第321章 指揮を執る者
訓練開始の五分前、彼は今回の参加者三人を集めた。
一人は前回の訓練で指揮を執った選手。もう一人は、独立して動くことを好む戦闘型の選手だった。
今回は彼が指揮を担当する。
任務内容は、敵の管理区域に侵入し、三か所の通信装置のうち二つを停止させて脱出すること。
敵は四人。こちらは三人。
制限時間は十二分。
「先に確認します」
彼はマップを表示した。
「今回の目的は、二つの通信装置を停止させて全員で脱出することです。敵を全員倒す必要はありません。残り時間が三分を切ったら、新しい装置には向かわず、脱出を優先します」
戦闘型の選手が腕を組んだ。
「敵を倒せる状況でも?」
「はい。装置を二つ停止できていれば、追撃を受けない限り交戦する必要はありません」
「敵を倒せば、脱出が楽になるかもしれない」
「その可能性はあります。ただし、交戦が長引けば、残りの敵が集まってくる可能性もあります」
相手はすぐには納得しなかったが、反論もしなかった。
前回のように、開始してから指示を変えるのは避けたい。
彼は二つの経路を示した。
「第一装置には僕とこちらの一人で向かいます。もう一人は中央通路を監視してください。敵が中央から来たら報告し、追われた場合は戦わずに後退します」
指揮役だった選手が尋ねた。
「敵が中央に来なかったら?」
「その場合は、第二装置へ向かう経路を確保してもらいます。ただし、敵の位置が分からないまま奥へ進まないでください」
「分かった」
戦闘型の選手はマップをしばらく見てから言った。
「一つ、気になることがある」
「何ですか?」
「敵が四人いるなら、装置の一つは無人か、少人数で守られている可能性がある。こちらが二人で第一装置へ行けば、残り二人がどこにいるか分からない」
彼はマップを見直した。
確かに、その通りだった。
第一装置へ二人で向かう計画は、敵の配置がある程度分かっていることを前提にしていた。
今回は開始前の情報が少ない。
「では、最初は三人で中央まで進み、敵の配置を確認します。そのあとで分かれましょう」
戦闘型の選手はうなずいた。
「それならいい」
彼は作戦を修正し、全員に確認した。
「この方針で進めます。敵の配置が分かった時点で、もう一度判断します」
開始の合図が鳴った。
⸻
三人は中央通路まで進んだ。
最初に見つかったのは、第一装置の前にいる敵一人だった。
敵は彼らを発見すると、すぐには攻撃せず、後方へ下がった。
「逃げましたね」
戦闘型の選手が前へ出ようとした。
彼はすぐに声をかけた。
「追わないでください。位置を報告してください」
「追えば、敵の配置が分かるかもしれない」
「分かる前に、別の敵に挟まれる可能性があります」
「可能性だけで止まるのか?」
言葉がぶつかった。
彼は一瞬、返答に迷った。
ここで命令を押し通すことはできる。しかし、相手が考えていることを無視すれば、前回と同じ問題が起きる。
「追うなら、どこまで追いますか?」
戦闘型の選手は足を止めた。
「……角を一つ越えるまでだ。それ以上は追わない」
「その先に敵がいたら?」
「すぐに戻る」
彼は少し考えた。
「分かりました。ただし、追跡中に敵を見失ったら、位置を確認するために奥へ進まないでください。そこで撤退してください」
「了解」
戦闘型の選手が先行する。
残る二人は通路の入口を確保した。
十数秒後、通信が入った。
「敵を二人確認。一人は奥へ下がった。もう一人は第二装置の近くにいる」
予想していたより、敵は中央に集まっていた。
彼はマップ上の配置を確認した。
第一装置の前には敵が一人。
第二装置の近くには二人。
残る一人の位置は不明。
「追跡を中止してください。こちらへ戻ってください」
戦闘型の選手が戻る。
「敵は第二装置を守っている。第一装置を停止させるなら、今が機会だ」
「はい。僕ともう一人で第一装置へ向かいます。あなたは中央から敵が来ないか監視してください」
今度は誰も異議を唱えなかった。
三人はそれぞれの位置へ移動した。
第一装置の前にいた敵は、こちらの接近に気づくと攻撃を仕掛けてきた。
彼は正面から応戦せず、遮蔽物を利用して敵の注意を引きつけた。
同行者が反対側から接近する。
敵は二方向への対応を迫られ、装置の前から離れた。
その隙に、同行者が停止操作を開始した。
第一装置、停止完了。
残り時間は八分。
「次は第二装置へ向かいます」
彼が告げると、中央を監視していた選手から報告が入った。
「敵が一人、後方の通路から移動している。こちらへ向かっている可能性がある」
彼は即座に全員を集めようとした。
だが、戦闘型の選手が通信に割り込んだ。
「第二装置へ行くなら、今のうちに中央を抜けた方がいい。敵がこちらへ来る前に、二つ目を止められる」
「敵の位置が確定していません」
「だからこそ、先に動くんだ」
彼はマップを見つめた。
敵が後方から来ているなら、中央通路はまだ使えるかもしれない。
しかし、第二装置の近くには二人いる。
三人で正面から進めば、交戦は避けられない可能性が高い。
残り時間は八分。
時間だけを見れば、まだ余裕はある。
彼は決めた。
「第二装置には、正面から向かいません。北側の通路を使います」
「北側は遠いぞ」
「分かっています。ですが、敵の位置が分からない以上、正面突破より安全です」
「その間に敵が移動したら?」
「途中で状況を確認します。北側にも敵がいると分かった時点で、別の経路に変更します」
戦闘型の選手は不満そうな顔をしたが、今回は従った。
三人は北側の通路へ向かった。
ところが、通路の入口に到着した直後、警告音が鳴った。
第二装置が停止された。
敵側の誰かが、先にこちらの目的を見抜いていたらしい。
「敵が装置を放棄したのか?」
同行者が尋ねた。
彼はすぐに否定できなかった。
敵が装置を停止させたのなら、こちらが二つ目を停止する必要はなくなったのかもしれない。
だが、任務画面には新しい表示が出ていた。
第二装置の停止は敵側によるもの。任務達成条件には含まれない。
彼は思わず舌打ちした。
敵は装置を守る必要がなくなったのではない。
こちらに装置を停止させないため、自分たちで停止させたのだ。
「目的を変更します。第三装置へ向かいます」
戦闘型の選手が声を上げた。
「第三装置は敵の後方だ。今から向かえば、正面と後方の敵に挟まれる」
「分かっています。だから、中央通路へは戻りません。北側から外周を回ります」
「時間が足りなくなるぞ」
彼は残り時間を確認した。
六分二十秒。
確かに、余裕は少ない。
それでも、第二装置へ向かっていたら、すでに敵と交戦していた可能性がある。
「ここで引き返すなら、任務は失敗します。第三装置へ向かうなら、敵の配置を確認しながら進めます」
戦闘型の選手が彼を見た。
「失敗する可能性が高くても進むのか?」
「いいえ。第三装置へ向かう途中で、敵がこちらの経路を塞いでいると分かったら撤退します。残り三分を切った場合も同じです」
彼は二人の顔を見た。
「この条件で進みます。異論があれば、今言ってください」
短い沈黙があった。
やがて、中央を監視していた選手が言った。
「俺は賛成だ。敵の位置を見ながらなら、進む価値はある」
戦闘型の選手も、最後にはうなずいた。
「分かった。だが、敵を見つけたら俺に報告しろ。交戦するかどうかは、その場で一緒に決める」
「了解しました」
三人は外周へ向かった。
⸻
第三装置の手前に到着したとき、残り時間は四分を切っていた。
装置の前に敵はいない。
だが、通路の奥に一人、こちらを待ち構えているような影が見えた。
彼は立ち止まった。
「敵が一人います。ほかの敵の位置は不明です」
戦闘型の選手が小さく息を吐いた。
「俺が引きつける。二人は装置へ向かえ」
彼はすぐに返事をしなかった。
その方法なら、短時間で停止操作を始められるかもしれない。
しかし、戦闘型の選手が敵を引きつけている間に、別の敵が現れる可能性がある。
「引きつける時間を決めましょう。三十秒で合流できなければ、僕たちは装置から離れて脱出経路へ向かいます」
「三十秒では短い」
「では四十五秒。ただし、それ以上は待ちません」
相手は一瞬だけ彼を見た。
「分かった」
戦闘型の選手が動いた。
敵が反応し、通路の奥へ移動する。
彼ともう一人は装置へ接近した。
停止操作が始まる。
残り時間、三分二十秒。
二分五十秒。
操作はまだ終わらない。
通信から、戦闘型の選手の声が聞こえた。
「敵が二人に増えた。こっちは離れる。合流地点へ向かう」
彼は装置の表示を確認した。
停止完了まで、あと十秒。
「操作を続けてください。僕も周囲を警戒します」
十秒が過ぎた。
第三装置、停止完了。
任務達成条件が満たされた。
「全員、脱出します!」
三人は合流地点へ向かった。
戦闘型の選手はすでに敵との交戦を切り上げ、撤退経路へ移動していた。
彼らは合流し、敵の追撃を避けながら出口へ走った。
残り時間、二分十二秒。
最後の一人が脱出エリアへ入る。
任務成功。
⸻
訓練終了後、戦闘型の選手は彼の前に立った。
「最初は、敵が目の前にいるのに攻撃しない指揮官かと思った」
「……すみません」
「謝れとは言っていない」
相手は肩をすくめた。
「敵を倒すことが目的なら、俺の判断を優先すればいい。だが、今回は装置を止めて脱出することが目的だった。だから、君の判断に従った」
彼は静かに聞いていた。
「ただし、君の判断がいつも正しいとは限らない。次に同じような状況になったら、俺はまた意見を言う」
「そうしてください。僕も、違う意見があるなら聞きたいです」
「なら、最初からそう言えばいい」
相手はそう言い残し、訓練場を出ていった。
彼は今回の記録を確認した。
最初の作戦は、敵の配置を確認したことで修正できた。
第二装置が停止されたときも、目的を見失わずに第三装置へ切り替えられた。
そして、最後には味方の交戦時間を制限し、全員が脱出できた。
もちろん、すべてが計画どおりに進んだわけではない。
敵の行動は予想を外れたし、時間もぎりぎりだった。
それでも、今回は誰かの意見を聞いたうえで、自分の判断を示すことができた。
端末に新しい通知が届いた。
レイヴンからだった。
『指揮を執ったそうだな』
彼は短く返信した。
『はい。任務は成功しました』
すぐに返事が来た。
『成功した理由を説明できるか?』
彼は記録を見直した。
敵の配置を確認したこと。
作戦を変更したこと。
撤退条件を事前に決めたこと。
味方の意見を聞いたこと。
どれも間違いではない。
だが、それらを並べるだけでは、成功した理由を説明したことにはならない。
彼は少し考えてから返信した。
『全員が同じ目的を理解していて、状況が変わったときに、次に何をするかを決められたからだと思います』
レイヴンからの返事は、しばらく届かなかった。
やがて、短い一文が表示された。
『なら、次は味方が君の判断に従わない状況を経験しろ』
彼は画面を見つめた。
今回、味方は最初こそ反対したものの、最後には自分の指示を受け入れた。
しかし、実際の戦場で、全員が納得してくれるとは限らない。
自分より経験のある者が、別の判断を正しいと考えることもある。
そして、その判断が実際に正しい可能性もある。
彼は次の訓練内容を探し始めた。
今度は、指揮官の判断だけでなく、指揮官と異なる判断をする味方がいる状況を選ぶ必要があった。




