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観客のいない世界  作者: 亀


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第310章 解除された担当者

 翌朝、直人が最初に見つけたのは、記録の欠落だった。


「確認役の登録解除について、変更時刻は残っている。だが、その直前の操作記録が一部欠けている」


 彼は端末を机の上に置いた。


「削除されたのか?」


「断定できない。通常の閲覧権限では見えない記録なのかもしれない。ただ、解除時刻と変更者の管理番号は残っている」


 彼は画面を確認した。


 確認役の登録が解除された時刻。


 相互照会の制限が追加された時刻。


 回収計画の再開が申請された時刻。


 三つの記録は近接していたが、完全には一致していない。


「順番を確認しよう。まず、確認役の登録が解除された。そのあと、相互照会が制限された。最後に、回収計画の再開が申請されている」


「そうだ。少なくとも、記録に残っている操作はその順番だ」


「なら、再開を申請した人間が、確認役の登録を解除したとは限らないな」


 直人はうなずいた。


「別々の人間が、それぞれの権限で操作した可能性がある」


 彼は画面を閉じた。


 これ以上、同じ記録を眺めても新しい情報は出てこない。


 必要なのは、登録解除の前後に、確認役がどのような処理を行っていたかを調べることだった。


「旧搬送施設の管理担当に連絡できるか?」


「昨日の作業服の男なら、施設の記録を閲覧できるかもしれない。ただ、直接連絡していいかは分からない」


「無理に連絡する必要はない。まず、こちらから照会できる範囲を確認してくれ」


 直人は端末を操作した。


 数分後、彼は首を横に振った。


「確認役の個人情報は閲覧できない。ただし、登録解除の理由について、管理系統へ照会する項目はある」


「理由を聞けるのか?」


「申請はできる。ただ、回答が返ってくる保証はない」


 彼は考えた。


 照会を申請すれば、こちらの関心が記録に残る。それでも、相手が何を隠しているかを推測するより、正式な記録を求めるほうが確実だった。


「申請しよう。質問は一つだけだ。登録解除の理由と、解除後に引き継いだ担当者が存在するかどうか」


 直人が入力し、申請を送信した。


 受付番号が表示される。


 その直後、画面に別の通知が現れた。


 照会受付。回答には管理権限者の確認が必要です。


「すぐには返ってこないな」


「そうだな。待っている間に、もう一つ確認しよう」


 彼は、昨日保存した移送記録を開いた。


「相互照会の制限は、俺たち二人の記録にだけ適用されているのか。それとも、同じ計画に含まれる全員に適用されているのか」


 直人は別の対象番号を使い、閲覧できる範囲で比較した。


 しばらくして、彼は画面をこちらへ向けた。


「他の対象の記録には、同じ制限が表示されていない」


 彼は画面を見た。


 比較できる記録は限られている。全員の状況を確認できたわけではない。


 それでも、少なくとも閲覧可能な範囲では、二人に設定された制限は一律のものではなかった。


「俺たちだけに設定された可能性がある、ということか」


「そう考えられる。ただし、他の対象の権限設定が同じ条件とは限らない」


「分かっている。まだ結論は出さない」


 彼は記録を保存した。


 相手が二人を別々に移送しようとした理由は、依然として不明だった。


 だが、制限が全員に共通する標準設定ではないなら、誰かが二人を対象に選び、個別に設定を追加した可能性がある。


 その操作を実行した管理番号を特定できれば、次の手がかりになる。


     *


 昼前、診療所の受付から連絡があった。


 見知らぬ男が、負傷した男の所在を尋ねてきたという。


 受付は、本人の同意がないため、診療の有無も含めて回答しなかった。


 彼は受付に礼を伝え、直人と顔を見合わせた。


「来たな」


「昨日の車と同じ連中か?」


「分からない。だが、ここにいる可能性を調べている人間がいる」


 彼はすぐに移動することを考えたが、負傷した男の状態を思い出して踏みとどまった。


 今、移動を急がせれば、回復を遅らせる可能性がある。


「医師に相談しよう。移動が必要なら、身体への負担が少ない方法を考える」


 医師は状況を聞き、診療所の出入口を確認したうえで、しばらく院内にとどまるよう勧めた。負傷した男は安静を保つ必要があり、無理な移動は避けるべきだという。


 彼らはその判断に従った。


 直人が受付付近の状況を確認しに行き、戻ってきた。


「男はもういない。車も確認できなかった」


「何か言っていたか?」


「受付には、移送の確認に来たとだけ伝えたらしい。所属や依頼元は名乗らなかった」


 彼はうなずいた。


 医療機関が依頼元を確認できない移送には応じない。それは、この状況で必要な対応だった。


 ただ、相手が診療所まで来たことは、無視できない変化だった。


 昨日まで、彼らは移送記録と管理権限を追っていた。


 今日は、現実の場所を探られている。


「ここに長くとどまるわけにはいかないな」


 直人が言った。


「そうだ。ただし、次の移動先を決める前に、医師と負傷した男の意見を聞く。俺たちの都合だけで決めることはできない」


 直人はうなずいた。


     *


 午後、照会への回答が届いた。


 確認役の登録解除について、理由は開示されなかった。


 しかし、引き継ぎ担当者の有無については、短い回答があった。


 後任担当者は指定されていません。関連処理は管理系統へ移管されています。


 直人が読み上げた。


「後任がいない。確認役の仕事そのものが、管理系統へ移されたということか」


「そう読める。ただし、具体的に誰が処理を引き継いだかは書かれていない」


 彼は回答を保存した。


 確認役が登録を解除されたあと、後任が指定されていない。


 それなのに、回収計画の再開申請は続いている。


 記録の不一致を確認する役割だけが、宙に浮いているように見えた。


「これでは、回収を進める人間はいても、記録の不一致を確認する人間がいないことになる」


 直人が言った。


「今の記録からは、そう見える。ただ、管理系統へ移管された処理を誰が担当しているのか、まだ確認できていない」


 彼は端末の画面を拡大した。


 回答には、管理系統の識別番号が付いていた。


 それは、相互照会の制限を追加した番号とは異なっていた。


「二つの番号を比較してくれ」


 直人が照合した。


「別の管理系統だ。少なくとも、記録上は一致していない」


 彼は画面を見た。


 確認役の登録解除に関わる管理系統と、二人の相互照会を制限した管理系統は別だった。


 それぞれの操作が同じ計画に影響を与えているが、同一の担当者が一括して処理したとは限らない。


 この違いは重要だった。


 誰か一人がすべてを操作していると考えれば、探すべき相手は一人になる。


 だが、実際には複数の権限者が、別々の操作を行っている可能性がある。


 その場合、全体を理解するには、個々の操作だけでなく、それらがどのように連動しているかを調べる必要があった。


「次は、相互照会の制限を追加した管理系統について照会する」


 直人が言った。


「そうだな。ただし、今度は質問を絞る。制限を追加した理由と、変更を承認した権限の種類。それだけでいい」


 直人は申請画面を開いた。


 入力を終え、送信する直前に手を止めた。


「これを送れば、また記録が残る」


「残るだろうな」


「それでも送るのか?」


 彼は少し考えた。


「俺たちが何を調べているか、相手に知られる可能性はある。だが、相手に知られることを避けるために、必要な情報まで調べないわけにはいかない」


 直人は送信した。


 受付番号が表示された。


 今度は、すぐに回答が返ってきた。


 照会対象は管理権限の範囲外です。回答できません。


 直人が画面を見つめた。


「早すぎないか?」


「自動応答かもしれない。質問の内容を確認したうえで拒否したのか、そもそも回答できない項目なのかは分からない」


 彼は回答を保存した。


 ただ、これまでの照会とは違っていた。


 登録解除の理由は開示されなかったが、引き継ぎ担当者については回答があった。


 今回は、質問そのものが管理権限の範囲外だとされた。


 回答できない理由が、情報の非公開なのか、照会する権限の不足なのかは不明だった。


 それでも、二つの操作が同じ扱いではないことは分かった。


 彼は端末を閉じた。


「今日はここまでにしよう。明日は、現場へ戻る前に、昨日の記録媒体をどう扱うか決める」


「回収される前に、持ち出すのか?」


「まだ決めていない。持ち出せば、こちらが保管者になる。置いておけば、相手が先に回収するかもしれない」


 彼は窓の外を見た。


 診療所の前を、人が普段どおりに行き交っている。


 誰も、彼らが移送計画の対象になっていることなど知らない。


 その日常と、端末に表示される記録のあいだには、大きな隔たりがあった。


 彼は、その隔たりを無理に埋めようとはしなかった。


 今分かっていることだけを使い、次に何を確認するかを決める。


 それが、現時点で取れる行動だった。

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