第288章 開かないはずの扉
保管区画の扉が動き始めたのは、封鎖から二十三分後だった。
施設の監視映像には、扉の周囲に人影がなかった。
開閉装置も停止状態を示している。
それにもかかわらず、扉は数センチずつ内側へ滑っていた。
現地の管理担当者が遠隔操作を試みたが、応答はなかった。
「電源を切れ。駆動系統を止めるんだ」
指示を受けた技術員が、保守回路を遮断した。
扉の動きは止まらなかった。
むしろ、直後に内部から衝撃音が響いた。
一度。
二度。
三度目の音と同時に、扉の隙間から細い光が漏れた。
現場責任者は、退避を続けていた作業員を別の通路へ誘導した。封鎖された出入口を無理に開けようとする者はいなかった。誰かが中にいる可能性がある以上、隔壁を不用意に動かせば、内部の人間を危険にさらしかねない。
だが、保管区画へ向かった三人の姿は、監視映像から消えていた。
映像が途切れたのは、扉が動き始める直前だった。
女性運営責任者は、複数の監視画面を並べて確認した。
「通信障害ではありませんね」
「はい。施設内の映像系統は稼働しています。ただ、三人が通った区画だけ、記録が残っていません」
「映像が記録されなかったのか、それとも記録そのものが削除されたのか」
担当者は、すぐには答えられなかった。
調査班は、保存領域に残った断片を復元しようとしていた。しかし、欠落部分の前後には不自然な時間の飛びがある。単純な上書きとは違う可能性があった。
女性運営責任者は、施設の封鎖を維持するよう指示した。
「救援班は外側から進入経路を探してください。扉を開けるのは、内部の状況を確認してからです」
そのころ、主人公は直人から届いた情報を読んでいた。
北側廃棄施設は、数年前に一部の設備を移設したあと、管理区画を縮小している。保管区画もその際に整理されたはずだった。
だが、登録情報には移設前の配置が一部残っている。
「古い図面と、今の構造が違うのか」
主人公が尋ねると、直人は短く答えた。
「そういう可能性がある。少なくとも、公開されている図面だけで中へ入るのは危険だ」
直人は、施設の外周を確認できる知人に連絡を取っていた。主人公にも、現地へ向かわずに待つよう伝えている。
主人公は、その指示に従った。
今の自分が現場へ行っても、状況を変えられる保証はない。右手の回復も途中であり、内部の構造も分からない。焦って動くことは、相手に利用される可能性を増やすだけだった。
そのとき、匿名の通知が再び届いた。
『扉が開いても、中へ入るな』
主人公は、すぐに返信した。
『お前は誰だ。なぜ、この施設の状況を知っている』
既読表示はつかなかった。
数秒後、三通目の通知が届く。
『保管区画にあるものは、廃棄部材ではない』
主人公は画面から目を離さなかった。
それが事実なら、管理側の登録内容が間違っているだけでは済まない。誰かが、保管区画の中身を意図的に別のものとして扱っていたことになる。
だが、通知だけでは裏付けにならない。
彼は、届いた文章を直人にも転送した。
その直後、施設の監視画面に変化が起きた。
扉が完全に開いた。
内部は暗く、照明は点灯していない。
しばらく何も動かなかったが、やがて床に影が伸びた。
一人の人物が、保管区画の内側から姿を現した。
防護服は着ていない。
片手には、小さな金属製の容器を持っていた。
人物は扉の前で立ち止まり、監視カメラを見上げた。
そして、カメラの方向へ容器を掲げた。
次の瞬間、映像が途切れた。
女性運営責任者は、画面が黒くなったことを確認すると、担当者へ向き直った。
「現地の救援班を急がせてください。ただし、単独で入らせてはいけません」
その声には、先ほどまでとは違う緊張があった。
廃棄施設の内部で何が起きているのか。
そして、あの人物が持ち出したものは何なのか。
まだ誰にも分からなかった。
ただ一つ確かなのは、保管区画の扉が開いたことで、封鎖前と同じ状態には戻せなくなったということだった。




