐに移動します」
四人は動き出した。
敵の攻撃を受けながらも、戦闘型の選手が先頭で経路を確保し、偵察型の選手が角の先を確認した。
上位チームの経験者は端末を運び、彼は後方から敵の接近を監視した。
脱出エリアに入る。
最後の一人が判定区域を通過した。
任務成功。
⸻
訓練終了後、上位チームの経験者が彼の隣に座った。
「今日の指揮について、一つ聞きたい」
「何でしょうか」
「最初に俺が勝手に動いたとき、君は命令を強制することもできたはずだ。どうしてそうしなかった?」
彼は少し考えた。
「強制しても、あなたが命令に従うとは限らなかったからです。それに、正面突破が絶対に間違いだったわけではありません」
「だが、結果として俺は危険な状況に陥った」
「はい。ただ、そこからどう立て直すかも、指揮の一部だと思いました」
相手は笑わなかった。
「君は、味方を信じているのか?」
「信じるというより、味方が何を考えているのかを知ろうとしています。考えが違うなら、違う理由を確認したいです」
「その理由が分かっても、意見が一致しなかったら?」
「そのときは、任務の目的と残り時間を考えて決めます。全員が納得するまで待つことはできませんから」
相手はしばらく黙っていた。
やがて立ち上がり、端末を片づけた。
「次も参加する。今度は、君の作戦を開始前に確認しておく」
「ありがとうございます」
「礼はいい。ただし、次は俺も意見を出す。君の判断が危険だと思ったら、今日と同じように言う」
「お願いします」
相手は軽く手を上げ、訓練場を出ていった。
彼は一人になった区画で、今日の記録を開いた。
味方が従わなかったこと自体が、問題だったわけではない。
問題は、異なる判断を持つ味方がいるとき、彼らの判断をどこまで把握し、どの段階で自分の決定を優先するかだった。
そして、決定したあとには、その結果を引き受けなければならない。
彼は訓練記録を保存し、端末を閉じた。
そのとき、合同演習の運営チャンネルに新しい告知が表示された。
『次回合同任務、参加チーム募集。複数区域同時攻略。敵側の指揮権限あり。参加者の行動によって敵配置が変化する特別任務』
彼は告知を開いた。
これまでの訓練とは違い、敵側も指揮官の判断によって動く。
こちらが計画を立てれば、相手もそれを崩そうとする。
味方との意見の違いだけでなく、敵の判断まで考慮しなければならない。
彼は参加申請の画面を開き、少しだけ迷ったあと、申請を送った。
右手はまだ万全ではない。
直接戦闘でできることには限界がある。
それでも、戦場で判断することまで、負傷を理由に避けるつもりはなかった。




