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観客のいない世界  作者: 亀


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第二十九章 観測する側の人間

 同時代ネットワークが発見されてから。


 三日が過ぎた。


 しかし。


 世界は、まだ何も変わっていなかった。


 少なくとも。


 ニュースになるような変化はない。


 学校は授業を続け。


 工場は稼働し。


 店は商品を並べる。


 人々は仕事へ行き。


 夜になれば家へ帰る。


 同時代ネットワークの存在を知っている人間は。


 その中の、ごく一部だった。


 そして。


 その一部の人間たちも。


 互いに同じ目的を持っているわけではなかった。


     *


 地下施設には。


 十二人が集まっていた。


 青年。


 直人。


 黒服の男。


 軍服の男。


 そして。


 新しく接続してきた人間たち。


 北部から一人。


 西側から二人。


 南部から三人。


 都市部から四人。


 最後の一人は。


 自分の所属を明かさなかった。


 全員が。


 同じテーブルを囲んでいる。


 しかし。


 誰も。


 仲間だとは思っていない。


「まず確認しておきたい」


 北部の男が言った。


「俺たちは共同組織を作るつもりはない」


 黒服の男が頷く。


「賛成だ」


 軍服の男も。


「同じ目的じゃないからな」


 直人が青年を見る。


「じゃあ、何のために集まったんです?」


「情報交換」


 青年が答えた。


「それだけ?」


「それだけ」


 西側の女性が口を開いた。


「それだけで十分です」


 彼女は。


 小さな端末を机に置いた。


「私たちの地域では、未来側との接続が始まったのは二年前です」


 青年が顔を上げる。


「二年前?」


「はい」


「俺たちよりずっと前だ」


「だからと言って、何か特別なことをしていたわけではありません」


「何をしていた?」


「観察していました」


 女性は答えた。


「最初は未来の技術を欲しがる人たちが多かった」


「今は?」


「今も多いです」


 少し笑う。


「人間は、便利なものがあるなら欲しがりますから」


     *


 別の男が。


 机の上に一枚の写真を置いた。


「これを見てください」


 写真には。


 一台の古い機械が写っている。


 地下施設の中央装置と。


 よく似ていた。


「これは?」


 青年が聞く。


「十五年前に発見されたものです」


「未来の装置?」


「そう思っていました」


「違う?」


「分かりません」


 男は写真を裏返した。


「ただ、一つだけ分かったことがあります」


 裏側には。


 手書きの数字があった。


「この装置は」


 男が言う。


「私たちより前の人間が使っていました」


 青年が黙る。


「前の人間?」


「記録上は、百年以上前」


「そんなに?」


「はい」


 直人が写真を見る。


「じゃあ」


 彼が言った。


「未来から来た装置じゃない可能性もある?」


 男は頷いた。


「その可能性はあります」


     *


 未来の管理室。


 女性は。


 同じ写真を見ていた。


 しかし。


 彼女は。


 それを初めて見るわけではなかった。


「これを知っていますか?」


 部下が聞く。


「はい」


「どこまで?」


「運営の古い資料に記録があります」


「正式な資料?」


「いいえ」


 女性は画面を切り替える。


「廃棄予定の研究資料です」


 そこには。


 数百年前の記録が並んでいた。


 ――初期型観測装置。


 ――時間接続試験。


 ――観測対象の自律通信。


 ――未確認ネットワーク。


 女性は。


 一つの項目を開いた。


 そこには。


 短い文章があった。


 「観測網は、観測対象によって再構成される可能性がある。」


 部下が読む。


「観測対象が、自分たちで観測網を作る?」


「そう」


「それは、運営側にとって想定されていたんですか?」


「昔は」


 女性は答えた。


「だから、この資料は残っている」


「では、なぜ今まで?」


「必要がなかったから」


 女性は画面を閉じた。


「観測対象が自分たちで繋がること自体は、問題ではない」


「問題は?」


「そのネットワークが」


 女性は。


 地上の表示を見た。


「何を目的にするか」


     *


 地下施設。


「未来と戦うつもりの人間もいる」


 黒服の男が言った。


「未来と取引したい人間もいる」


 軍服の男が続ける。


「未来から離れたい人間もいる」


 北部の男。


「未来の技術だけ欲しい人間もいます」


 西側の女性。


「そして」


 青年が言った。


「何も知らない人間もいる」


 誰も反論しなかった。


 青年は。


 目の前にいる人間たちを見た。


「だから、俺は組織を作りたくない」


「なぜ?」


 南部の男が聞く。


「組織にすると」


 青年は答えた。


「誰かが決めるから」


 黒服の男が笑った。


「お前らしいな」


「俺らしい?」


「自分が決められるのを嫌がる」


「……そうかもしれない」


「だが」


 黒服の男は続けた。


「組織を作らなくても、誰かが他人を利用することはある」


「分かってる」


「なら?」


「だから、契約だけでいい」


 青年は言った。


「必要な時だけ協力する」


「終わったら離れる」


「情報を共有するかどうかも、それぞれが決める」


「敵になってもいい」


「また協力してもいい」


 軍服の男が。


 少し考えてから頷いた。


「それなら俺も構わない」


     *


 その日の夜。


 青年は。


 一人で施設の外に出た。


 街灯の下を歩く。


 人々は。


 いつも通りだった。


 誰も。


 世界の裏側で。


 未来と過去を繋ぐネットワークが増えていることを知らない。


 青年は。


 コンビニの前で立ち止まった。


 飲み物を一本買う。


 店員に金を払う。


「ありがとうございました」


「どうも」


 それだけだった。


 青年は。


 店を出た。


 空を見上げる。


 未来から。


 自分たちは見られている。


 同時代からも。


 誰かに見られている。


 そして。


 自分自身も。


 誰かを見ることができる。


 その構造に。


 少しだけ違和感を覚えた。


 もし。


 自分が誰かを見るなら。


 その人間もまた。


 自分を見ているかもしれない。


 観測する側と。


 観測される側。


 その境界は。


 思っていたほど明確ではなかった。


     *


 未来。


 女性の端末に。


 一件の通知が届いた。


 ――プロジェクト外部接続申請。


 彼女は内容を確認した。


「……直接接続?」


 部下が頷く。


「同時代ネットワーク側からです」


「誰に?」


「プロジェクト管理者へ」


「私に?」


「はい」


 女性は。


 少し考えた。


「内容は?」


「一言だけです」


 画面に表示された。


 『あなたたちも、私たちを見ていますか?』


 女性は。


 しばらく画面を見ていた。


 これまで。


 未来側が質問されることはあった。


 だが。


 これは違う。


 質問しているのは。


 未来側ではない。


 観測対象側の人間だ。


 女性は。


 返信欄を開いた。


 しかし。


 すぐには入力しなかった。


 彼女の仕事なら。


 簡単だった。


 返答を作る。


 接続条件を設定する。


 リスクを評価する。


 必要なら遮断する。


 だが。


 今は。


 一つの問題があった。


 この質問に。


 運営側として答えるのか。


 それとも。


 一人の人間として答えるのか。


 彼女は。


 数秒考えた。


 そして。


 管理者権限で返答した。


 『はい。見ています。』


 送信。


 画面に。


 すぐ返信が届いた。


 『では、あなたたちも同じですね。』


 女性の指が止まった。


 その言葉を。


 何度か読み返す。


 同じ。


 観測している。


 観測されている。


 それだけなら。


 確かに同じだった。


 しかし。


 彼女は。


 まだ気づいていなかった。


 この短い通信によって。


 プロジェクトの中に。


 これまで存在しなかった関係が。


 生まれ始めていることに。


 観測者と出演者。


 運営と歴史。


 未来と現在。


 そのどれにも完全には当てはまらない。


 新しい関係だった。


 そして。


 その関係を。


 最初に利用しようと考えた人間が。


 すでに。


 別の場所で動き始めていた。

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