第316章 先に動いた者
再戦開始から十秒が経過しても、双方はまだ交戦していなかった。
三人側は建物群の中央にある高台を占拠し、二人の隊員が左右の通路をそれぞれ守っていた。前の試合とは違い、彼らは目標の確保を急がず、互いに援護できる陣形を維持している。
レイヴンは低い壁の陰に身を潜め、姿を見せなかった。
相棒も、最初の目標地点から少し離れた場所で足を止めていた。
観覧区画では、待ちきれなくなった者たちが声を上げ始めた。
「このままじゃ、いつまで経っても終わらないぞ」
「三人側が失敗しなければ、人数の有利は変わらないからな」
「二人側も攻めない。相手が諦めるのを待っているのか?」
彼は会話に加わらず、マップに目を向けていた。
三人側の陣形は、一見すると安定している。しかし、彼らは二つの目標を同時に管理しなければならない。目標を完全に放棄しない以上、誰かがそこに残る必要がある。
人数の優位は、中央を守る役割と、目標を奪われないようにする役割に分かれていた。
一方、レイヴンたちは二人しかいない。
二人が相手に何度も配置を変えさせられれば、人数の優位がかえって連携上の負担になる可能性があった。
ただし、それには条件がある。
相手に意図を簡単に見抜かれないことだ。
そのとき、レイヴンの相棒が突然、右側の通路へ移動した。
三人側はすぐに反応した。
高台にいた一人が右を向き、もう一人が中央を離れて背後から挟み込もうとする。
だが、レイヴンは動かなかった。
彼は依然として中央の遮蔽物の陰にいた。
追撃に出た二人が数歩進んだところで、右側の通路から模擬射撃の音が響いた。
レイヴンの相棒は前進を続けず、壁の角を利用して視線を遮り、追撃してきた二人の足を止めていた。
三人側の三人目は動かなかった。
彼は相手の狙いに気づいていた。
ここで追撃を続ければ、狭い通路に誘い込まれる危険がある。しかし追わなければ、右側の隊員は防御に専念せざるを得ない。
「追うな。元の位置に戻れ」
指揮役の命令が飛んだ。
命令は素早かった。
だが、二人が向きを変えた瞬間、レイヴンが中央の遮蔽物から姿を現した。
彼は一気に敵へ突進したわけではない。
ただ、前方へ距離を詰めた。
その動きに反応して、高台の防衛役が銃口を向け直す。戻りかけていた二人も、再び自分たちの位置を判断しなければならなくなった。
ほんの数秒、三人側の動きが止まった。
レイヴンの相棒はその隙に右側の通路を抜け、二つ目の目標へ向かった。
三人側は今度こそ追わなかった。
指揮役は高台の隊員に中央の一部を放棄させ、二つの目標を結ぶ経路の防衛へ切り替えた。
彼は空間を犠牲にする判断をしたのだ。
レイヴンの前進も、そこで止まった。
両陣営は再び膠着した。
観覧区画が静かになった。
さっきまで、三人側は相手に振り回されるだけだと考えていた者たちも、今では理解していた。
三人側は戦術に適応しようとしている。一度配置を崩されたからといって、同じ反応を繰り返してはいなかった。
「学習が早いな」
彼が小さくつぶやくと、隣に座っていたカイが視線を向けた。
「それで?」
「レイヴンさんが最初に利用できた追撃の癖は、二度目には通用しないかもしれません」
「続けろ」
「相手が目標を守り続けるなら、レイヴンさんは隙を作るだけでは勝てません。誰かが実際に目標を確保するか、相手を陣地から引き離す必要があります」
カイはうなずいた。
「では、レイヴンはどうすると思う?」
彼は再び戦場を見た。
分からなかった。
今度は、無理に答えを出そうとはしなかった。
戦場の中央で、レイヴンが突然進路を変えた。
高台への圧力を弱め、目標も出口もない廃墟へ向かっていく。
三人側の指揮役は、わずかに迷った。
そこには目標がなく、出口へ直接つながる重要な通路もない。
人を向かわせれば、ほかの場所の防御が薄くなる。
放置すれば、二人に新しい進路を与えるかもしれない。
「一人だけ確認に行け。奥まで入るな」
命令を受けた隊員が、高台を離れた。
今度は単独で追撃せず、建物の外周に沿って移動し、仲間との視線が切れない距離を保っていた。
レイヴンはその姿を確認しても、交戦しなかった。
そのまま前進を続ける。
二人の距離が徐々に縮まった。
三人側の指揮役は、派遣した隊員が長い経路へ誘導されていることに気づいた。
「戻れ!」
命令が届くより先に、レイヴンは足を止め、別方向へ進路を変えた。
派遣された隊員は追わなかった。
そのまま高台へ戻った。
この試し合いで、三人側は損失を出さなかった。同時に、レイヴンも実質的な優位を得られなかった。
相手に配置を変えさせることはできた。
しかし、その変化を具体的な成果につなげられなかったのだ。
残り時間が少なくなっていく。
三人側の指揮役は時間表示を確認し、ついに自分たちから攻勢に出ることを決めた。
二人が中央へ進み、残る一人が目標地点を守る。
陣形は最初ほど密接ではなかったが、完全に分散したわけでもない。互いに援護できる距離を保っていた。
レイヴンが迎え撃った。
最初の交戦は短かった。
双方が模擬装甲値を一部失い、それぞれ遮蔽物の陰へ退いた。
誰も脱落しなかった。
三人側の二人は位置を調整し、別の経路から再び前進しようとした。
そのとき、レイヴンの相棒が最初の目標を確保した。
システムの表示が点灯する。
三人側はすぐに一人を防衛へ戻した。
だが今度は、戻る隊員が仲間から大きく離れないようにした。残る二人は中央への圧力を維持し、レイヴンが簡単に相棒を援護できない状況を作った。
戦況が再び変化した。
目標は確保できた。
しかし、それを守り切れるとは限らない。
レイヴンが二人との交戦を続ければ、相棒は戻ってきた敵に追い立てられるかもしれない。反対に、レイヴンが支援へ向かえば、中央の二人が空間を取り戻す可能性がある。
レイヴンに残された選択肢は一つだった。
目の前の交戦を捨て、撤退すること。
彼は遮蔽物から離れ、あらかじめ確保していた通路を使って目標地点へ向かった。
三人側は追撃しなかった。
今ここで追えば、中央の防御が再び崩れる可能性があると分かっていたからだ。
双方が次の判断を迫られた。
残り一分。
戦場では、決定的な撃破は起こらなかった。
三人側は中央を守り直し、レイヴンと相棒は確保した目標を維持した。
時間切れの判定は引き分けだった。
訓練場に終了音が響く。
三人側の指揮役は模擬ヘルメットを外し、長く息を吐いた。
「さっき、なぜ撤退した?」
彼がレイヴンに尋ねた。
「戦い続ければ、一人くらいは倒せたかもしれない。でも、君の残り二人が中央を取り戻せば、僕の相棒が目標を放棄せざるを得なくなる可能性があった」
「だから、すでに手に入れたものを守ったのか」
「違う」
レイヴンは相手を見た。
「確実性の低いものを手に入れるために、すでに得たものを賭けるのをやめたんだ」
その言葉に、指揮役はしばらく黙った。
もし自分だったら、あと少しで相手を倒せると思い、攻撃を続けたかもしれない。
そうすれば勝てた可能性もある。
反対に、すでに得た優位をすべて失った可能性もあった。
どちらの結果もあり得る。
違いは、誰が勇敢かということではない。
自分がどのような危険を引き受けているのか、理解しているかどうかだった。
「引き分けでも、勝利といえるんですか?」
彼が尋ねると、レイヴンはすぐには答えなかった。
「任務の条件による。片方だけが達成できる任務なら、引き分けは失敗だ。目標を守り、全員の脱落を避けることが目的なら、撤退できたこと自体が最善の結果になる場合もある」
「どうやって判断すればいいんですか?」
「まず、自分が何を争っているのかを知ることだ」
レイヴンは訓練場を指した。
「順位を上げるために参加する者もいれば、報酬が欲しい者もいる。自分が他人より強いと証明したい者もいる。目的が違えば、許容できる損失も違う。何を手に入れたいのかさえ分からなければ、選択のしようがない」
彼はその言葉を覚えておこうと思った。
もっともらしく聞こえたからではない。
先ほどの戦闘で、その問題が実際に目の前に現れていたからだ。
三人側は敗北しなかった。
レイヴンも勝利を得られなかった。
それでも、双方は最初の交戦から学び、次の行動を変えていた。
一度の敗北で戦闘が終わるわけではない。
一度の勝利で、戦闘が簡単になるわけでもない。
訓練場を離れようとしたとき、レイヴンが彼を呼び止めた。
「右手は、まだ対人訓練に参加できないんだな?」
「医師から、もう少し回復を待つように言われています」
「なら次は、三人小隊の指揮を任せる。隊員は自分で選べ。任務は訓練場がランダムに決める」
彼は思わず聞き返した。
「隊員を自分で選んでいいんですか?」
「いい。ただし、相手にも君の誘いを断る権利がある。自分で話をつけろ」
レイヴンはそれ以上説明せず、立ち去った。
彼はその場に残り、まだ訓練を続けている参加者たちを眺めた。
指揮役なら、負傷した右手を使う必要はない。
しかし、自分の判断でほかの人間を動かすことになる。
失敗したとき、損失を受けるのは自分だけではない。
「分かりました」
彼は小さく答えた。
その返事を聞く人は、もういなかった。
彼は端末を取り出し、合同訓練の参加者一覧を開いた。
選べる隊員の中には、以前から知っている者もいれば、まったく面識のない者もいた。
彼はすぐに招待を送らなかった。
まず、それぞれの公開戦闘記録を確認することにした。
必要なのは、最も強い三人を集めることではない。
自分がどんな戦場へ彼らを連れていこうとしているのか、理解することだった。




