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観客のいない世界  作者: 亀


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第313章 最初の連携

演習場では、次の組み合わせが発表されていた。


個人戦ではなく、二人一組の模擬戦。


勝敗は、相手を倒したかどうかだけでは決まらない。指定された地点を確保すること、制限時間内に目標を運び出すこと、味方が行動不能になった場合にどう対処するか。それぞれの条件によって判定が変わる。


彼は観覧席から、参加者たちの配置を見ていた。


「さっきの試合とは違うな」


直人が言った。


「ああ。相手を倒すことより、二人で目的を達成することが重要になる」


「お前なら、どっちを選ぶ?」


彼はすぐには答えなかった。


「相手による。攻撃が得意な人間と組むなら、俺がその攻撃を通せる状況を作る。防御が得意なら、相手の動きを制限してもらって、その間に目標を確保する」


「相手が何を得意としているか分からなかったら?」


「最初に確認する。ただ、実際の戦闘では、確認する時間がないこともある」


直人は頷いた。


「その場合は?」


「最初から全部を任せるんじゃなくて、短い行動で相手の反応を見る。何ができるか分からないうちに、重要な役割を預けるのは危険だから」


直人は少し笑った。


「昨日まで、こんな話をしても、実際にできるかは分からなかっただろうな」


「今も分からない」


彼は正直に答えた。


「見て理解することと、自分でできることは違う」


その言葉を口にしたとき、演習場の中央で開始の合図が鳴った。


*


二人一組の模擬戦は、個人戦よりも動きが複雑だった。


先に進む者がいれば、後ろを守る者がいる。


一方が敵を引きつけ、もう一方が目標へ向かう組もあった。


しかし、連携が成立している組ばかりではない。


一人が先行し、もう一人が追いつけない。


相手の動きを警戒しすぎて、二人とも目標から離れてしまう。


ある組は、片方が優勢になったことで攻撃を続け、もう片方が確保していた地点を失った。


個々の技量が高くても、二人の行動が一致しなければ勝てない。


やがて、彼が以前から応援を受けていた参加者の一人が、演習場に入った。


相手は、他の参加者よりも動きが速かった。


無駄な動作が少なく、相手が動く前に次の位置を確保していく。


彼は、その人物の戦い方に見覚えがあった。


以前の戦闘でも、相手は正面から力を競うのではなく、敵が動きにくい場所へ追い込んでから攻めていた。


今回も同じだった。


ただし、組んだ相手との連携は、最初から完璧ではなかった。


一度目の接近で、相方が先に攻撃を仕掛けた。


その人物は予定していた経路を変更し、相方を追い越さないように速度を落とした。


結果として、二人の動きが一瞬止まった。


相手チームは、その隙を逃さなかった。


目標地点を奪われ、試合はそこで決着した。


観覧席の一部から、残念そうな声が上がった。


彼は、敗北した二人を見ていた。


速いほうの参加者は、相方を責めなかった。


代わりに、試合終了後、二人で演習場の端に移動し、短く話し始めた。


「何を話していると思う?」


直人が尋ねた。


「次に同じことが起きたとき、どうするかじゃないか」


「相手のせいにするかもしれない」


「その可能性もある」


彼は断定しなかった。


少しして、二人は再び配置についた。


今度は、先ほどと同じ組み合わせだった。


試合が始まる。


相方が前に出ると、速いほうの参加者はその後ろについた。


先ほどなら追い越していた場面で、今度は速度を落とす。


相方が敵を引きつけた瞬間、彼は反対側へ回り込み、目標地点を確保した。


試合は、短時間で終わった。


勝利した二人は、特別な仕草をすることもなく、次の試合の準備に移った。


彼は、最初の敗北を思い返していた。


二人は一度、失敗した。


そのあと、同じ相手ともう一度組み、行動を変えた。


必要だったのは、片方が急に強くなることではなかった。


互いの動きに合わせて、何を変えるべきかを理解することだった。


*


演習が一時中断されたとき、彼の携帯電話に通知が届いた。


以前から彼を支援している応援者の窓口だった。


《本日の見学について、参加者から質問が届いています。希望する場合、後日、合同訓練への参加を調整できます。ただし、負傷が回復していることが条件です》


彼は文面を読み、返信した。


《回復後に検討します。今は見学を続けます》


送信すると、すぐに返事があった。


《了解しました。今回の演習記録のうち、公開可能な映像を共有します。各参加者の同意を得た範囲に限ります》


彼は礼を伝え、携帯電話をしまった。


応援者たちは、ただ彼を強くするために動いているわけではない。


彼の戦い方に興味を持つ者もいれば、今後の成長を見込んでいる者もいるだろう。


合同訓練を用意することにも、参加者同士をつなぐことにも、それぞれの事情がある。


だからこそ、与えられた機会を当然のものとして扱うつもりはなかった。


自分にできることを増やし、支援を受ける価値があると判断されるだけの結果を出す。


それは誰かに恩を返すというより、次の機会を得るために必要なことだった。


「少しは見えてきたか?」


隣に立った男が尋ねた。


先ほど、戦闘で何を捨てるかについて話した参加者だった。


「連携の仕方は、少し」


「自分でやると、もっと難しいぞ」


「分かっています」


「分かっているのと、できるのは違う」


男は、彼が先ほど言ったのと同じことを口にした。


「ただ、今のお前は無理に出る必要がない。見られるうちに見ておけ」


彼は頷いた。


男はそれ以上話さず、演習場へ戻っていった。


*


夕方、最後の演習が始まった。


今度は、目標地点が一つではなかった。


二つの地点を順番に確保し、最後に指定された出口まで移動する。


片方だけを確保しても勝利にはならない。


時間をかけすぎれば、相手チームが先に条件を満たす。


参加者たちは、開始前から互いに配置を確認していた。


彼は、二人の動きを見ながら、頭の中で自分ならどうするかを考えた。


一方が目標へ向かい、もう一方が相手を止める。


それ自体は難しい作戦ではない。


問題は、相手が予想どおりに動かなかった場合だ。


最初の目標を捨てて、二つ目へ向かうべきか。


相手を追わず、出口を先に確保するべきか。


仲間が予定の位置に来なかったとき、どの段階で作戦を変更するべきか。


彼は、一つずつ考えた。


そして、実際の試合では、そのほとんどが予定どおりには進まなかった。


一方のチームは、最初の目標を確保したあと、二つ目の地点を捨てて出口へ向かった。


もう一方は、それを追わず、二つ目の地点を確保した。


先に動いた側は出口へたどり着いたが、条件を満たせなかった。


二つ目を確保した側は、そのまま出口へ向かい、勝利した。


彼は静かに息を吐いた。


目標の一つを確保することと、勝利することは同じではない。


途中で有利になっても、最終条件を忘れれば意味がない。


男が再び隣に来た。


「今の試合、お前ならどうした?」


彼は少し考えた。


「最初の目標を確保したあと、相手がどこへ向かうかを確認します。そのうえで、二つ目を確保するか、出口を先に押さえるか決めます」


「相手が動くのを待つ時間は?」


「必要以上には取りません。最初から決めておく条件を増やして、相手の動きによって判断を切り替えられるようにします」


男は頷いた。


「悪くない。だが、条件を増やしすぎると、今度は判断が遅れる」


「……はい」


「全部を予測する必要はない。予測が外れたとき、次に何をするかを決めておけ」


彼は、その言葉を頭の中で繰り返した。


予測が外れないことを目指すのではない。


外れたときに、何もできなくならないようにする。


これまでの彼は、危険を避けるために、できるだけ多くの状況を把握しようとしていた。


だが、情報がすべてそろうまで待っていれば、相手のほうが先に動く。


必要なのは、分からないことが残っていても行動できる準備だった。


*


帰り道、直人が尋ねた。


「次に戦うとき、今日見たことを全部使えると思うか?」


「無理だと思う」


彼は正直に答えた。


「自分で経験していないことは、実際に起きたとき、うまく使えないかもしれない」


「じゃあ、見学した意味は?」


「失敗する前に、失敗の形をいくつか知ることができた。実際にやってみて、うまくいかなかったときも、原因を考える材料になる」


直人は納得したように頷いた。


「まずは手を治すことだな」


「ああ」


彼は右手を見た。


まだ痛みはある。


訓練も、合同演習への参加も、すぐにはできない。


だが、戦えない時間にも、できることはあった。


身体が回復したら、今日見た動きを自分で試す。


自分に合わない方法は捨てる。


うまくいった方法も、別の相手に通用するとは限らないと考える。


そうやって、自分のものにしていくしかない。


その夜、彼は届いた演習映像を確認した。


最初に選んだのは、自分が勝った試合ではなかった。


何度も連携に失敗した、あの二人の試合だった。


彼は映像を止め、二人の位置を見比べた。


一度目と二度目。


違いは小さかった。


だが、その小さな違いが、結果を変えていた。


彼は映像をもう一度再生した。


次に同じ状況に置かれたとき、自分なら何を変えるのか。


その答えを、今度は自分の足で確かめるつもりだった。

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