第289章 奪われた信号
救援班が施設の外周へ到着したとき、保管区画から持ち出された容器の所在は分からなくなっていた。
監視映像は復旧したものの、最後の数分間は完全に欠落している。扉の前に立っていた人物も、容器も、記録上は存在しないことになっていた。
現地責任者は、外周の出入口を三つに分けて捜索するよう指示した。
「施設内に残っている人間の安全を最優先にする。逃走者を追うのは、そのあとだ」
救援班は二人一組で進んだ。
最初の区画には、倒れた作業員が一人いた。意識はあるが、立ち上がれない。救護担当が状態を確認し、別の隊員が周囲を警戒する。
作業員は、運ばれる直前に言った。
「奥にいた連中は、俺たちを襲わなかった。ただ、通路を塞いでいた」
「何人いた?」
「三人……いや、最後にもう一人見た気がする」
証言は曖昧だった。
しかし、救援班が次の通路へ入ったとき、床に新しい擦過痕が残っているのを見つけた。
重いものを引きずった跡ではない。
細長い容器か、工具箱のようなものを運んだ痕跡だった。
その先には、壁面の保守パネルが外されていた。
パネルの内部には、施設の通常設備には使われていない接続端子が一つ残っていた。
救援班はそれ以上触れず、現場を記録した。
一方、主人公は直人から届いた連絡を受け取っていた。
『施設の外側で、短時間だけ通信が集中した場所が見つかった。だが、発信元は特定できていない』
主人公は、これまでの情報を並べて考えた。
隔壁の封鎖。
監視映像の欠落。
保管区画の扉の開放。
そして、外へ持ち出されたらしい容器。
それぞれを別の故障として扱うこともできる。だが、同じ時間帯に起きている以上、少なくとも一部には関連があると考えるべきだった。
「中の物を取り出すために、施設全体を止めたのか」
独り言のように呟いた直後、端末が振動した。
匿名の通知だった。
『容器は、まだ施設の外へ出ていない』
主人公は、すぐに画面を見つめた。
先ほどまでの通知と同じ送り主かどうかは分からない。表示される情報はなく、返信しても相手が応じる保証はない。
それでも、今度は具体的な情報だった。
彼は直人へ転送し、施設の外周で確認できた移動経路と照合してほしいと伝えた。
数分後、直人から返事が来た。
『外へ出ていないなら、施設の別区画に隠されているか、封鎖区域内で受け渡された可能性がある。だが、今は救援班が動いている。こちらから勝手に入ることはできない』
主人公は了承した。
現地へ向かう代わりに、監視映像から切り出した最後の数秒を見直した。
人物がカメラを見上げた瞬間、その背後の壁に小さな表示が映っていた。
数字が三つ。
そのうち二つは、画面の乱れで読み取れない。
残った一つだけが、かろうじて判別できた。
「第四……?」
主人公は、そこで映像を止めた。
第四管理区。
以前、古い記録の中で見つけた名称だった。
ただし、同じ数字が表示されているからといって、あの記録と今回の施設が直接つながっているとは限らない。
彼は断定せず、画像だけを保存した。
そのころ、女性運営責任者のもとには、現地から追加報告が届いていた。
保守パネルの接続端子は、現在の管理系統に登録されていない。
さらに、保管区画の内部には、廃棄予定の設備部材とは一致しない収納跡が残っていた。
彼女は報告を読み終え、担当者に尋ねた。
「この施設の旧管理記録を確認できますか」
「確認しています。ただ、移設以前の資料には欠落が多く、現在の登録番号との対応が取れないものがあります」
「欠落部分を埋めるために、推測で番号を割り当てないでください。確認できたものと、確認できないものを分けて報告してください」
担当者が退室したあと、彼女は個人端末に届いた内部連絡を開いた。
差出人は、補佐役だった。
『今回の件について、外部への説明を先に統一する必要があります。施設内の異常は設備障害として扱い、調査結果がまとまるまで詳細を公開しない方針を提案します』
女性運営責任者は、すぐには返答しなかった。
救援活動が続いている段階で、原因を設備障害と決めることはできない。
一方で、未確認の情報を公開すれば、現場の混乱を広げる可能性もある。
彼女は、説明の範囲を限定するよう返信した。
『現時点では、施設内で異常が発生し、救援と調査が進行中であることだけを伝えてください。原因は確定していません』
送信後、彼女は再び監視画面を見た。
黒くなった映像の最後に、容器を掲げた人物の姿が残っている。
あの人物は、何を見せようとしたのか。
管理側への警告だったのか。それとも、誰かに存在を知らせるためだったのか。
答えはまだなかった。
そして、施設の内部では、救援班が最後の区画へ向かっていた。
その通路の先に、保管区画から続く足跡が残っていた。




