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観客のいない世界  作者: 亀


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第302章 同行者二名

 俺たち自身が回収対象になった。


 その事実を理解するのに、時間はかからなかった。


 問題は、相手がいつ、どこで俺たちを対象に指定したのかということだった。


「この地図、送信時刻を確認できるか?」


 俺は直人に端末を渡した。


 直人は表示された情報を調べた。


「位置情報の生成時刻は三分前。だが、対象の指定時刻は記録されていない」


「送信元は?」


「相変わらず不明だ。前のメッセージと同じ経路を使っているように見えるが、断定できない」


 俺は負傷者を見た。


「同行者二名というのは、俺と直人のことか?」


「おそらくな」


「おそらく、では困る」


「俺が知っている範囲では、回収計画に同行者という分類はない。対象本人と、対象に関係する人物は別々に管理される」


「それなら、今回の指定は誰が作った?」


 男は首を横に振った。


「分からない。ただ、通常の手順ではない」


 俺は地図をもう一度確認した。


 指定地点は、俺たちが数分前までいた場所だ。つまり、相手は俺たちの現在地を正確に把握しているわけではない。


 過去の位置を使っている可能性がある。


 あるいは、こちらが移動したことを確認する前に、次の指示を送ったのかもしれない。


 どちらにしても、地図を信用して動くのは危険だった。


「ここから離れる。だが、車道には出ない」


 直人が周囲を確認し、細い路地へ先に入った。


 俺は負傷者を支えながら続いた。右手に力を入れないよう注意していたが、歩くたびに痛みが増していく。


 数十メートル進んだところで、背後からエンジン音が聞こえた。


 一台ではない。


 俺たちは路地の角で足を止めた。


 白いバンが道路をゆっくり走り、少し離れたところで黒い車が続いている。


 どちらも窓が暗く、運転手の顔は見えなかった。


「さっきの車か?」


 直人が小声で尋ねた。


「分からない。今は追っているかどうかを判断できない」


 俺は路地の先を確認した。


 正面には小さな駐車場があり、その奥に別の通りへ抜ける歩道がある。距離は短いが、途中に遮蔽物がない。


 負傷者を連れて横切るには、少し危険だった。


「直人、先に駐車場の向こうを確認してくれ。俺たちはここで待つ」


 直人が身を低くして移動した。


 その直後、俺の端末が震えた。


『指定地点を離れたことを確認』


 俺は画面を見つめた。


 相手は俺たちが移動したことを把握している。


 しかし、どこから見ているのかは分からない。


 俺は端末の通信を切った。


 数秒後、直人が戻ってきた。


「向こうの通りに車が一台停まっている。運転手はいないようだ。徒歩なら抜けられる」


「よし、そっちへ行こう」


 俺たちは駐車場を横切った。


 途中で、負傷者の足が止まった。


「どうした?」


「……あれを見ろ」


 彼が指したのは、駐車場の隅に置かれた小さな金属箱だった。


 箱の側面には、古い管理番号が刻まれている。


 ただし、俺たちがこれまで見てきたものとは形式が違った。


 俺は近づかなかった。


「知っているものか?」


「いや。だが、あの番号は回収計画で使われていた分類に似ている」


「なら、触らない方がいい」


 直人も同意した。


 俺たちは箱を避けて、反対側の出口へ向かった。


 その瞬間、背後で小さな電子音が鳴った。


 金属箱の表面に、赤いランプが点灯した。


「走れ!」


 直人が叫んだ。


 俺たちは出口へ向かって駆けた。


 直後、駐車場の入口に黒い車が滑り込んできた。車から二人が降り、こちらを見つけるとすぐに走り出した。


 俺は負傷者を支えたまま、歩道へ飛び出した。


 右手に激痛が走る。


 だが、立ち止まる余裕はなかった。


 直人が近くの工事用フェンスを押し倒し、俺たちが通れる隙間を作った。


「こっちだ!」


 俺たちはフェンスの向こうへ入り、資材置き場の間を抜けた。


 追ってくる足音が近づく。


 俺は振り返らず、進める方向だけを確認した。


 資材置き場の奥には、閉鎖された倉庫がある。正面の扉は施錠されていたが、横の通路は別の建物へつながっていた。


 直人が先に通路へ入り、扉を押さえた。


 俺たちが中へ入ると、直人は扉を静かに閉めた。


 追跡者の足音が、すぐ外を通り過ぎていく。


 しばらくして、周囲が静かになった。


「今の箱、何だったんだ?」


 直人が尋ねた。


「分からない。俺たちを止めるためのものか、位置を確認するためのものか、それとも別の用途か」


 俺は端末を確認した。


 通信を切っていたはずなのに、新しいメッセージが届いていた。


『回収対象二名の移動を確認』


 その下に、短い文章が続いていた。


『同行者の一人を確保すれば、もう一人は自発的に戻る』


 俺は画面を見たまま、顔を上げた。


 直人も、負傷者も、その文章を読んでいた。


「俺たちを別々に捕まえるつもりか」


 直人が言った。


「それだけじゃない」


 俺はメッセージを指した。


「相手は、俺たちのどちらかを先に確保すれば、もう一人が戻ってくると考えている」


「そんな保証はないだろう」


「保証があるかどうかは関係ない。相手がそう判断していることが問題だ」


 負傷者が壁に背を預けた。


「俺を引き渡せば、お前たちは対象から外れるかもしれない」


「その可能性はある」


 俺は否定しなかった。


「だが、今の段階では、引き渡した後に何が起きるか分からない。お前が回収された時点で、俺たちが用済みになる保証もない」


「それなら、どうする?」


 直人が尋ねた。


 俺は端末をしまい、倉庫の奥を見た。


「相手の指定に従って動くのをやめる。次に何をするかは、俺たちで決める」


 そのとき、閉じた扉の向こうから、金属を叩く音がした。


 一度。


 少し間を置いて、もう一度。


 直人が入口へ近づこうとしたが、俺は手で制した。


 外から、男の声が聞こえた。


「中にいるのは分かっている」


 聞き覚えのない声だった。


「こちらは回収担当者ではない。話をしに来た」


 俺たちは動かなかった。


 男は続けた。


「お前たちを指定したのは、俺たちじゃない。だが、指定が出た以上、次に来る連中は話をしない」


 直人が俺を見る。


 俺は扉から距離を保ったまま、声を返した。


「それを信じる理由は?」


 外の男は、少し沈黙した。


「ない。だから、扉を開けろとは言わない」


 足音が一歩、遠ざかった。


「ただし、一つだけ伝えておく。今夜、回収計画に関わっていた人間が一人、連絡を絶った」


「誰だ?」


「お前たちが探している人間だ」


 俺は負傷者を振り返った。


 男の表情が、明らかに変わっていた。


「……回収担当者か?」


 外の男は答えなかった。


 代わりに、紙のようなものが扉の下から差し込まれた。


「これ以上は話せない。次に来る連中が到着する前に、ここを出ろ」


 足音が遠ざかっていった。


 俺はすぐには紙を拾わなかった。


 罠かもしれない。だが、外の男が俺たちを襲わずに立ち去ったことも事実だった。


 直人が周囲を確認してから、紙を拾い上げた。


 そこには、短い番号と時刻だけが記されていた。


 番号は、さっきの金属箱に刻まれていたものと同じ形式だった。


 時刻は、今から十二分後。


 そして、その下に一行だけ文字があった。


『回収対象の変更は、まだ確定していない』

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