第317章 選ばれなかった者
参加者一覧を開いてから、彼は二十分ほど画面を見続けていた。
公開戦闘記録には、撃破数や任務達成率だけでなく、チーム戦での役割、途中離脱の頻度、連携相手の変更履歴まで表示されていた。
ただし、数字だけでは分からないことも多い。
撃破数が多い選手は、味方の援護を受けているのかもしれない。任務達成率が低くても、難しい任務ばかり引き受けている可能性がある。
彼は候補を三人に絞った。
一人目は、近距離戦を得意とする選手だった。正面から敵を押し込む能力が高く、単独での撃破数も多い。
二人目は、遠距離からの援護を中心に戦っている。撃破数は目立たないが、味方の脱落率が低い試合では、ほぼ必ず彼の記録が残っていた。
三人目は、目標確保や撤退経路の管理を担当することが多い。個人戦では成績が伸びないものの、チーム戦では安定している。
役割だけを考えれば、悪くない組み合わせだった。
彼は三人に招待を送った。
最初に返事をしたのは、近距離戦を得意とする選手だった。
『指揮役は君?』
『そうです。まだ経験はありません』
『それで、どうして俺を選んだ?』
彼は少し考えてから答えた。
『正面から敵を押さえられる人が必要だと思いました。ただ、具体的な作戦はまだ決めていません』
返事はすぐに届いた。
『悪いけど、今回はやめておく』
理由は書かれていなかった。
彼は画面を見つめたあと、短く返信した。
『分かりました。返事をありがとうございます』
次の相手からは、しばらく返事がなかった。
三人目は参加を承諾したものの、条件を付けてきた。
『指揮役が何を考えているか分からないまま、命令だけ受けるのは困る。事前に任務の方針を説明してほしい』
彼はその文章を読み返した。
当然の要求だった。
自分が選ぶ側だからといって、相手が従う義務を負うわけではない。
彼は返事を打った。
『まだ任務が決まっていないので、具体的な手順は説明できません。ただ、任務が始まる前に目標と撤退条件を共有します。判断を変更する場合も、可能な限り理由を伝えます』
しばらくして、承諾の返事が届いた。
二人目の選手も参加を受け入れた。
結果として、最初に考えていた三人のうち、一人だけが断った。
しかし、その一人の穴を誰で埋めるべきか、彼にはまだ分からなかった。
彼は参加者一覧へ戻り、別の候補を探し始めた。
そのとき、先ほど断った選手から個別メッセージが届いた。
『別に君を信用していないわけじゃない。ただ、今の俺は固定チームで上位を狙っている。練習時間を使って、知らない相手の指揮を試す余裕がない』
彼はその説明を読んだ。
断った理由は、単純だった。
その選手には、優先したい目標がある。
彼の訓練に参加することは、その目標に直接つながるとは限らない。
『事情が分かりました。上位を狙う練習、頑張ってください』
そう返して、彼は再び一覧に目を戻した。
今度は、撃破数を条件から外した。
代わりに、味方が不利になったときの行動記録を確認する。
撤退命令に従ったか。
予定外の敵が現れたとき、独断で追撃したか。
仲間が目標から離れた際、どこを優先して守ったか。
そうして見つけた候補は、彼が最初に考えていた選手とは違っていた。
個人戦の順位は中ほど。
派手な撃破記録もない。
それでも、任務中に味方が脱落した試合では、無理に勝負を続けず、残された目標を確保して撤退していた。
彼は招待を送った。
返事は意外なほど早かった。
『参加する。ただし、俺も意見を言う。命令だからという理由だけで、無理な作戦には従わない』
彼はその条件を受け入れた。
三人がそろった。
だが、彼らはまだチームではない。
ただ、同じ任務に参加することを決めただけだった。
⸻
訓練場の準備区画で、三人は初めて顔を合わせた。
近距離戦を得意とする選手の代わりに参加したのは、撤退判断に優れた選手だった。
遠距離支援を得意とする選手は、壁際で装備を確認している。
目標確保を担当することの多い選手は、端末に表示された訓練規則を読み込んでいた。
彼は三人の前に立った。
何から説明すべきか、頭の中で何度も組み立てた。
「今回の任務は、目標を二つ確保して、指定された出口から脱出することです。敵の数と配置は、開始時に表示されます」
「それだけ?」
遠距離支援役が顔を上げた。
「撤退条件は?」
「全員の装甲値が一定以下になった場合、または残り時間が二分を切った場合は、目標の状況にかかわらず撤退を検討します」
「検討する、というのは?」
彼は言葉に詰まった。
確かに、曖昧だった。
「その時点で目標が一つも確保できていなければ撤退します。一つ確保できている場合は、敵の配置と残り時間を見て判断します。二つ確保できているなら、出口までの経路が塞がれていない限り、脱出を優先します」
目標確保役がうなずいた。
「少なくとも、何を優先するのかは分かった」
もう一人が尋ねた。
「途中で予定が変わったら?」
「理由を伝えます。ただし、交戦中で時間がない場合は、先に指示を出すことがあります」
「分かった」
三人はそれぞれ装備の最終確認を始めた。
彼も端末を閉じた。
説明が終わったからといって、全員が納得しているとは限らない。
実際の戦闘で判断が食い違えば、今日決めた方針が守られる保証もない。
それでも、少なくとも何も決めずに戦場へ入るよりはましだった。
開始の合図が鳴る。
訓練場の景色が切り替わった。
今回の舞台は、複数の高架通路が交差する工業区画だった。目標は東西に分かれ、中央には敵の巡回部隊が配置されている。
敵の数は四人。
こちらより一人多い。
彼はマップを確認し、最初の指示を出した。
「支援役は西側の高架から中央を見てください。目標確保役は僕と東側へ。敵の位置が分かるまでは、交戦を避けます」
三人は動き始めた。
最初の数十秒は順調だった。
遠距離支援役が敵の巡回経路を確認し、目標確保役が東側の通路を進む。彼は二人の位置を確認しながら、中央を横切らずに進める経路を選んだ。
だが、東側の目標へ近づいたところで、想定外の事態が起きた。
巡回部隊の一人が、予定していた経路から外れてこちらへ向かってきたのだ。
敵は三人。
もう一人は西側に残っている。
「敵が接近。いったん遮蔽物の後ろへ!」
彼が指示を出すと、二人はすぐに動いた。
しかし、目標確保役は通路の途中で足を止めた。
「このまま下がると、東側の目標を敵に取られる。ここで一人を引きつければ、もう一人が確保できるはずだ」
確かに、その可能性はあった。
だが、敵の位置はまだ完全には分かっていない。
彼は判断を迫られた。
予定どおりに撤退するか。
それとも、目標確保役の提案を受け入れ、ここで敵を引きつけるか。
数秒の迷いのあと、彼は決めた。
「支援役、敵の位置を確認してください。僕と目標確保役は、通路を一つ戻って待機。敵がこちらへ来たら、正面から戦わずに西側へ抜けます」
目標確保役はすぐに反応した。
「それなら、敵を引きつける意味が薄い。西側へ抜けるなら、目標を取るのは誰だ?」
彼は答えられなかった。
指示そのものは間違っていないかもしれない。
だが、敵を引きつけるという提案を受け入れるのか、撤退するのか、その二つを曖昧なまま混ぜてしまった。
「……待ってください。今の指示は撤回します」
彼はマップを見直した。
東側の通路は狭い。
敵が三人いるなら、ここで戦えば包囲される可能性が高い。
しかし、西側の支援役が敵の位置を把握できれば、巡回部隊が通路を離れた瞬間に目標へ向かえるかもしれない。
「目標確保役はその場を離れて、僕と合流してください。支援役は敵の位置を確認したら、東側の目標へ移動。僕たちは中央を避けて、西側の出口へ向かいます」
「目標は?」
「今は追いません。敵の配置が分からないまま確保に向かえば、全員が動けなくなる可能性があります。まず、三人で合流します」
目標確保役は一瞬だけ沈黙した。
「了解」
三人はそれぞれ動き出した。
その直後、敵の巡回部隊が東側の通路へ入ってきた。
彼らは目標地点を通過し、誰もいない確保エリアを確認してから、中央へ戻っていった。
支援役はその動きを見届け、東側の目標へ向かった。
彼と目標確保役は、西側の出口近くで合流した。
三人が再びそろった時点で、残り時間は四分を切っていた。
目標はまだ一つも確保できていない。
最初の作戦は、予定どおりには進まなかった。
それでも、誰も脱落していない。
彼はマップを見つめた。
まだ勝てる可能性はある。
ただし、今度は残り時間を無視して安全を優先するわけにもいかない。
彼は二人に向き直った。
「次は、目標を一つに絞ります。東側を取りに行くより、西側の目標を確保して、そのまま出口へ向かいます」
「敵が戻ってきたら?」
「その場合は、無理に交戦せず、目標を放棄して脱出します」
遠距離支援役が確認した。
「目標を放棄しても、任務を続けるのか?」
「残り時間によります。今は、全員で戻れる可能性を残したいです」
二人は短くうなずいた。
彼は先頭に立ち、通路の角を確認した。
今度は、目標を確保することだけを考えない。
目標を取れなかった場合に何をするのか。
敵が現れたら、どこへ退くのか。
そして、誰かが予定に反対したとき、どの情報を基に判断を変えるのか。
まだ答えは十分ではなかった。
だが、先ほどのように、複数の選択肢を曖昧なまま一つの命令に押し込むことはしない。
彼は手を上げ、二人に合図した。
三人は西側の目標へ向かって進み始めた。




