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観客のいない世界  作者: 亀


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第292章 地下通路

閉鎖された訓練区画の管理者から、直人へ返事が届いたのは昼過ぎだった。


過去一週間、正規の利用申請はない。


だが、前夜、地下通路の外側で警報が一度だけ作動していた。管理者は現地へ向かったものの、到着した時点で警報は解除され、扉にも目立った損傷はなかったという。


直人は、その情報を主人公へ伝えた。


「誰かが入った可能性はある。ただ、記録だけでは分からない」


「地下通路は、どこにつながっている?」


「旧訓練場の機材庫だ。閉鎖後、入口は封鎖されたと聞いている」


主人公は、北側廃棄施設で見つかった接続端子の写真を開いた。


端子の形状は、現在使われている設備とは異なる。訓練区画の旧設備と同じ規格かどうかは、まだ判断できなかった。


「管理者に、旧設備の図面が残っているか確認してほしい。現地へ入るのは、そのあとだ」


直人は了承した。


しかし、その日の夕方、確認を待つ必要がなくなった。


訓練区画の管理者から緊急連絡が入ったのだ。


地下通路の扉が、内側から開いていた。


管理者が現地へ到着した際、扉の前には一人の男が倒れていた。意識はあるが、片足を負傷しており、自力では立ち上がれない。


救護班が到着するまで、管理者は男を動かさず、周囲の安全を確認していた。


男のそばには、破損した小型端末が落ちていた。


画面は割れていたが、最後に表示されていた情報の一部は読み取れた。


『接続先変更』


その下に、見慣れない管理系統の識別番号が表示されていた。


直人は、主人公へ写真を転送した。


主人公は、画面を拡大した。


北側廃棄施設で発見された端末と、完全に同じ番号ではない。


だが、番号の先頭部分が一致していた。


同じ管理系統に属する可能性がある。


彼は、すぐにその判断を確定させず、両方の画像を保存した。


「この男は、何者なんだ?」


主人公が尋ねると、直人は答えた。


「まだ分からない。ただ、管理者の話では、男は救護班が来る直前に意識を取り戻して、こう言ったらしい」


直人は、一度言葉を切った。


「『容器を渡すな』と」


主人公は、しばらく黙っていた。


男が何を指しているのかは分からない。北側廃棄施設で見つかった容器なのか、それとも別の場所にあるものなのか。


ただ、容器を巡る事件が、単なる侵入や設備の破壊だけではないことは明らかになりつつあった。


「本人が話せるようになったら、誰に渡すなと言ったのか確認してほしい」


「分かった。だが、お前は現地へ来るな」


「行くつもりはない。今の情報だけでは、何を探せばいいのかも分からない」


直人は通話を切った。


その夜、主人公の端末に新しい匿名通知が届いた。


『地下通路で見つかった男は、回収班ではない』


主人公は、すぐに返信した。


『なら、何者だ』


返事は来なかった。


代わりに、数秒後、別の文章が表示された。


『容器を探しているのは一つの組織ではない』


主人公は、その文面を見つめた。


これまでの情報と矛盾はしない。


だが、送り主が何を根拠にそう述べているのかは不明だった。


彼は通知を保存し、直人へ送った。


その直後、運営区画では、女性運営責任者が緊急報告を受けていた。


廃棄施設の事件に続き、閉鎖された訓練区画でも不審な侵入が確認された。二つの現場で見つかった端末には、共通する管理系統の識別情報が残されている。


彼女は報告を読み終え、調査担当者に尋ねた。


「この管理系統にアクセスできるのは、誰ですか」


「現行の権限一覧には登録されていません。旧管理系統の可能性がありますが、対応する権限者は特定できていません」


「では、現行の権限を持つ者が操作したと決めつけないでください。ただし、現在の運営環境から接続された形跡がないか、別系統で調べてください」


彼女は、二つの事件を同一の計画と断定することを避けた。


しかし、調査の優先順位は変えた。


旧管理系統への接続経路を確認し、廃棄施設と訓練区画の間に実際の通信があったかを調べる。


その結果が出れば、偶然の重なりなのか、誰かが意図的に二つの場所を利用しているのか、判断できる可能性がある。


その頃、訓練区画の救護室では、負傷した男が目を覚ましていた。


担当者が名前を尋ねても、男は答えなかった。


代わりに、枕元に置かれた端末へ手を伸ばした。


画面は壊れている。


それでも、男は残った表示を確認すると、目を閉じた。


「……遅かったか」


その言葉を聞いた救護担当者は、何が遅かったのか尋ねた。


男は、今度は何も答えなかった。

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